素粒子と宇宙


                 白石 清(山口大学理学部)(1999年3月)
概 要
 素粒子と宇宙の関わりについておはなしします。
 3/22先端科学フェスティバルのサテライトセミナーでおはなししたことの増補版です。



要 約

 物質は原子からできている。原子は原子核と電子から成る。一般の原子核は,陽子や中性子が強い力で結合してできている。このように,物質の構成要素としてより基本的なものを探求し,それらの間に働く力(相互作用)を研究することによって,素粒子物理学は発展してきた。電子,陽子,中性子などが素粒子とよばれるものである。
 現在では,陽子,中性子などはクォークと呼ばれる,より基本的な粒子から構成されていると考えられている。クォークは現在6種類存在するという証拠がある。一方,電子と類似の粒子としてμ粒子,τ粒子が発見されている。また,電荷をもたず,弱い相互作用しかしないニュートリノという粒子も同じく3種類見つかっている。電子の仲間とニュートリノを総称して,レプトンと呼ぶ。
 クォークとレプトンは現時点では最も基本的な粒子であると考えられている。これらの間に働く力には,4種類のものがあることが知られている。これらの物質の構成粒子および相互作用の統一的な法則の記述(統一理論)を追求することが,現代の素粒子物理学の中心課題である。
 基本的粒子や相互作用の性質に関する知識は,加速器実験や宇宙線の観測によって得ることができる。特殊相対性理論により,質量はエネルギーと等価であることが知られている。高いエネルギーの粒子の実験により,大きな質量をもった粒子を生成したり,その性質を調べたりすることができる。
 われわれの宇宙は膨脹している。現在のその温度は絶対温度で約3度であるが,過去には宇宙の大きさは小さく,またより高温であったと考えられる。温度が高いということは,粒子の平均運動エネルギーが大きいということであるから,超高温状態では,エネルギーから質量をもった粒子が生成されたり,また逆に消滅したりという粒子間の反応が盛んになっている。宇宙が膨脹して低温になっていくにつれて,粒子間の反応がおさまり,軽い元素,やがては星や銀河が構成されていったと考えられる。したがって,われわれの宇宙の物質の構成は,宇宙初期の粒子の構成および相互作用から決まっていることになる。このように,素粒子物理学は,われわれの宇宙のありようとも密接に関連している。
 われわれのまだ知らない粒子が多数存在するかも知れない,といわれている。現在の実験装置では相互作用が弱くて検出できない場合でも,超高温の宇宙初期につくられたそれらの未知の粒子が,宇宙の発展において重要な意味をもっているかもしれない。現在,宇宙の観測から,多くの見えない物質(ダークマター)が存在することが知られている。未知の粒子がダークマターなのかも知れないと考えられる。
 最近,ニュートリノに質量がある証拠が確認された。もし適当な大きさの質量をもったニュートリノが存在すれば,ダークマター(の少なくとも一部)になると考えられる。また,ニュートリノの質量は,基本的粒子と相互作用の統一理論の枠組みにも重要な影響を与える。
 以上みてきたように,素粒子理論,素粒子実験(観測を含む),宇宙の理論(宇宙論),宇宙の観測は,相互に結びついている。
 (また,重力相互作用を含む統一理論の研究では,非常に高度な数学の知識が要求されている。ここでは内容にはふれられないが,理論物理学と数学の密接なつながりも指摘しておきたい。)



・物質の基本粒子

 物質は原子からできています。原子は原子核と電子から成り立っています。一般の原子核は,陽子や中性子が結合してできてます。このように,物質の構成要素としてより基本的なものを探求し,それらの間に働く力(相互作用)を研究することによって,素粒子物理学は発展してきました。歴史的には,電子,陽子,中性子などが素粒子とよばれるものです。
 現在では,陽子,中性子などはクォークと呼ばれる,より基本的な粒子から構成されていると考えられています。クォークは現在6種類存在するという証拠があります。一方,電子と類似の粒子としてμ粒子,τ粒子が発見されています。また,電荷をもたず,弱い相互作用しかしないニュートリノという粒子も同じく3種類見つかっています。電子の仲間とニュートリノを総称して,レプトンと呼びます。クォークとレプトンは現時点では最も基本的な粒子であると考えられています。それぞれ3つの世代に分類されます。

