WELCOME
TO
REFRESHedTENNIS CLUB

今月のコート( 従来版 ) / 来月のコート
川内の状況 / 今日の天気
会計報告 (2022年6月分)
出欠事前通知
大庭サイト ( 完整版:BOOKMARK ! )
★ 杜鵑 来鳴きて遊ぶ 杜の夏 ★
次回 7/1 金 10:00-13:00 評定
前回 6/30 木 10:00-12:00 川内 ①+②
参加者 9 蛭子 大庭 大森 戒能 宍戸 松谷 三浦 宮田 森

2022 / 5 / 23 ★ ルソーの<学問芸術論>のうちには原始共産制についてはっきり言及した箇所がある ー 「 悪の第一の源は不平等であり不平等から富が生じた なぜなら貧乏人と金持ちという二つの言葉は相対的なもので人間が平等なところではどこにも金持ちも貧乏人もいないからです 富から奢侈と無為が生まれ奢侈から美術 [芸術] が生じ 無為 [閑暇] から学問が生じた 」( 同 岩波 1943 " ポーランド王への回答 " 91頁 ) ー このような考えが若きマルクスに多少とも影響を与えたのだろう 若い頃にはそんなことにも気がつかなかった にしても芸術が金食い虫であり学問が暇人のやることだというのはまさにその通り 学問芸術の進歩発展が社会を腐敗させると主張するルソーその人もそうであったわけだがこちらそんなルソーに出合うべくして出合った いや再会すべくして再会した 昔はルソーのようなユルふん甘ちゃんにはどうにも我慢ならなかった 桑原武夫編<ルソー研究>を読むのが今から楽しみ こちとらとにかく暇である だがその暇を無為に過ごそうとは思わない といって無理に過ごそうとも思わない : 力が正義なのではない 正義が力なのだ ルソーはおそらくそう言いたかったのだと思う 彼は < 社会契約論 ( ジュネーヴ草稿付 光文社古典新訳文庫 2008 ) >を書く一年ほど前 < 政治経済論 ( 岩波文庫 1951 ) >なる書物を著している それはまだ<国民の一般意志の暗黙の合意及び契約から民主的国民国家の形成を説明する”社会契約論”> にまで煮詰まったものではないが明らかにそれを準備する書物となっている その < 政治経済論 > 中に次のような言葉が出てくる フランス絶対王政の定番であった独占専断横暴(<力は正義だ>とする専制)を糾弾する彼の言葉はそのままウクライナ侵攻を始めたプーチンに当て嵌まるものであろう ー 「 かかる増大 [ 無益な欲望の増大 ] の最も明らかな最も危険な原因の一つは征服欲である この欲望はしばしばそれが表明されるところとは別の種類の野心から生まれるものであり 必らずしもその外見通りではない そしてその真の動機としては国家を拡張するという明確な欲望よりも寧ろ 軍隊の拡大を頼みとしまた戦争の対象が住民の心に興える心気転換を利用して首長の権威を国内において増大するという隠された欲望を持っている 」( 同書 50頁 ): ロシアのウクライナ侵攻 (2022_02_24←クリミア半島侵攻2014_02_27)は新型コロナと同じように衝撃的な事件 このところ仏革命や西欧史の本を読んでいただけになおさら衝撃的 それからというものウクライナ史やロシア史さらにはプーチン批判やロシア軍事戦略の本などを読んだ だがどうしても物足らない 色々な事実を逐一知ったところでそれはただの教養的な知識に過ぎない 問題の根本は一向に見えてこない 外交官好みの能天気な教養が身につくだけ そこでロールズの改訂版<正義論>を読み始める 彼は言う 近代社会に必要なのは損得勘定ばかりの功利主義(ロシア国家のためとか社会経済のためとかいうお為ごかし)ではない 損得抜きの正義(これは正しくないんじゃないのこうすべきなんじゃないのという感覚)だ 彼のこの正義論を読んでいるうちにどういうわけか以前注文しておいたフィヒテの<フランス革命論>のことを思い出した 探したが見つからない そこで<届いていたのかいな?