宇宙のはじまりとおわり


宇宙のはじまりとおわり The beginning and the end of the universe

              白石 清(1995年9月4日 受理)
概 要
 宇宙の始まりと終わりに対する現代物理学によるアプローチを解説する。この解説は1992
年10月23日(金)に行われた同題名の市民講座,および秋田短期大学商経科1年の自然科学
概論のノートに基づいている。
 
 今日のお話は,宇宙の歴史のお話です。「くらしと科学」というテーマからはちょっと外
れてる感じですが,我々も宇宙の一部ですから,色々とスケールの大きなことをたまに考え
てみるのも悪くないでしょう。
 さて最初にお断りですが,今日お話しする宇宙は,英語では"universe"の方です。英語で
は,"universe","cosmos","space"と色々な「宇宙」があります。
 最近話題の毛利さんや向井さんのスペースシャトルの飛ぶ「宇宙」はもちろん"space"
です。詳しく言えば「宇宙空間」とでも説明できます。そういえばディズニーランドには「
スペースマウンテン」なんてのがありましたっけ。とにかく我々人間や,人間のつくったも
のが飛んで行けるようなところのイメージ,これが"space"のイメージです。現在は色々な
探査体も飛んでますから,まあ太陽系ぐらいの広がりでしょうか。
 次に"cosmos"ですが,これには元々「秩序」という意味があります。十年ぐらい前のカー
ルセーガンのテレビ番組のタイトルも「コスモス」でした。これはおそらく天体の規則正し
い動きの観測からきているのだと思います。この規則正しい惑星の運行が,原始宗教を生み
,またようやく17世紀にいたり,ニュートンによる近代物理学の勃興をもたらしたのです
。したがって,"cosmos"も惑星などの天体力学との関連した領域,ということになります。
(もちろん,恒星間,銀河間空間も,力学的世界観で促えたときには,自然と含まれてきま
す。)
 さて今日の話題の"universe"ですが,"uni-"という接頭辞は「ひとつ(しかない)」を表
します。このことは例えば"union","unique"などの単語を思い出せば明らかです。一つし
かない宇宙ですから,我々の知っているものは全て含んでいるわけです。

 本題にはいる前に,もう一つ,今度は英語の辞書でなく国語(漢和)辞典で「宇宙」を調
べてみましょう。みなさんご承知かもしれませんが,この言葉は中国(漢代)の古典の一つ
,え南子からきています。「宇」は空間の広がり,「宙」は時間的広がりを表すそうです。
(今の「宙」の使い方からは,逆のような気がしますね。)このことを知っておくと,これ
からお話しすることのキーポイントが理解しやすくなります。
 宇宙の始まりですが,もちろん誰も見た人はいません。終わりも多分そうでしょう。しか
し人間はどんなことにも「原因」と「結果」を考えるのが好きなものです。そこで色々と昔
のことを考えてみるわけです。
 頭のなかで考えれば,色々と考えられるわけです。例えば昔も今も全て(=宇宙)は全く
同じようであったとか,なにかの周期的変化を繰り返している,とか言った具合です。しか
し考えているだけではしょうがないので,なにか証拠を探すわけです。
 当然のことですが,昔から言い伝えられていることを鵜呑みにするだけでは危険です。で
,例えば地面を掘っていたら何か化石が見つかった,等ということが起きたとしますと,そ
れを元に色々調べられるわけです。地球の場合,色々調べると約45から46億年の歴史が
あることが解かりました。宇宙の場合どこに「化石」があるのか,というのが問題となって
くるわけです。
 手をこまねいていてもしょうがないので,とにかく空を見上げてみるわけです。昼間は太
陽がさんさんと照りつけています。この太陽まではどのくらいの距離があるのでしょう。
 それは約1億5000万キロメートルです。太陽は夜空に輝く星々と同じで,内部で原子
核融合をおこして輝いています。ところで世の中にはおてんとう様が嫌いな人も大勢います
ので,そういう人が集まって,超巨大なミサイルが波動砲かなんかで太陽を吹き消したとし
ます。そのとき我々はその事態をどのように観測するでしょうか?太陽の最期の光は1億5
000万キロメートルの距離をとんでくるわけですが,瞬間に到達するわけではないのです
。
 光の速度はご存知でしょうか。1秒間に地球を7周り半,秒速約30万キロメートルです
。したがって太陽の最期の光が届くまで約500秒,8分とちょっとかかるわけです。光よ
り速いものはないので,太陽が突然消えても8分ちょっとは気がつかないわけです。ここで
解かったことは,天文学的な距離では,日常のように光速は無限だと考えてはいけない,と
いう事です。
 という事で,最初の問題,宇宙の昔を知る手掛かりは

