電子ビームの安全基準





 電子ビームは便利な物ですが、利用に際して大きな足枷となるのは、やはり安全性です。

 多くの電子線照射装置内部では、はっきり言って人が死に至る程の放射線が発生しています。
 しかし大抵の電子線を用いた小型汎用装置は自己遮蔽されており、被爆の心配は無用です。
 従って、パッケージングされた電子線照射装置は、自分で安易に改造したりする事の無い様に厳重に管理する事が求められます。

   電子線の照射装置で放射能が発生する程の加速電圧を出すものは、大型の粒子加速器などに限られます。従って、一般的な電子線照射装置(1MeV以下の照射装置を念頭にお話しています)においては、外部被爆だけを考えれば良い事になります。
 ここで、幾つかの言葉について説明が必要でしょう。

 先ず、放射線とは何かという事ですが、一つには波長の短い電磁波を意味します。
 しかし、一般的には電離放射線を指す事が多く、その場合、紫外線以下の波長を持つ比較的エネルギーの高い光子(フォトン)を意味します。
 それと、もう一つは、高速で運動する粒子も指します。
 漠然と粒子なら何でも良いのではなく、電子や中性子、陽子、イオン等が一般的です。

 放射能とは何でしょうか?

 この言葉は良く混同されて使われてしまうのですが、二つの意味があります。
 一つは、放射性物質の事。放射性物質とは、放射性崩壊によってアルファ線やベータ線、ガンマ線等の放射線を放出する事が出来る物質を言います。

 (注意:電子を放出する事が出来るからといって電子線源は放射性物質とは限りません。放射性物質は原子核の放射性崩壊が起こる事が味噌で、その結果、放射線が発生するのです。話がややこしくなりますが、電子線源に放射性物質(例えばTh)を含むものを使う事は有ります。しかしそれは放射性崩壊による放射線を利用しているのではなく、単に仕事関数が下がり電子を出しやすくなるからです。)

 もう一つは、放射線を放出する能力そのもの事。

 「放射能漏れ」は放射性物質が漏洩した事を示しますから、前者の意です。「放射能が高い」は、放射性物質が多く存在して、放射線を出す能力が高い事を意味するので、後者の意になります。

 動物や人体が放射線を吸収すると被爆します。被爆は外部被爆と内部被爆があります。
 外部被爆は、人体外部から飛んできた放射線を人体が吸収する場合です。
 内部被爆は、人体に取り込まれた放射性物質が放射性崩壊する事で、人体内部から放射線が発生し、被爆する事です。

 電子線照射装置(1MeV以下)では、通常そのビーム軌道上を人体が遮る事は有りません(放射線治療装置の場合、その限りにあらず)。しかしながら、電子線を吸収したターゲットや、ビームを停止する遮蔽物からはX線が放出されています。
 つまり、電子線照射装置の放射線防護において最も重要となるのは、X線の遮蔽と言う事になります。

 日本において、放射線を用いた作業に関して定めている法令には、次の四つが有ります。

@「労働安全衛生法」
A「労働安全衛生施行令」
B「労働安全衛生規則」
C「電離放射線障害防止規則」
X線作業主任者についての職務や、放射線を用いた作業に関する安全を定めている

※平成12年10月23日に放射線防止法関係法令の改正あり

 これらの法令の中に、照射装置の概要に合わせた管理の決まりごとや、放射線照射装置の作業者に対して取られるべき防護措置や線量測定方法、被爆限度が定められています。

 此処では、電子線照射装置の運用に関する放射線防止の考え方について簡単に説明してみます。(但し、あくまで一般的な電子線照射装置についてのみです。医療用放射線照射装置なども対象外です。)どんな事が必要なのかが分かる程度にかいつまんでいますので、これだけで安心しないで、実際の運用に際しては官公庁のHP等にてご確認ください。(当方、一切責任を持ちません)


【X線管理について】


● 放射線防護三原則
 放射線から人体を防護する基本的な考え方として次の三つ原則があります。

@「線源と人体の間に遮へい物をおくこと」
当たり前ですね、電子線が照射されている場所から発生したX線が人体に届かないように、その間に十分な厚みを持った鉛や、コンクリートなどの遮蔽物を設けなさい、と言う事です。
A「線源と人体との距離を大きくとること」
電子線が照射された場所から放出されたX線は全方位に射出されます。従って、単位面積あたりで考えれば、距離の二乗に比例して減少していきます。つまり電子線が照射されている場所から距離を取れば取るほどX線は急激に弱くなっていくという事です。これも感覚的に当たり前です。
B「放射線を受ける時間を短くすること」
弱い放射線といえども長時間浴びていれば吸収線量は時間に比例して増加していきます。従って、被爆量を最小限に留める為には、作業時間を短くしなさいという事です。これは逆に言うと、通常の1000倍のX線量が漏れている環境であっても、作業時間(照射時間)を1/1000にすれば、良いと言うことになります。