・基本粒子間の力

 基本粒子の間に働く力には,次の4種類のものがあることが知られています:強い相互作用,弱い相互作用,電磁相互作用,重力相互作用。
 クォークは強い相互作用を感じますが,レプトンは強い相互作用をしません。クォーク,レプトンとも他の3つの相互作用を受けます。
 強い力はクォークを束ねて核子をつくります。核子は3つのクォークからできています。
 弱い力は基本粒子の種類を変えることができます。レプトンの場合,同一世代のレプトンにかわります。クォークの場合も,おもに同一世代内で変わりますが,世代間の混合のため,他の世代のクォークにかわることができます。弱い力はクォークをレプトンに変えたり,レプトンをクォークに変えたりはできません。
 物質の構成粒子および相互作用の統一的な法則の記述(統一理論)を追求することが,現代の素粒子物理学の中心課題です。素粒子物理学では,4つの力(の少なくともいくつか)は,一つの力を起源としていると考えています。これは「相互作用の統一」と呼ばれます。
 もとは一つの力が現在これら異なった力に見えるのは,「真空」の性質によるものと考えられています。同じ真空でも性質が異なるとは,どういうことでしょう。例としては,水がよく用いられます。温度によって,水は氷になったり,水蒸気になったりします。同じ水でも,物理的性質はかなり異なります。このように,真空もいくつかの異なる「相」をもつと考えられています。このような「真空」の性質により,統一理論のもつ大きな対称性がこわれて,いくつかの異なる力が現れると考えられます。この「対称性の自発的破れ」をもたらすものをヒッグス機構と呼んでいます。弱い相互作用が「弱い」のは,ヒッグス場と呼ばれるものが真空中に充満しているためです。要するに,ヒッグス場が存在しているときの方が,ヒッグス場が存在しないときよりも,エネルギーが低いということです。強い相互作用,弱い相互作用,電磁相互作用を統一的に記述する「大統一理論」では,さらに別のヒッグス場を考えます。また,大きな対称性を実現するために,新たな相互作用や粒子を導入する必要があります。
 相互作用の強さは,エネルギーにより変化します。大統一理論の対称性の破れはエネルギーの非常に大きなところで起きています。エネルギーが低いと,3つの相互作用の強さはかなり異なってきます。
 最近では3つの相互作用の「大統一理論」のモデルを構築する際には,「超対称性」という新たな対称性を仮定することが,主流になっています。このとき,現在知られていないような多くの「超対称性粒子」が存在することになります。超対称大統一理論の枠組みでは,対称性の破れるエネルギーのところで,3つの相互作用の強さはほとんど一致します。

・ハッブルの法則

 ハッブルは1929年頃,大発見をしました。遠くの銀河ほど速い速度で我々から遠ざかっているというのです。これは比較的近くの銀河について,光のスペクトルを調べることによって解かりました。光のスペクトルのなかにはいくつかの物質特有の線があります。これが比較的遠くの銀河ではより大きく波長の位置がずれていることを見つけました。これは光に対する「ドップラー効果」によるものと解釈できます。(音に対するドップラー効果は,パトカーや救急車のサイレンの音でおなじみでしょう。)したがって,ずれの方向も考えると,遠くの銀河ほど速く遠ざかっていくことが解かりました。この比例関係を「ハッブルの法則」と呼びます。
 この発見は次のような推論を導きます。「時間を遡れば,銀河は互いにもっと近くにあった。もっと遡れば重なってしまう。こんなことはおかしいから,全ての銀河はその誕生の時があったに違いない。」
 ハッブルの法則は,その後観測値の修正を加えながらも,より遠くの銀河についても成り立っていると考えられています。(幾種類かの銀河については,距離の目安となる性質があるので,それによる測定と比較します。)