               「光速は有限である」

というところにありました。つまり,ずうっと遠くを見れば,それはずっと昔の姿を見てい
るんだ,という事になります。まさに,「宇宙」は「時間」と「空間」の結びつきである,
という事が解かります。とりあえず,我々は,遠くを見ていくことにしましょう。少しより
道があるかもしれませんが,後のほうで,実際に宇宙の昔の状態が「見えた」,という話を
します。
 太陽系の広がりは,冥王星の軌道半径くらいとしますと,約60億キロメートルです。光
では数時間かかります。一番近い(太陽以外の)恒星は,光で約4年とちょっとの距離にあ
ります。ここでいきなりスケールが大きくなるのがお解かりでしょう。(距離の相対的な比
較は,いろんな入門書にでています。)いわゆる天文学的な距離は,このあとは1光年=(
光が1年間に進む距離)で表したほうが便利です。
 太陽や他の星々が集まって銀河をつくっているのは多分ご存知でしょう。我々の銀河を始
めとして,多くの他の銀河でも大体円盤状やレンズ状の形をしているものが多いようです。
これは,銀河がゆっくりと自転をしているためです。我々の銀河の場合,約4億年で1回転
しているようです。これは星の距離と速度が解かれば求まります。我々がレンズの分厚いほ
うを通して見ると,とても多くの星が重なって見えます。これがご承知の天の川です。
 ひとつの銀河の大きさはまちまちですが,我々の銀河の場合,半径約5万光年,約200
0億個の恒星から成り立っています。これが大体標準です。
 秋の夜空を見上げると,アンドロメダ座の片隅にぼうっとした雲のようなものが見えます
。これが我々の銀河系の仲間の通称アンドロメダ銀河(大星雲)です。これは地球から約2
30万光年離れています。(各銀河の大きさに比べれば,結構近い距離に銀河は分布してい
ます。)また,1987年の超新星や,宇宙戦艦ヤマトでおなじみの,大マゼラン雲は約1
7万光年のかなたにあります。(当時の知識では14万8000光年でした!)この小さい
銀河は残念ながら日本からは見ることができません。我々の銀河と同じような銀河,もっと
大きい銀河,小さい銀河など,は望遠鏡を用いれば全天にたくさん見ることができます。
 さて,今までの星や銀河の距離はどうやって測ったのでしょうか?それは三角測量の応用
や,変光星の性質や統計的処理など,いろいろ興味ある手段を用いて行われしかし今日は時
間がないばかりか,既にもう,より道が多いので,またの機会に紹介したいと思います。
 これらの距離を測る手段は,もっと遠くの銀河については有効性が保証されません。遠く
の距離はどうやって測ればいいのでしょう?
 ここでこの問題をおいといて,銀河の宇宙を考えてみましょう。大体宇宙に無限の広がり
があるのでしょうか?無限個の銀河が散らばっているのでしょうか?無限に銀河があれば,
我々の視線はいずれ何処かの銀河に当たるはずです。遠くの銀河は暗いけれども,それでも
無限に存在すれば,夜空は無限に明るくなるはずです。このようなことは

              オルバースのパラドックス

として知られています。(銀河の発見以前から,無限宇宙の可能性が検討されていたのです
!)これを解決する最も簡単な答えは,「ある時期より前には銀河(あるいは光るもの)が
なかった」というものでしょう。このことからも,宇宙の昔の姿,また言い換えればうんと
遠くがどうなっているか気がかりになります。
 ハッブルは1929年頃,大発見をしました。遠くの銀河ほど速い速度で我々から遠ざか
っているというのです。これは比較的近くの銀河について,光のスペクトルを調べることに
よって解かりました。光のスペクトルのなかにはいくつかの物質特有の線があります。これ
が比較的遠くの銀河ではより大きく波長の位置がずれていることを見つけました。これは光
に対する