>と疑いながらも早速再注文 それがすぐに届く 陰鬱な雨天の朝さっそく読み始める その本になんとずばり核心を突く言葉が出てきた 心底感心 以下それを書き記しておこう ー 「 諸君が真理を真理なるがゆえに愛するという風にならぬ限り 諸君はわれわれからみて全く何の役にも立たぬ人間でしかない この真理そのものへの愛こそ 正義を正義なるがゆえに愛するようになるための第一の条件だからである すなわちそれは純粋な善良な人格となるための第一歩なのだ 諸君がこの第一歩を踏み出していないかぎり 自己の人格の善良さを誇るわけにはいかない 」( ヨーハン・ゴットリープ・フィヒテ " フランス革命論 革命の合法性をめぐる哲学的考察 ( 叢書ウニベルシタス 226 ) " 第九頁 )+ 「 彼ら( 盲目の民衆を導く盲目の指導者 )が思考の自由を禁ずる命令を出した後で または戦争を起こして何千人もの人間を互いに斬殺させた後で悠々と寝につき俺は今日神と人間の心を喜ばせいかにも支配者らしい一日を送ったのだと思い込むことであろうことは間違いなく信じていい こんな手合いに口で何を説こうと無駄である ( 中略 ) こうした手合いに対してはただ行動をもって対処するしかない 民衆諸君よ ただただ正義にかなった行動をするようにしたまえ そうすれば諸君の君主たちも自分だけ不正でいることにいつかは堪えられなくなるだろう 」 ( 同書 第十四頁 ) ー 正義の感覚を持ち正義の行動を起こす そうすることがまさに現代の人たちに必要なこと 道徳心宗教心の問題を言っているのではない 現実の日常生活を生きていくために必要なごく当たり前の<人としての心構え>を言っているのだ : マイケル・ポランニーの<ミーニング : 人間の知的自由について ( ミネルヴァ書房 2022 ) >を読み終える 兄カール・ポランニー(経済史研究者)と弟マイケル・ポランニー(医化学研究者)の兄弟(ユダヤ系)は祖国ハンガリーで吹き荒れたスターリニズムやナチズムの嵐を避けるためイギリスに亡命していたのだがその英国の民主主義や資本主義に対してはかなり好意的 彼らに影響されたせいか二人の本をすべて読んだこちらは改めて資本主義というものに興味を持ち理論経済学や行動経済学の勉強をしてきたが最近トクヴィルのフランス革命論を読んだのを機にヨーロッパ史を一通り勉強し直しイギリスという国の民主主義また資本主義の実態が多少とも判ってきた そのせいで亡命ユダヤ人である二人の英国観には多少ともバイアスのあることが判った 英国あるいは英国文化を多少美化し過ぎるキライがある 英国の民主主義も資本主義もその誕生が他の国より多少早かっただけのことでイタリア・ドイツ・フランスのそれらと同じように歴史的にかなり紆余曲折しまた屈折したもの 理想的なものと言うにはほど遠い つまり英国の資本主義も民主主義もナチズムやスターリニズムのように殺戮的暴力的な面をかなり持っているのだ マクニールが戦争の世界史を書いた理由もよく判る 近代西欧または欧米の民主主義や資本主義の実態を捉えるためには欧米における<戦争>の歴史を単なる<戦争オタク>の視点からでなくきちんとした正史の形で捉え直さねばならなかったのだ とにかく民主主義も資本主義もナチズムやスターリニズムと同じように戦争や殺戮と共に生まれた そのことを見誤り今の平和な民主主義万歳!といった呆けた甘い寝言を言ってはならない 世の中は昔より多少平和で過ごしよくなっただけのことで今でも人びとは相変わらず殺戮・戦争に明け暮れまた人が人をクイモノにしている トクヴィルが言うように確かに<平等>化の歩みは一歩一歩着実に進んではいるのだが理想的な形態にはまだ程遠いのだ 定年退官後十年間ずっと社会科学の勉強をし続けてきたわけだがその末に得られた暫定的ではあるが一応の結論である :「 平等は一人一人の頭と心の奥に政治的独立の漠然たる観念それへの本能的衝動を植え付けることによって平等が生ぜしめる病の治療薬を準備するが 私はこの点を見るからこそ平等を称えるのである 私が平等に執着するのはこの側面においてである 」 ( アレクシ・ド・トクヴィル " アメリカのデモクラシー ( 岩波文庫 2008 第二巻 下 p.213 ) " ) ー 佳い言葉だ しかしこの<平等が生ぜしめる病>とはなんであろうか? その病は色々とあるだろうがその病とはまず第一に完全平等とされる自由競争のメリトクラシー(能力主義・貢献主義・出来高主義)から生まれる富や権利の不平等(不均等/格差)であろう しかしもっと日常的なレベルではその病とは<平等といえばまず権利の平等ばかりを考えること>の弊害であろう 平等には権利の平等だけでなく義務の平等も含まれるのだ 権力また権利そして富を得た者は社会の他のメンバーにそれらを還元する義務(責務)を負う だがそういった義務(責務)はつねに疎かにされるもの とはいえそういった弊害も平等の思想や感性が十分に熟しさえすればいずれ皆無にとまではいかなくとも減らすことができよう トクヴィルというのは心配症なのにあるいは心配性だからこそいつでも前向きである 