 ここで良く理解しておかなければならないのは、X線は遮蔽によって、例えば1/10000に弱める事は出来ますが、電子ビームの量を10000倍にすればX線発生量も10000倍になり、遮蔽していない状態での元の線量を受けている事と同じになります。
 更に、電子線の加速電圧を上げると発生するX線の平均エネルギーも上昇します。エネルギーが大きくなると貫通能力が上昇してそれだけ必要な遮蔽物の厚さが増えます。
 また加速電圧の大きさの二乗に比例して発生するX線量は増加します。従って、それだけ遮蔽物の厚さを増加させる必要が有り、電子線の加速電圧の増加には、放射線防護における配慮を高めなくてはなりません。
 遮蔽しているからと安心して出力を上げていると、大変な事になります。くれぐれも定格を超える使い方はしないようにしましょう。

● 装置関連
 装置の使用に関して守らなければならない約束事があります。

@「標識の掲示」
装置の種類(電子線発生装置、X線発生装置など)、放射線の種類及び最大エネルギーを明記した標識を装置もしくは付近の見やすい場所に掲げる。(注:形状、大きさ等、特に規定は無いが、読みやすく記載しなければならない)
A「警報装置」
装置に電力が供給されている場合、その旨を関係者に周知させる措置を講じなくてはならない。(例:手動によるブザー、表示灯など)

 装置そのものの仕様に関しても、インターロック機構の搭載、加速電圧などにより、どの程度以下にまで自己遮蔽しなければならないか等の基準等様々な規則があります。
 その他、装置の設置や移設に際しての労働基準監督署長・科学技術庁長官への届出も義務付けられています。
 ただし、装置の仕様や遮蔽程度によっては、届出が必要ないケースもあります。

  ● 線量限度(被ばく限度)
 管理区域内(後述)で放射線業務に従事する者(放射線業務従事者)の被ばく限度(業務監督、整備担当者は一時立ち入り者として除外する)については下表を参照。

実効線量限度H1cmにて、以下の何れも超えてはならない。
@100mSv/5年
A50mSv/年
B女子5mSv/3ヶ月(妊娠不能者、妊娠の意思の無い者を除く)
C妊娠中である女子1mSv(本人の申出等により使用者が妊娠の事実を知ったときから出産までの間につき、内部被ばくについて)
等価線量限度以下の何れも越えてはならない
@目の水晶体…H1cm又はH70μmのどちらか適切なほうで、150mSv/年
A皮膚…H70μm で500mSv/年
B妊娠中である女子の腹部表面…本人の申出等により使用者が妊娠の事実を知ったときから出産までの間につき、H1cmで2mSv

・線量限度は、実効線量(旧:実効線量当量)、等価線量(旧:組織線量当量)どちらも超えてはいけません。
・3ヶ月毎の実効線量が30mSvを超えないように配慮しましょう。
・18歳未満のものは放射線業務に従事させてはいけません。
・一つの緊急作業に従事する間に受ける実効線量は、100mSvを超えてはいけません。
・管理区域内に侵入する者は全て、外部被ばくによる線量の測定が義務づけられています。

● 環境管理
 照射装置の置かれている部屋、それを取り巻く周囲において一定以上の線量率を示す領域は管理区域とし、国家資格を持つX線作業主任者(1MeV以下の場合)を管理者として任命しなければなりません。
 放射線装置室以外の場所でX線を照射する時も、その照射部の周辺5mを立入禁止にしたり、周囲に管理区域を設定しないといけません。
 管理区域内では、作業者の線量計の装着、常時サーベイメータによる線量率の測定と記録を行う必要が有ります。(記録を保管する期間も決められている)

管理区域

@「管理区域」
H1cm が1.3mSv/3ヶ月を超える恐れのある区域。標識による明示。
A「放射線装置室」
放射線装置がおかれる部屋は遮へい物をもうけ、作業者が常時立ち入る場所において、H1cmが1mSv/週以下にしなくてはならない。
B「立入禁止区域」
放射線装置室以外の場所で放射線装置を使用するときは、5m以内に労働者を立ち入らせてはならない。但し、H1cmが0.5mSv/hr以下の場所を除く。

管理区域設定のための測定 H1cmで測定した値(単位:mSv/hr)と3ヶ月間における最長労働時間との積が1.3mSvを超える区域を管理区域とする。

測定はエネルギー特性、方向特性の面から電離箱式サーベイメータが望ましい。

測定点の高さは作業床面約1m

H70μmがH1cmの十倍を超える恐れのある場所においてはH70μmで測定する
管理方法 X線装置・測定器の整備点検、標識・注意事項の掲示、警報装置の確認

作業開始前・作業中に作業場周辺の線量率測定を行い記録

実際の管理は、1時間当たりの線量で行なう事が望ましい。

1日の労働時間を8時間、週休2日、1ヶ月の労働日数を21日で計算すると、

管理区域境界は2.58μSv/hr
放射線装置室内は25μSv/hr以下

これを目安にする。ただし、残業などで、業務が長時間に及ぶ場合、この目安よりも更に厳しい条件となるので注意が必要である。
その場合、管理区域境界は、

1.3mSv÷(21日×3ヶ月×8時間+[3ヶ月の残業時間合計])×1000

で計算し、放射線装置室内は、

1mSv÷(5日×8時間+[一週間の残業時間合計])×1000

以下の線量率(μSv/hr)になるよう管理せねばならない。


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