                ドップラー効果

によるものと解釈できます。(音に対するドップラー効果は,パトカーや救急車のサイレン
の音でおなじみでしょう。)したがって,ずれの方向も考えると,遠くの銀河ほど速く遠ざ
かっていくことが解かりました。この比例関係を

               「ハッブルの法則」

と呼びます。
 この発見は二つの大きな意味を持ちます。一つは
 「この法則性をより遠くの銀河まで外挿して,銀河の距離をその光のスペクトルのずれか
ら計算することができる」
 ということ,もうひとつは
 「時間を遡れば,銀河は互いにもっと近くにあった。もっと遡れば重なってしまう。こん
なことはおかしいから,全ての銀河はその誕生の時があったに違いない。」
 最初のことはもちろん天文学的に重要ですが,あとの方は「哲学的」にも重要だと思われ
ます。コペルニクス,ガリレオ,ケプラー,ニュートンの時代になっても,星の世界は一定
不変と思い込まれてきたからです。
 ハッブルのこの法則は,その後修正を加えながらも,より遠くの銀河についても成り立っ
ていると考えられています。(幾種類かの銀河については,距離の目安となる性質があるの
で,それによる測定と比較します。ハッブルの法則だけが,全ての銀河について普遍なもの
と考えられます。)
 時代は少し遡りますが,1917年,ベルリンにも宇宙の定常性を信じる男がいました。
彼の名はアインシュタイン。この年,彼は38歳になる前に,自分の以前発表した一般相対
論を宇宙に適用してみました。
 彼が1914年頃に完成した一般相対論は,古典的重力の理論です。ただ,重要なことは
,よく知られているように,重力を時間,空間の歪みによるものだ,としたことです。この
ことだけでは,単なる重力の解釈の問題としかなりかねませんが,もっと重要なのは,その
時間空間を物質の(エネルギー)分布と結びつける方程式を見いだしたことです。
 アインシュタイン方程式


の左辺は時間空間の歪みを表し,右辺は物質の分布を表します。「時間空間」(=時空)と
いう入れ物と,「物質」という中身の全てが我々の宇宙ですから,アインシュタイン方程式
は宇宙の存在様式を規定している事になります。
 物質の分布は銀河の分布だとしますと,大体一様等方散らばっているようです。
 (後に述べますように,銀河の分布を現在も観測しているわけですが,第0近似としては
,一様等方という条件は満たされています。)等方というのは,どっちの方角を見ても景色
は大体において同じだということで,一様というのは,どこの銀河から見ても景色が同じよ
うに見える,ということです。この一様等方性を

                 宇宙原理

と呼んで,宇宙論の研究の大前提としています。つまり,我々の銀河は特別なものではない
,という「コペルニクス的」主張をするわけです。
 さて,宇宙原理を適用すれば,アインシュタイン方程式を説くことができます。一般相対
論の立場では,銀河が運動しているのではなくて,空間が変化しているのだ,と見るわけで
す。一様等方の仮定から,宇宙全体の空間の構造は時間に依存する「スケールファクター」
だけで決まります。これは例えばある時刻のある銀河と銀河の距離を1としたときに何倍,
あるいは何分の一になっているかを表す比率です。前に挙げたアインシュタイン方程式をそ
のまま解くと,スケールファクターは必ず時間につれて変化することが解かります。(ニュ
ートン力学の立場でも,銀河同志は重力で引っ張り合いますから,静的な宇宙は実現できな
いわけです。)1917年の時点では,銀河の分布,つまり宇宙は静的なものと考えられて
いましたから,アインシュタインは自分の方程式にある定数に比例した項を付け加え,静的
な宇宙の構造を表しました。しかし我々は既に知っているように,銀河は互いに離れていっ
ています。つまりスケールファクターは時間とともに増加しています。このことを