前を向いていなければ心配することすらないのだろう : 河野健二 " フランス革命小史 ( 岩波新書 1959 ) " を読む 仏革命期にフランス経済は大混乱に陥るがフランスの国家財政はなんと八年後には持ち直している 革命家たちの真面目さ熱心さにはホント驚き 我慢さえしていればまた努力さえしていれば明けぬ夜はない 立ち直らない経済というものはない また減った人口も増えぬことはない だが経済と人口とでは変動のスパンが違う 減った人口は少なくとも一世代後でなければ回復しない ( 人口回復は長期スパン) 減速した経済は然るべき手を打ちさえすれば数年のうちに回復する ( 経済回復は短期スパン ) 対応を間違えればどちらも悲惨だがどちらもリスク管理さえきちんとしておけば<どうしようもない悲惨さ(過度の老齢化/貧困化)>からは逃れられる しかし現実はいつまで経っても悲惨なまま 悲惨な政治に悲惨な社会 悲惨な国に悲惨な国民のままである それでも今の政府(岸田政権)は以前よりマシかと思う + 年金生活は気楽なもの 目が覚めたとき起き腹が減ったとき食う これほど自堕落な生活はない 最初のうちは疚しくて仕方なかったのだがそれも数年のうちに薄れる そうして節度のない生活になる パンデミック下ではその自堕落ぶりがやたら目立ってくる だから焦る そしてやたらと動き回る 運動しまくる 衝動買いをする 無駄な買い物をする 無駄な抵抗をするわけである ところがそんなデタラメな対応のうちにも自ずから良し悪しの違いが出てくる 生活に節度を持たせるようなやり方は良い 生活を安定させてくれる 無駄な焦りがなくなれば生活を律することができる たとえば感染を防ぐため保湿保温換気を心がける 腰が痛くならぬよう脚を交差しながら横寝をする 頭をすっきりさせるためプチ断をする 長生きしたいというセコイ理由からではない 生活の質を高め心身ともに快適でキチンとした生活を送るためだ そうすれば何よりもまず自分のやりたいことに集中できる 日常生活というのはダラシナクなりやすい 勤めていた時の習癖で自分の家にいる時はだらしなくて良いと思い込んでいる ナマケモノになる またそうなったらオシマイだと思いやたら動き回ったりする 不活発から過活動への揺れ戻しだ しかしそれでは元も子もない 社会活動と同じように自分の生活は律しなければならない ダラダラした日常生活も管理運営の対象とせねばならない 自分で自分自身の生活を計画的に管理し運営するわけだ(ただしひとには強制しない) むろんそんなことを実践すればやたら味気ないことは判っている だが日常生活にきちんとした節目やメリハリをつけ日常生活をシステマティックにルーティン化してしまうとかなり楽になるのだ 何よりもまず自分の本業に専念できるようになる そして問題はやはりこの<自分の本業は何か>ということ 結局のところ養老おばさん(そしてまたピューリタニズムの召命 / 職業 Beruf )の言う<自分はなんのために生きているのか>ということ 自分の使命あるいは自分の生き甲斐となるもの / なること 最終的に問題となるのはまさにそれなのだ ぞっとするような話ではあるがなんとも腑に落ちる ヴェーバーの<プロ倫>なんかもひょっとしたら彼が精神的危機を迎え人間(そして自分)のやるべきことが何かについて悩んだ結果なのかもしれない そして彼の言う合理的かつ勤勉な資本主義という理想(理念)が当時の帝国主義的なドイツや日本の社会風土にすんなりと受け容れられたのだろう 🎾 2022年7月1日(金) 県内感染者 93,948 [ + 214 ] ( 死者 200 [ + 0 ] ) / 日本の感染者 9,333,179 [ + 23,447 ] ( 死者 31,294 [ + 13] ) / 世界の感染者 546,390,185 ( 死者 6,334,351 )

活動内容
会員17 ( 2022年5月現在 ) : 写真 / ビデオ

年間日程表 2015 全(済)
年間日程表 2016 前(済)
年間日程表 2016 後(済)
年間日程表 2017 前(済)
年間日程表 2017 後(済)
年間日程表 2018 前(済)
年間日程表 2018 後(済)
年間日程表 2019 前(済)
年間日程表 2019 後(済)
年間日程表 2020 前(済)
年間日程表 2020 後(済)
年間日程表 2021 前(済)
年間日程表 2021 後(済)
年間日程表 2022 前(済)
年間日程表 2022 後(今)