・アインシュタインと宇宙

 アインシュタインは1917年,一般相対論を宇宙に適用してみました。
 彼が1914年頃に完成した一般相対論は,古典的重力の理論です。ただ,重要なことは,よく知られているように,重力を時間,空間の歪みによるものだ,としたことです。このことだけでは,単なる重力の解釈の問題としかなりかねませんが,もっと重要なのは,その時間空間を物質の(エネルギー)分布と結びつける方程式を見いだしたことです。「アインシュタイン方程式」の左辺は時間空間の歪みを表し,右辺は物質の分布を表します。「時間空間」(=時空)という入れ物と,「物質」という中身の全てが我々の宇宙ですから,アインシュタイン方程式は宇宙の存在様式を規定している事になります。
 物質の分布は銀河の分布だとしますと,大体一様等方散らばっているようです。 等方というのは,どっちの方角を見ても景色は大体において同じだということで,一様というのは,どこの銀河から見ても景色が同じように見える,ということです。この一様等方性を「宇宙原理」と呼んで,宇宙論の研究の大前提としています。つまり,我々の銀河は特別なものではない,という「コペルニクス的」主張をするわけです。
 さて,宇宙原理を適用すれば,アインシュタイン方程式を解くことができます。一般相対論の立場では,銀河が運動しているのではなくて,空間が変化しているのだ,と見るわけです。一様等方の仮定から,宇宙全体の空間の構造は時間に依存する「スケールファクター」だけで決まります。これは例えばある時刻のある銀河と銀河の距離を1としたときに,別の時刻に何倍,あるいは何分の一になっているかを表す比率です。前に挙げたアインシュタイン方程式をそのまま解くと,スケールファクターは必ず時間につれて変化することが解かります。(ニュートン力学の立場でも,銀河同志は重力で引っ張り合いますから,静的な宇宙は実現できないわけです。)1917年の時点では,銀河の分布,つまり宇宙は静的なものと考えられていましたから,アインシュタインは自分の方程式にある定数に比例した項を付け加え,静的な宇宙の構造を表しました。しかし我々は既に知っているように,銀河は互いに離れていっています。つまりスケールファクターは時間とともに増加しています。このことを「宇宙膨張」と呼ぶことができます。方程式の解は,ちゃんとハッブルの法則を正しく表しています。
 その後アインシュタインはもちろん観測事実を知って,自分の方程式を元に戻しました。ちなみに,付け加えられていた定数を宇宙定数(それを含む項を宇宙項)とよびます。
 とにかく,観測とアインシュタイン方程式の解とを突き合わせることで,宇宙の進化が詳しく研究できるようになったわけです。現在の宇宙の膨張率(=ハッブル定数)や物質の観測とアインシュタイン方程式により,宇宙の年齢は約150億年前後だということが解かっています。(歴史的な観測値と理論値の紆余曲折(現在も続いています!)については,省きます。)