                「宇宙膨張」

と呼ぶことができます。方程式の解は,ちゃんとハッブルの法則を正しく表します。
 その後アインシュタインはもちろん観測事実を知って,自分の方程式を元に戻しました。
ちなみに,付け加えられていた定数を宇宙定数(それを含む項を宇宙項)とよびます。
 とにもかくにも,観測とアインシュタイン方程式の解とを突き合わせることで,宇宙の進
化が詳しく研究できるようになったわけです。宇宙の歴史をそのまま遡っていくと,始めは
ほとんど「点」から始まることが解ります。この辺の詳しいことは「宇宙の中身」,つまり
物質の性質を調べなければなりませんので,後術します。細かいことをおいておいても,現
在の宇宙の膨張率(=ハッブル定数)とアインシュタイン方程式により,宇宙の年齢は約1
50億年前後だということが解かっています。(歴史的な観測値と理論値の紆余曲折につい
ては,省きます。)
 さて銀河を構成する星も,私達も,皆原子からできているわけです。自然界の原子は約百
種類が知られています。原子はいつごろつくられたのでしょう?1948年頃,ガモフは宇
宙の初期にすべての元素がつくられた,と主張しました。宇宙の歴史を遡っていけば,すご
く宇宙全体が小さい時期があったわけです。物を熱が逃げないように圧縮すれば,温度が上
昇することを我々は知っています。それと同様にはるか昔の宇宙は熱かったと考えることが
可能です。非常に高温では原子の原子核も陽子や中性子になってしまいます。宇宙では逆に
膨張につれて温度が冷えていくとともに陽子や中性子から種々の元素がつくられるのではな
いか,とガモフは考えたのです。この研究を始めとして,多くの物理学者や天文学者がこの
熱い宇宙を研究するようになりました。

            ビッグバン(BigBang)宇宙モデル

の誕生です。後にガモフの目論見は変更され,初期宇宙でつくられたのは主に水素とヘリウ
ム(と一部のリチウム)で,他の大部分は星の内部でつくられることが解かってきました。
しかし宇宙の物質の大部分,つまり銀河や星の大部分は水素とヘリウムが優に90%以上を
占めています。(星の中でつくられる分量だけでは,どうしてもヘリウムが観測に合うだけ
つくられないことが解かっています。)宇宙の温度と大きさ(スケールファクター),宇宙
が始まってからの時間の相互の関係は,アインシュタイン方程式によって解かっています。
元素合成時の温度は約10億度,時刻は宇宙が「点」から始まったとして,その始まりから
約3分くらいです(ヘリウムの3分間クッキング!)。
 逆に,元素合成の温度から,現在の宇宙の温度が解かります。宇宙の大きさと温度は反比
例することが,簡単な熱力学から解かります。ガモフやその当時の人々はその温度が絶対温
度で10度より低いぐらいであることを理論的に導きました。さて,宇宙の温度とは,何を
測れば解かるのでしょうか?
 物質はどんなものでも温度を上げるとそれに対応した光を出します。前に述べたスペクト
ルの中の線などは物質の種類によりますが,種類によらない部分が大きな寄与をします。温
度が低いときは主に波長の長い光,高いときは波長の短い光の分量が増します。また,波長
の異なる成分の比率も理論的に解かっています。この波長分布関数はプランク分布として知
られています。温度の非常に低いときは,主な成分は電波として観測されます。(電波も,
赤外線も,可視光も,紫外線も,X線も,γ線も,皆電磁波で,ただ波長が異なるだけです
。)したがって,宇宙の電波を調べればよいのです。
 ところでこの電波にはもう一つ,別の解釈があります。先に述べた元素合成時には,まだ
物質は高温プラズマ状態で,光は自由に通り抜けることが出来ないほどでした。もっと温度
が下がって,原子核と原子が結びついて原子を形成すると,光は自由に進んで行けるように
なります。このとき温度は約4000度程度,宇宙の始まりから約10万年程度の時刻です
。ですから,このとき初めて,観測可能な最初の光が放たれたことになります。この高温度
に対応した波長の短い電磁波も,宇宙膨張のためのドップラー効果を受けます。この結果,
波長は大幅に延び,電波として観測されます。もうお気づきかと思いますが,この波長が,
先ほどの温度に対応した波長と一致するのです!
 同じことにいくつもの解釈ができることはよくあることです。今の場合,最初の熱力学の
考察では,ただ単一の温度について述べるに留まりますが,あとの見方では,さらに重要な
可能性があることに気づきます。それは,色々な方向から来る電波の観測により,宇宙の等
方性がどの程度成り立っているかを調べられる,ということです。そしてもし非等方性が見
つかれば,それは宇宙が始まって,10万年くらいのときの様子を見ていることが解かりま
す。
 長いより道の連続でしたが,ここで我々はやっと「宇宙の化石」の存在可能性を知ったわ
けです。波長がミリメートル程度の電波を探せばよいのです!
 科学の発見の歴史は,よくご存知のように,単純でない場合が多いようです。この「宇宙
の化石」の発見も,こんなものとはあまり縁のなさそうな,二人の技術者によって見つけら
れたのです。その二人とは,当時ベル研に居たペンジァスとウィルソンです。この二人はア
ンテナに入る雑音電波について調べていて,偶然この宇宙の化石を見つけてしまったのです
。その波長は絶対温度約3度に対応し,宇宙のどの方向からも同じ強さで来るように見えま
した。これが宇宙の化石,普通呼ばれる言い方では

