電子ビームの解説3:電子ビーム照射装置




 電子ビームを作るには、電子を加速してやれば良い訳ですが、その電子はどうやって作るのでしょうか?


 前に言いましたが、電子は普段、原子核に囚われて回っています。
 この電子は金属の様に比較的束縛が弱くて、一個の原子核ではなく、結合している全ての原子核周辺を自由に動き回っている電子もあれば、絶縁物の様に個々の原子核に割としっかり束縛されている電子もあります。この様な電子ですが、温度を上げてやると運動エネルギーを得て、物質外へ、つまり真空中に飛び出してきます。これを熱電子放出と呼んでいます。

熱電子

 この現象は、飛び出し易さを表す仕事関数と言う物に支配されています。
 この値は飛び出しを阻止する塀(エネルギー障壁)のような物です。



 これ以外にも、トンネル効果というものを用いて、電子を塀からすり抜けさせる方法もあります。
 これは波動関数の染み出しを利用する物です。

電界放出

 量子力学の世界では、粒子は波動関数と呼ばれる存在確率を示す分布を持っています。
 塀の中の電子はエネルギーが十分でなければ塀を越える事が出来ませんが、この存在確率を示す波動関数は塀の外にも少し染み出していて、存在確率はゼロではありません。

 そして、ハイゼンベルグの不確定性原理によれば、粒子はほんの短い時間であれば瞬間的に高いエネルギーを持っても良いことになっています。

 つまりほんの短い時間であれば、電子は塀を乗り越えて外に出られるのです。
 後は外にいられる時間を長くする事でその電子を本当に取り出せる事が出来るのですが、その為に、塀の外に深い井戸を掘り塀の中より居心地をよくする必要が有ります。
 つまり、非常に高い電界を塀のすぐ側に掛けてやって、ひきつけて戻れなくしてしまえば良いのです。

 これが電界放出と言う現象です。この現象はSTM等にも利用されて言います。



 出てくればこっちの物です。後は加速してやれば良いのですが、その前に一つ問題があります。加速される場所の環境です。



 熱電子をフィラメント(電子を放出する物質を加熱したもの)から取り出し、加速してやる為には、その周辺の領域が真空でなくてはなりません。
 何故かと言うと、せっかく取り出した電子も回りにたくさんの気体が存在していればすぐに衝突して、エネルギーを失うのでいつまでたっても加速されないからです。
(逆にわざと気体を入れて電子を加速した場合、次々と気体が、電子と衝突して電離し、放電が起こります。これを利用した物が、放電灯です)



 十分真空引きされた環境で、加速された電子は必要に応じて集光されます。
 ここで、問題ですが、光では凸レンズや凹面反射鏡を使えば簡単に集光する事が出来ましたが、電子はどのようにして集光するのでしょうか?



 答えは、そう、電場(静電場)レンズです。また、磁場で集光することも可能です。
 具体的には、加速された電子ビームの通り道にリング状の電極を幾つか設置して、そこにプラスやマイナスの電圧を掛けます。そうすると、電子ビームは加速されている方向に対して垂直方向にも加速を受けて、広がったり、縮んだりします。

 この様にすれば、電子の場合でもレーザの時と同じように光学系を設計する事が出来ます。
 また、静電場レンズはリング状にするだけでなく、ビームに対して上下左右に平板電極を設置して、その電圧を変動させれば、ビームを上下左右好きな様に変化させることが出来ます。
 これを利用することで、走査型電子ビームを作り出すことが出来ます。この技術はブラウン管に利用されています。(電場だけではなく磁場も使用しています。)


 最後に、加速された電子を試料に照射するだけですが、その時も真空中に試料を置く場合と、大気中(ガス置換中)に照射する場合とが有ります。

 ブラウン管の場合、封じきったガラス管の内部は全てかなりレベルの高い真空が保たれています。
 電子ビームはその真空の中で発生して、真空中で加速され、蛍光体に衝突して、発光させます。
 SEMの場合は、電子ビームは、高い真空中で引き出され加速されますが、サンプルが入った試料室は、低真空です。
 その為、電子は超高真空の加速室で十分に加速した後、ピンホールを通して試料に照射できるよう工夫されています。
 ピンホールは十分小さく、加速室の超高真空は保たれています。



 より実用的な電子線照射装置では、試料は大気中にあり印刷物の様に高速で搬送されているかもしれません。
 この様に圧力差が大きすぎる場合、真空が維持できず、ピンホールを通して照射するような事では出来ません。
 この場合、薄膜を通して直接電子だけを大気中に放出させます。
 つまり、電子に物質を貫通させるわけです。

 この様に書くと、「そんな馬鹿な」とか、「穴が開かないの?」とか思うかもしれませんが、良く思い出してみてください。
 前に電子の侵入深さの制御について、説明しましたが、そこで電子のエネルギーによって侵入深さが変化することを説明しました。
 電子のエネルギーを数百eVまで高めてやれば、試料によっては電子は数百μmまで到達する事が可能になります。
 そこで、この試料の厚みを数μmまで薄くしたらどうでしょうか?

 薄膜で若干エネルギーが吸収され減少しますが、電子のほとんどは薄膜を貫通して、放出されるのです!

5μmの厚みのTi箔に電子が侵入していく様子。右の数字が電子の加速電圧、左が入射時の半分以上のエネルギーをもって箔を通過する電子の確率。(K.Kanda氏のモンテカルロシュミレーション使用)

 数μmの厚みでも構造をうまく工夫すれば破れる事無く、真空を維持することは可能です。

 大気中に放出された電子は、少しエネルギーが下がったとはいえ、十分な速度を保ったままですから、大気中での減衰にも関わらず、かなりの所まで飛んでいく事が可能です。
 従って、大気中の離れたところにある試料に照射する事が可能となります。



 この電子が放出されるところの薄い薄膜を窓材と呼びます。

 この窓材には、軽金属の薄膜を何枚か重ねたものを使用しますが、加速電圧が低い物では、シリコンを基材に強化処理した物を使用する場合も有ります。

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