・物質(元素)の起源

 さて銀河を構成する星も,私達も,皆原子からできているわけです。自然界の原子は約百種類が知られています。原子はいつごろつくられたのでしょう?1940年代後半から1950年代後半,ガモフは宇宙の初期にすべての元素がつくられた,と主張しました。宇宙の歴史を遡っていけば,すごく宇宙全体が小さい時期があったわけです。物を熱が逃げないように圧縮すれば,温度が上昇することを我々は知っています。それと同様にはるか昔の宇宙は熱かったと考えることが可能です。非常に高温では原子の原子核も陽子や中性子になってしまいます。宇宙では逆に膨張につれて温度が冷えていくとともに陽子や中性子から種々の元素がつくられるのではないか,とガモフは考えたのです。この研究を始めとして,多くの物理学者や天文学者がこの熱い宇宙を研究するようになりました。「ビッグバン(BigBang)宇宙モデル」の誕生です。後にガモフの目論見は変更され,初期宇宙でつくられたのは主に水素とヘリウム(と一部のリチウム)で,他の大部分は星の内部でつくられることが解かってきました。しかし宇宙の物質の大部分,つまり銀河や星の大部分は水素とヘリウムが優に90%以上を占めています。(星の中でつくられる分量だけでは,どうしてもヘリウムが観測に合うだけつくられないことが解かっています。)宇宙の温度と大きさ(スケールファクター),宇宙が始まってからの時間の相互の関係は,アインシュタイン方程式によって解かっています。元素合成時の温度は約10億度,時刻は宇宙が「点」から始まったとして,その始まりから約3分くらいです(ヘリウムの3分クッキング!)。
 元素合成の温度から,現在の宇宙の温度が解かります。宇宙の大きさと温度はだいたい反比例するからです。ガモフやその当時の人々はその温度が絶対温度で10度より低いぐらいであることを理論的に導きました。さて,宇宙の温度とは,何を測れば解かるのでしょうか?
 物質はどんなものでも温度を上げるとそれに対応した光を出します。前に述べたスペクトルの中の線などは物質の種類によりますが,種類によらない部分が大きな寄与をします。温度が低いときは主に波長の長い光,高いときは波長の短い光の分量が増します。また,波長の異なる成分の比率も理論的に解かっています。この波長分布関数はプランク分布として知られています。温度の非常に低いときは,主な成分は電波として観測されます。(電波も,赤外線も,可視光も,紫外線も,X線も,γ線も,皆電磁波で,ただ波長が異なるだけです。)したがって,宇宙の電波を調べればよいのです。
 先に述べた元素合成時には,まだ物質は高温プラズマ状態で,光は自由に通り抜けることが出来ないほどでした。もっと温度が下がって,原子核と原子が結びついて原子を形成すると,光は自由に進んで行けるようになります。このとき温度は約4000度程度,宇宙の始まりから約10万年程度の時刻です。ですから,このとき初めて,観測可能な最初の光が放たれたことになります。この高温度に対応した波長の短い電磁波も,宇宙膨張のため,波長は大幅に延び,電波として観測されます。この波長が,先ほどの温度に対応した波長と一致します。

・宇宙をながめると

 科学の発見の歴史は,よくご存知のように,単純でない場合が多いようです。この「宇宙の化石」の発見も,こんなものとはあまり縁のなさそうな,二人の技術者によって見つけられたのです。その二人とは,当時ベル研に居たペンジァスとウィルソンです。この二人はアンテナに入る雑音電波について調べていて,偶然この宇宙の化石を見つけてしまったのです(1965年)。その波長は絶対温度約3度に対応し,宇宙のどの方向からも同じ強さで来るように見えました。これが宇宙の化石,普通呼ばれる言い方では「宇宙背景輻射」と呼ばれています。この等方性については幾度も観測がなされてきました。我々の銀河の固有運動(宇宙膨張とは関係のない動き)によるドップラー効果とわれわれの銀河内の電波を差し引くと,観測の精度内でほぼ等方な様にみえました。つまり,背景輻射の時代は宇宙はほぼ等方であり,またおそらくは一様でもあった,と思われます。
 1989年,アメリカは宇宙背景輻射観測用の衛星COBEを打ち上げました。この衛星は,おしりを常に地球側に向けることによって,地球からの雑音電波をさける工夫がなされていました。その初期の観測では,一様な電波の波長分布は,理論とぴったり一致していることを示しました。また,比率にして約10万分の一程度の「ゆらぎ」も見つかりました。深さ1キロメートルの海に高さ1センチの漣が立っているところを想像して下さい。このゆらぎが銀河形成の「種」となります。(現在ではCOBEは機能を停止していますが,現在,同様なより精密な観測計画(MAP,PLANCK)が立てられています。)
 銀河の話になったついでに,最近の銀河の観測について紹介しておきましょう。
 まずハッブル望遠鏡が宇宙空間から遠方の銀河やクェーサーを観測しています。雑誌,新聞,本やインターネットで画像をご覧になった方も多いでしょう。空気のゆらぎがないために,非常に鮮明な画像が得られています。宇宙空間からは,すべての波長の電磁波を用いた観測ができることも強みです。
 また,最近の地上観測では,電子技術(CCD等)やコンピューターの進歩で,膨大な数の銀河のデータを比較的短い時間で処理することができるようになりました。この為,銀河の空間分布の地図をつくることが可能になってきました。その結果,我々から約3から4億光年先に,約6億光年以上の長さをもつ巨大な銀河の集まりが発見されました。あだなでは"Great Wall"(万里の長城)と呼ばれています。
 別の観測では,このような大規模構造が何重にも続いているのではないかと報告されています。これらの大規模構造が,さきほどのゆらぎから成長してつくられるかという理論的問題は,多くの人々が研究しています。また,観測のほうも,より広範囲の銀河の分布を決定する観測が進んでいるところです。
 我が国では,国立天文台がハワイのマウナケアに新しい望遠鏡をつくりました。名前は「すばる」,口径8メートルの反射望遠鏡で,赤外線でも観測できます。初期の銀河の観測が期待されています。