                「宇宙背景輻射」

と呼ばれています。この等方性については幾度も観測がなされてきました。我々の銀河の固
有運動(宇宙膨張とは関係のない動き)によるドップラー効果を差し引くと,観測の精度内
でほぼ完璧に等方な様にみえました。つまり,背景輻射の時代は宇宙はほぼ等方であり,ま
たおそらくは一様でもあった,と思われます。
 しかしながら,余りにも完全に近い等方性には問題があります。それは以下のようなもの
です。
 1)これよりもあとの時代に銀河がつくられるわけであるが,その元となる「ゆらぎ」が
見つからない。「ゆらぎ」を中心として重力によって物質(主に水素ガス)が集まって,銀
河が形成されると考えられている。もし観測にかからないほどのゆらぎがあったとしても,
それから銀河ができるまでには理論的には宇宙の年齢よりも長い時間がかかることになり,
矛盾である。
 2)初期の宇宙では,膨張率も現在よりずっと大きかった。そのため,当時の宇宙の端と
端では,いかなる信号も到達することができず,そこからでた光は,現在我々が促えた時点
で初めて出会うことになる。
 2)の問題の方は,更に宇宙の歴史を遡れば答えが見つかるかも知れません。従いまして
,後ほど再び取り上げます。1)の方の問題は,背景輻射のあとの時代の問題ですから,ま
ず第一に考えるべきことは,観測の精度を上げることです。
 1989年,アメリカは宇宙背景輻射観測用の衛星COBEを打ち上げました。この衛星
は,おしりを常に地球側に向けることによって,地球からの雑音電波をさける工夫がなされ
ています。その初期の観測では,一様な電波の波長分布は,理論とぴったり一致しているこ
とを示しました。最近の観測結果の発表は,世界の天文学者の注目を集めました。ついに「
ゆらぎ」が見つかったのです!その大きさは比率にして約10万分の一でした。深さ1キロ
メートルの海に高さ1センチの漣が立っているところを想像して下さい。これで銀河形成の
理論の根本的矛盾はなくなりました。
 銀河の話になったついでに,最近の銀河の観測について紹介しておきましょう。
 まずハッブル望遠鏡が宇宙空間から遠方の銀河やクェーサーを観測しています。宇宙空間
からは,すべての波長の電磁波を用いた観測ができることが強みです。ここに"space"と"un
iverse"とのつながりが見られることは,興味深いことです。まだ観測は続いています。
 また,最近の地上観測では,電子技術(CCD等)やコンピューターの進歩で,膨大な数
の銀河のデータを比較的短い時間で処理することができるようになりました。この為,銀河
の空間分布の地図をつくることが可能になってきました。その結果,我々から約3から4億
光年先に,約6億光年以上の長さをもつ巨大な銀河の集まりが発見されました。あだなでは
"Great Wall"(万里の長城)と呼ばれています。
 別の観測では,このような大規模構造が何重にも続いているのではないかと報告されてい
ます。これらの大規模構造が,さきほどのゆらぎから成長してつくられるかという理論的問
題は,多くの人々が研究しています。色々興味深い銀河形成の「シナリオ」があるのですが
,またの機会にゆずりたいと思います。
 我が国では,国立天文台が今年,ハワイのマウナケアの新しい望遠鏡に着工しました。名
前は「すばる」,口径8メートルの反射望遠鏡で,赤外線でも観測できます。初期の銀河の
観測が期待されています。
 さて本題に戻ります。もう我々は宇宙の最初の「光」を見ましたから,これ以上宇宙の歴
史を遡るに至っては,理論的考察を頼りにするしかありません。元素合成時より以前の宇宙
では,より温度が高かったわけですから,陽子や中性子もばらばらであったときがあると考
えられます。ご承知のとおり陽子や中性子はクォークからできていますから,非常に高温の
初期宇宙では,クォークや電子,光の粒の光子,その他の素粒子が生まれたり消えたりしな
がらうようよしていたと考えられます。
 また,高温高エネルギーの宇宙では,粒子間に働く力も現在我々の周りのものとは異なっ
ていると考えられています。現在我々の知っている力は4つあります。このうち重力と電磁
気力の2種類はおなじみだと思います。これに,クォークを結び付け核力の遠因となる強い
力,放射性元素の崩壊を引き起こす弱い力の2つを加えて,4種類です。
 素粒子物理学では,これらの力(の少なくともいくつか)は,一つの力を起源としている
と考えています。これは