・初期宇宙と素粒子

 もう我々は宇宙の最初の「光」を見ましたから,これ以上宇宙の歴史を遡るに至っては,理論的考察を頼りにするしかありません。元素合成時より以前の宇宙では,より温度が高かったわけですから,陽子や中性子もばらばらであったときがあると考えられます。ご承知のとおり陽子や中性子はクォークからできていますから,非常に高温の初期宇宙では,クォークや電子,光の粒の光子,その他の素粒子が生まれたり消えたりしながらうようよしていたと考えられます。
 宇宙創成時には,粒子と反粒子が同じ量だけ生成されたと予想されます。ではなぜ現在の宇宙では,反物質はほとんど見あたらないのでしょうか。(高エネルギー宇宙線などによって,少量の反粒子は現在でも生成されます。)
 サハロフ,吉村らによって,初期宇宙での素粒子反応によってこの事実が説明されることがわかりました。時間対称性およびCPといわれる対称性の破れた相互作用が,膨張する宇宙内で働くことにより,現在の物質と反物質の非対称性が説明できます。この相互作用は,陽子の崩壊とも関連している可能性があります。
 高温高エネルギーの宇宙では,粒子間に働く力も現在我々の周りのものとは異なっていると考えられています。統一理論は,先程述べた宇宙における物質と反物質の非対称性の起源も説明する可能性をもっています。また同時に,陽子の崩壊をも予言します。
 超高温の初期宇宙では,水が氷に変わると同じような,「真空」の「相転移」が起きると思われます。初期宇宙では様々な相互作用が現在とは異なる性質を持ちます。素粒子の法則は,アインシュタイン方程式を通して,宇宙の発展の仕方に大きく関わってきます。

・ダークマター

 アインシュタイン方程式によれば,宇宙の発展の仕方は銀河を含む物質の量で決まります。現在の物質密度が1立方センチ当たり約10の-29乗グラム(1立方メートルに水素原子1個程度)のときに,空間は平坦で,(率は減っていきますが)いつまでも膨張を続けます。それよりも物質が多く存在すれば,万有引力のため,宇宙はいつの日か再収縮します。また,物質の量がこの臨界値よりも少ないと,いつまでも膨張を続けます。
 銀河などの観測によれば,見つかっている物質の量は,この臨界値の10分の1くらいしかありません。では我々の宇宙は無限に膨張していくのでしょうか。
 しかし,色々な観測から,宇宙には「見えない物質」が多く存在することが示唆されています。銀河の回転速度を観測すれば,銀河の質量が解かります。ところが,その質量は,星やガスとして光っている分よりも,かなり大きく,また外側まで広がっているようなのです。また,銀河の集団でも,固有運動を調べることにより,「見えない質量」が存在することが解かっていました。これらの見えない物質を「ダークマター」と呼んでいます。ダークマターの正体は,まだ解かっていません。候補としては,自ら光らないほど小さな星や,未知の素粒子,ブラックホール等様々です。
 我々の銀河のまわりの暗い天体を,重力レンズ効果を用いて検出する試みが最近なされています。また,別の種類の重力レンズ効果で宇宙の物質の量を探る試みもなされています。ダークマターのすべてを暗い星で説明するのは難しいようです。ふつうの物質だけからなるとすると,理論的にも,元素合成のシナリオと矛盾してしまいます。
 ダークマターが未知の素粒子などの場合,銀河形成時にも存在していたとしますと,重力で物質を多く素早く引きつけますから,重要な役割を演じたかも知れません。統一理論では,いくつかの未知の素粒子を予言しているものもありますので,素粒子物理学者のあいだでも盛んに研究されています。
 もし物質の量が多いと,宇宙は何時かは収縮に転じます。そして150億年以上たった何時か,再び宇宙はビッグバンと似たような状態になります。しかし,密度が高くなりますと,ブラックホールがたくさん生成され,互いに合体し,巨大なブラックホールが出来ます。そのような過程が繰り返されながら,宇宙はどんどん縮んでいきます。
 宇宙の物質の量が少ないと,宇宙は無限に膨張し続けます。だんだんと星をつくる元となる物質の密度が低くなりますから,10の14乗年くらいで光る星がなくなります。残っているのは,白色わい星,中性子星,ブラックホールなどです。10の18乗年までには,銀河の星々も互いの接近遭遇によって,ばらばらになっていきます。10の34乗年も経れば,物質を構成する陽子や中性子の大半が崩壊して,陽電子や他の素粒子になります。これは統一理論の予言です。10の100乗年までには,ブラックホールも量子力学的に蒸発し,最後には宇宙は光子,ニュートリノ,電子,陽電子だけになってしまいます。

・ニュートリノ

 ニュートリノは核崩壊のときに必ず生じる粒子です。崩壊の際のエネルギー保存を調べる実験結果から,1930年代初頭にパウリが予言しました。のちに(1956年ごろ)ライナス,コーワンらによって存在が確認されました。ニュートリノは電荷をもっておらず,弱い相互作用しかしないため,非常に検出が難しい粒子です。
 現在では電子ニュートリノ,ミューニュートリノ,タウニュートリノの3種類のニュートリノが存在すると考えられています。他の粒子との相互作用が弱く,物質を素通りするため,宇宙のはるか彼方や太陽の中心部で発生したニュ ートリノは,そのまま地球にやってきます。そのため,観測が非常に難しく,実際には塩素やガリウム,水素などの原子核に衝突したときにごくまれに起こる逆ベータ反応などにより検出します。
 現在の宇宙には,1立方センチあたり100個という密度で存在しており,ほぼ光速で飛び回っているはずです。(しかし,大部分はエネルギーが低いため,観測は困難です。)

・ニュートリノの観測

 最近,東大・宇宙線研究所を中心とした日米の共同研究グループ(代表・戸塚洋二東大宇宙線研究所所長)がニュートリノの質量を確認したと報道がありました。これは6月5日午前,岐阜県高山市(高山市民文化会館)のニュートリノ国際会議での梶田隆章・東大宇宙線研究所助教授の発表についての報道です。新聞,雑誌でさかんにとりあげられましたので,みなさんもご存じかと思います。
 もし,ニュートリノに質量があるなら,3種類のニュートリノがそれぞれ別種のニュートリノに変化を繰り返す現象(ニュートリノ振動)が 予想されていました。今回の発表はこのニュートリノ振動を確認したとのことです。
 研究グループは東大宇宙線研究所を中心に,日米約120人の大グループです。5万トンの水をたたえた岐阜県北部(岐阜県吉城郡神岡町)の神岡鉱山地下1000メートルの巨大タンクで1996年4月から,宇宙線が大気と衝突して発生するニュートリノを観測してきました。
 大気からのニュートリノは計約4500個観測されましたが,ミューニュートリノが電子ニュートリノの2倍存在するはずなのに1.2倍しかありませんでした。(まず大気でできたパイ中間子がミューオンとミューニュートリノに崩壊します。ミューオンは電子と電子ニュートリノ,ミューニュートリノに壊れます。)またミューニュートリノの数は真上からは,ほぼ予想通りでしたが,真上から外れるほど減り,地球裏側の真下から来る数は予想の半分でした。この一年でデータが蓄積し,事実がはっきりしてきました。
 大気でのニュートリノ発生場所は真上が上空約20キロなのに,真下は地球の裏側で約13000キロも離れているのです。一連のデータは,ミューニュートリノが長距離飛ぶ間にタウニュートリノに変身する「振動」が起きていることを裏付けました。(タウニュートリノは現在直接観測できません。)
 この神岡の観測装置はスーパーカミオカンデと呼ばれています。スーパーカミオカンデは5万tの純水を使用しています。反応の際に生まれる電子が放出する光子を検出するための光電子増倍管11200本がタンクの内側に設置されています。このスーパーカミオカンデは大気ニュートリノの観測の他にも,太陽ニュートリノの観測や,さらには陽子崩壊を観測することができます。
 太陽からのニュートリノの量については,以前からの観測で,太陽の構造の理論から予想される量よりも,少ないニュートリノしか観測されていないことがわかっています。このことも,別のニュートリノ振動(電子ニュートリノが別の種類に変換する)によって説明できると考えられます。
 現在,つくばのKEKからニュートリノビームを250キロ離れたスーパーカミオカンデに打ち込んで,ニュートリノ振動を検出しようとしています(KEK内では1000tのタンクに800本の検出装置を備えた「ベビーカミオカンデ」を設置。)。これにより,より精密にニュートリノの質量や性質が確定されるでしょう。同様の計画は,他にも世界各地で計画されています。