               「相互作用の統一」

と呼ばれます。ちなみに,この統一理論は,宇宙における物質(素粒子)の起源も説明する
可能性をもっています。
 もとは一つの力が現在これら異なった4つの力に見えるのは,「真空」の性質によるもの
と考えられています。同じ真空でも性質が異なるとは,どういうことでしょう。例としては
,水がよく用いられます。温度によって,水は氷になったり,水蒸気になったりします。同
じ水でも,物理的性質はかなり異なります。このように,真空もいくつかの異なる「相」を
もつと考えられています。(もちろん,勝手な類推だけではなく,素粒子物理学の研究から
,このような説が最も確からしいと認められているわけです。)超高温の初期宇宙では,水
から氷に変わると同じような,

               「真空」の「相転移」

が起きると思われます。氷と水の内部エネルギーが異なるように,異なる真空の相では,「
真空のエネルギー」に差ができます。この真空のエネルギーは,宇宙項と同じ役割をします
。ある種の真空の相転移では,この真空のエネルギーのため,相転移時に宇宙が激しく膨張
する,と考えられています。1917年にアインシュタインが用いた宇宙項は,万有引力と
バランスさせるために使われました。今考えている宇宙のはるかに初期の段階では,つり合
いを取ることができないので,宇宙項のために宇宙は指数関数的な急膨張をすることになり
ます。これを宇宙の

               「インフレーション」

と呼んでいます。1980年頃,グースや佐藤勝彦らによって,研究が始められました。
 宇宙の大きさはこのとき非常に大きくなるわけですが,今の宇宙の大きさは決まっている
わけですから,相転移前の宇宙は非常に小さかった,ということが出来ます。小さい宇宙な
らば,温度の均質化は原理的には可能となりますので,前にあげた背景輻射の均一性の問題
点2)は矛盾ではなくなります。インフレーションはこのほかにもいくつかの宇宙論の問題
を解決します。
 量子力学では,非常に小さいスケールでは,全ての現象について確率的な記述しか出来な
いことを主張します。したがって,ミクロの世界では,全てのものや値がゆらいでいる,と
考えてもよいのです。相転移前の宇宙における小さな量子的ゆらぎが,インフレーションの
あとの宇宙のゆらぎに拡大され,銀河の「種」となったという可能性があります。(他にも
問題を解決するのですが,これもまたの機会にお話ししたいと思います。)COBEの観測
結果は,インフレーションの理論から導かれるものとよく一致していることが解かりました
。(まだ他の可能性を排除できるまでにはなっていませんが。)時間を更に遡って,10の
-43乗秒の時点を考えますと,そこでは,量子的なゆらぎが時空全体,つまり宇宙全体の
大きさと同じぐらいになります。10の-43乗秒の時点では,宇宙全体が「ミクロ」なの
です。
 実は,一般相対論を含む重力理論の量子化はまだ完成されていません。(有力な,重力の
量子論への方向づけとして,超弦理論が一時かなり話題となりました。しかし,初期宇宙の
記述にはまだ成功していません。詳しいことは(非常におもしろいのですが)省きます。
 しかし,重力の量子論が出来たとしたときに,どのような宇宙の記述が可能かについては
,ある程度まで詳しく調べることが可能です。
 このような

                「宇宙の量子論」

に熱心に取り組んでいるのがホーキングを初めとした理論物理学者です。ホーキングによれ
ば,
         「宇宙には,始まりを表す点は存在しない。」
ということです。つまり宇宙は特定の数学的な「点」から始まったわけではないのです。ホ
ーキングのあげている例によれば,量子論を考慮すれば,宇宙の始まりはちょうど地球の北
極点のようなもので,どこにも始まりといったような特殊な点はないことになります。逆に
とれば,全ての点が始まりを表している,ともいえます。量子宇宙論においては,宇宙項が
重要な役割を演じます。また,インフレーションも自然と組み込まれます。
 またビレンキンによれば,

             「宇宙は「無」から生まれた」

ということになっています。この解釈は,量子力学におけるトンネル効果の類推で考えるこ
とができます。「無」の状態から有限の大きさをもった宇宙の状態が突然生まれてくるので
す。
 宇宙の量子論を更に考えていくと,我々の宇宙の他にも別の宇宙があるのではないか,と
いう疑問が自然とでてきます。しかしながら,もしそのような宇宙があったとしても,我々
はそれを見ることも調べることも出来ません。また,前にも述べましたが,重力の量子論は
完成されていませんので,まだそのような可能性について深く掘り下げた研究がなされてい
るわけではないのです。
 なお,この

               「宇宙の多重発生」

は,宇宙のもっとあとの時代の,インフレーション時に起こりうることが佐藤らによって指
摘されています。


 宇宙の始まりについては,今のところこれ以上遡っては推測さえ出来ませんので,次に宇
宙の未来について考えてみましょう。


 アインシュタイン方程式によれば,宇宙の発展の仕方は銀河を含む物質の量で決まります
。現在の物質密度が1立方センチ当たり約10の-29乗グラム(1立方メートルに水素原
子1個程度)のときに,空間は平坦で,(率は減っていきますが)いつまでも膨張を続けま
す。それよりも物質が多く存在すれば,万有引力のため,宇宙はいつの日か再収縮します。
また,物質の量がこの臨界値よりも少ないと,いつまでも膨張を続けます(このときは,膨
張率は正の一定値に近づきます)。
 銀河などの観測によれば,見つかっている物質の量は,この臨界値の0.1くらいしかあ
りません。では我々の宇宙は無限に膨張していくのでしょうか。インフレーションの理論で
は,物質の平均密度は高い精度で予言され,臨界値との比は1になるはずです。インフレー
ションの考えは,だめなのでしょうか。
 しかし,色々な観測から,宇宙には「見えない物質」が多く存在することが示唆されてい
ます。銀河の回転速度を観測すれば,銀河の質量が解かります。ところが,その質量は,星
やガスとして光っている分よりも,かなり大きく,また外側まで広がっているようなのです
。また,銀河の集団でも,固有運動を調べることにより,「見えない質量」が存在すること
が解かりました。これらの見えない物質を

                「ダークマター」

と呼んでいます。ダークマターの正体は,まだ解かっていません。また,インフレーション
の予言ほど多くあるのかも解かっていません。候補としては,自ら光らないほど小さな星や
,未知の素粒子,ブラックホール等様々です。未知の素粒子などの場合,銀河形成時にも存
在していたとしますと,重力で物質を多く素早く引きつけますから,重要な役割を演じたか
も知れません。統一理論では,いくつかの未知の素粒子を予言しているものもありますので
,素粒子物理学者にも盛んに研究されています。
 もし物質の量が多いと,宇宙は何時かは収縮に転じます。そして150億年以上たった何
時か,再び宇宙はビッグバンと似たような状態になります。しかし,密度が高くなりますと
,ブラックホールがたくさん生成され,互いに合体し,巨大なブラックホールが出来ます。
そのような過程が繰り返されながら,宇宙はどんどん縮んでいきます。
 宇宙の物質の量が少ないと,宇宙は無限に膨張し続けます。だんだんと星をつくる元とな
る物質の密度が低くなりますから,1014年くらいで光る星がなくなります。残っているのは
,白色わい星,中性子星,ブラックホールなどです。1018年までには,銀河の星々も互いの
接近遭遇によって,ばらばらになっていきます。1034年も経れば,物質を構成する陽子や中
性子の大半が崩壊して,陽電子や他の素粒子になります。これは統一理論の予言です(神岡
鉱山の頂上から約1000メートル下で,陽子崩壊の実験をしています。この実験装置は,
超新星からのニュートリノも捕まえました)。10100年までには,ブラックホールも量子力学
的に蒸発し,最後には宇宙は光子,ニュートリノ,電子,陽電子だけになってしまいます。
 ダイソンは,電子,陽電子からなる生命を考察しています。人間の想像力はすごいもので
すね!