・ニュートリノ振動

 ニュートリノに微小な質量を許すとすれば,一般に相互作用の固有状態と質量の固有状態が異なってくるので,ニュートリノについてもクォークのCKM行列(キャビボ・小林・益川行列)と同じような形の混合行列(牧・中川・坂田行列(MNS行列))が現われ,例えば弱い相互作用によってつくられたミューニュートリノが自由粒子として空を飛んでくる間にタウニュートリノに変換される可能性がでてきます。これをニュートリノ振動とよびます。  ニュートリノ振動の現象 は,連結された振り子のモデルで理解することができます。片方の振り子を最初に振らしたときに,やがて他方の振り子が振れてきます。 振幅の二乗が存在量(割合)に比例すると思えば,二種類のニュートリノの混合した場合と同じで現象であることがわかります。
 ニュートリノ振動現象は,ニュートリノの質量の自乗の差に関係していて,絶対的な質量は直接観測から得ることはできません。今回の観測結果からは

 ・質量固有状態 (ν_1, ν_2) の2乗質量差
  Δm^2 = m_2^2 - m_1^2 = 10^(-2) 〜 10^(-3) eV^2
      ちなみに電子の質量は約0.5MeV,陽子の質量は約1GeV。
 ・ν_1, ν_2 の混合角θ ・・・ sin^2 2θ = 0.8 〜 1.0

・ニュートリノの質量と素粒子理論

 ニュートリノ振動現象が確かめられれば,少なくともひとつのニュートリノは質量をもち,したがって従来の標準理論では考慮していなかった成分を新たに導入しなければなりません。

・ニュートリノの質量と宇宙

 現在の宇宙を構成するものは,銀河,銀河団,ダーク・マター(暗黒物質,光らない物質)だといわれています。ニュートリノは現在のダーク・マターの有力候補です。3種のニュートリノのうち,もし一つでも10eV程度以上の質量をもつものがあ れば,ニュートリノがダーク・マターの候補の一つになります。(cf.電子eの質量50万eV)
 ダークマターの性質と存在量は,銀河の形成と密接に関係しています。ダークマターのふつうの物質との相互作用は非常に小さいとおもわれますが,宇宙規模では重力の相互作用が重要となるためです。しかし,理論的にはいろいろなシミュレーションがなされていて,ダークマターの性質によって異なる構造が生じることがわかっています。仮に質量をもったニュートリノがダークマターだとすると,宇宙の大きな構造は造れますが,小さな構造はニュートリノの運動によって消されてしまいます。いろいろなダークマターの組み合わせによって,観測によって明らかになってきた銀河の分布をうまく説明することができるのでしょうか?

 「われわれはどこからきて,どこへいくのか?」という疑問の答えを得るためには,宇宙の観測とともに,素粒子や重力の理論を解明することが必要です。素粒子理論,素粒子実験(観測を含む),宇宙の理論(宇宙論),宇宙の観測は,相互に結びつきながら発展しています。


おしまい。


「講義ノート」に戻る