 我々の太陽はあと50億年ほどの寿命です。人類の文明は,たったの数千年の歴史しか持
っていません。ですが,今日見てきたように,宇宙の始まりから,宇宙のはるか未来までを
想像できるということは,全く素晴らしいことです。人間一人一人の頭脳の中には,時間的
にも空間的にも広大な,「内的宇宙」(innerspace)がある,と言ってもよいでしょう。我
々はこのことに深く感謝し,誇りを持たなければなりません。そしてまた,人類の未来も,
立派な(または,恥ずかしくないような?)未来にしていくよう,心掛けるべきだと思いま
す。



 (講演時間にも,宇宙と同じく終わりがあります。どうもありがとうございました。)



 参考文献

 講談社ブルーバックスの宇宙関連全て
 別冊日経サイエンス
 クォークスペシャル
 パリティ別冊
 ニュートン別冊
 学研最新科学論シリーズ,ベストサイエンスシリーズ
 
 宇宙はどこまでわかったか 岡村定矩 岩波書店
 宇宙はどこまでわかっているか 池内了 NHK出版
 宇宙はどこからやってきたか ジョン・グリビン 野本陽代訳 TBSブリタニカ
 宇宙は語りつくされたか? アラン・ライトマン はやしはじめ訳 白陽社
 宇宙の起源 M・S・ロンゲア 河出書房新社
 宇宙の起源 チン・ズアン・トゥアン 佐藤勝彦訳 創元社
 宇宙のはじまり(NEW SCIENCE AGE37) 佐藤文隆 岩波書店
 宇宙の発見 J・コーネル編 並木雅俊訳 丸善ブックス
 宇宙のさざなみ M・ロワンロビンソン 池内了訳 シュプリンガー東京
 宇宙を見つめる人たち D・ゴールドスミス 青木薫訳 新潮文庫
 宇宙創成と素粒子 吉村太彦 岩波書店
 宇宙創成のとき JS・トレフィル 地人書館
 越境する宇宙論 リチャード・モリス 青土社
 アインシュタインの宇宙 佐藤文隆 朝日文庫
 宇宙創成はじめの三分間 S・ワインバーグ ダイヤモンド社
 天文学の新時代 アラン・ライトマン 森暁雄訳 朝日選書

 ホーキング,宇宙を語る 林一訳 早川文庫
 「ホーキング,宇宙を語る」ガイドブック 林一訳 早川書房
 スティーブン・ホーキング M・ホワイト,J・グリビン 林一他訳 早川書房
 ホーキング K・ファーガソン 栗原一郎訳 偕成社
 ホーキングの宇宙 J・ボズロー 地人書館
 ホーキングの最新宇宙論 日本放送出版協会
 宇宙創成に挑むパイオニア 日本放送出版協会
 SWホーキング時間順序保護仮説 NTT出版
 宇宙の量子論 PCW・ディヴィス 地人書館
 無から生まれた宇宙 茂木和行 毎日新聞社
 奇想,天外に挑む 吉永良正 カッパサイエンス
 量子宇宙をのぞく 佐藤文隆 ブルーバックス
 宇宙論がわかる 黒星瑩一 講談社現代新書
 よくわかる宇宙論 金子隆一 日本文芸社
 もっとわかる宇宙論 和田純夫 日本実業出版社

 宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった 佐藤勝彦 同文書院
 「ホーキング宇宙論」の読み方 佐藤勝彦 大陸書房
 壺の中野宇宙 佐藤勝彦 二見書房
 ビッグバン理論からインフレーション宇宙へ 佐藤勝彦 木幡たか士 徳間書店
 最新宇宙創世記 佐藤勝彦 徳間書店
 気の遠くなる宇宙論 佐藤勝彦,しりあがり寿 メディアファクトリ

 マンガ天才バカボンパパの最新宇宙論探検 同文書院
 マンガ難解宇宙論入門 二見書房


                                   


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