いま,理学部がおもしろい!(宇部時報2000年9月25日(月))


 えー,ちかごろでは,朝晩はすっかり秋らしく,涼しくなってまいりましたな。
今日のお噺の方は,まだちょっとばかり熱い話題を少々。
しばらくおつきあいのほどお願いしておきます・・・

 今日も植木屋の熊さん,物知りで有名な横丁のご隠居のところに,ふらっとやってきております。
熊さん:ご隠居,今日はちょっと聞きてぇことがあるんだ。
ご隠居:なんだい熊さん,藪から棒に。まあ,そこにお掛け。茶と煎餅でもおあがり。
熊さん:実はこないだ,将棋仲間の平ちゃんとこの盆栽,うっかり割っちまったんだ。そんとき考えたんだ。
ご隠居:へぇ。何をだい。
熊さん:鉢は粉々になっちまったんだが,そんときふと思ったんで。どこまで細かいかけらになるかってねぇ。
ご隠居:まあいくらでも砕いていけば,ほこりみたいになるわな。
熊さん:そこんとこをまた2つに分けるとするだろ。これをくりかえすってぇと,いくらでも小さくなるんかねぇ。
ご隠居:いいかい熊さん,目に見えないほど細かくなるけどな,際限なく分けられるわけではなくて,最後は「原子」っていう粒みたいなものになるんだな。つまり,植木鉢でも湯飲みでも煎餅でも何でも,元はいろんな種類の原子という粒がい〜〜〜っぱいあつまってできているんだな。
熊さん:おいらは差し歯が多いから,かてぇ煎餅は苦手だな。その,えーっと,『げんし』ってやつは,もう分けられないんかい。
ご隠居:実を言えば,「原子核」と「電子」にわけられるな。電子はどんな原子にでも共通で,原子核のまわりにあるやつだな。電子ってやつはもう細かくできないな。
熊さん:へー,そんなことってあるのかい。まあいいや,今日はそんなにひま《紙面》がねえからな,じゃ,『げんしかく』のほうは,まだ細かくできるんだろう?
ご隠居:まあそうだね。「陽子」と「中性子」に分けられるな。陽子の数でだいたい原子の種類と性質が決まってるんだよ。
熊さん:なんだかずいぶんと「子」が多いね。子だくさんの八っつあんとこみたいだね。それでなにかい?そいつらをまた細かく分けるってーと?
ご隠居:陽子や中性子は,もう細かくは分けられないんだけど,「クォーク」っていう粒からできてるな。
熊さん:おいおい,なんでぇなんでぇ。粒からできてるのに分けられねぇってのは。
ご隠居:陽子や中性子は3つのクォークが糊みたいなもんでくっついているんだな。この糊みたいなのを「グルーオン」っていうけどな。
熊さん:だけど,どんなにくっついてたって,おもいっきりたたきつければしまいにゃこわれるだろ。おっと,そんなにちいせぇとたたきつけるってぇのもてぇへんだろうけどなあ。
ご隠居:実はな,原子核どうしをたたきつけようという実験が,世界のいろんなところではじまってるんだよ。
熊さん:するってーと,ばらばらの『ようし』とか『ちゅうせいし』とかになるんかい,それとも『くぉーく』ってやつまでこわれて出てくるのかい?
ご隠居:まあ熊さん,話は最後までお聞き。欧州合同原子核研究所(CERN)というところで,鉛の原子核を光速に近い速度で鉛に衝突させるという実験を行ってるんだよ。確かに,このときいろいろな粒子が飛び出してくるな。だけどな,こういう粒子のだいたいはもともとの原子核に入っていたのではなくて,衝突のエネルギーの一部が物質に変化したと思うべきなんだな(エネルギーと質量は等価である。E=mc2)。
熊さん:『えねるぎー』が物質に?仕事をすると銭になるようなもんですかい?おいらの場合,銭はすぐに酒になっちまうけどな。
ご隠居:まあそんなものかな?さて激しい衝突のとき,ものすごく温度と密度の高い状態になるな。1兆度以上の温度だな。このとき,クォークは陽子や中性子としてのまとまりでおられずに,ひとつの新しい状態をつくると思われているんだよ。これを“クォーク・グルーオン・プラズマ”(QGP)と呼んでいるな。最近,その状態を実験でつくりだすことに成功したらしいな。もっとも,まだ状況証拠だけらしいがな(今年2月発表)。
熊さん:そのなんとかぷらずまってぇのは,聞いたこともねぇけど,ふだん滅多にお目にかかれねぇものなんですかい?
ご隠居:おお,熊さん,いい質問だよ。まあ現在の自然界ではこんなに高温,高密度の場所はないよ。けどな,宇宙のはじまり,「ビッグバン」から10万分の1秒後くらいでは,宇宙のいたるところはこういうクォーク・グルーオン・プラズマの状態にあったと思われているな。われわれの宇宙も,このような状態から冷えていって,現在のようになっているんだよ・・・もっとも物質の量は実験と宇宙全体ではぜんぜんちがうが・・・。だから,この実験は宇宙のはじまりの物質の状態やその性質について調べているようなもんだな。
熊さん:へーっ。宇宙のはじまりねぇ。なんだか突然ばかでかい話になったね。
ご隠居:米国でも,ブルックヘブン研究所(BNL)というところの新しい加速器で金と金の原子核どうしの衝突実験を行なうらしいな(今年6月,最初の衝突に成功したと発表。)。これからだんだんといろいろな実験事実が得られるだろうな。クォークやグルーオンの理論による計算の,計算機によるシミュレーション,てやつも世界中で行われていると聞いているな。
熊さん:金と金の衝突か。そういやぁ,朝鮮半島も,ひとつになるってぇことだね。新しいビッグバンだ。キムチがいいねぇ。おーっと冗談じゃねぇ,こうしちゃいられねぇ。
ご隠居:おいおい,あわててどこいくんだね,熊さん
熊さん:さっそくな,おいらと平ちゃんの金歯でよぉ,そのビッグバンとやらをつくってみねぇとなあ。
ご隠居:おいおい,けんかになるだけだよ,熊さん。金と金のぶつかりあいは将棋バンの上でやっとき。

 おあとがよろしいようで。

--------------------------------------------------------------
略歴 【しらいし・きよし】

東京都出身。東京都立大大学院理学研究科博士課程修了(理学博士),同研究生,
日本学術振興会特別研究員 ,お茶の水女子大学理学部教務補佐員,東京大学宇宙線研究所研究員,
秋田短期大学講師,同助教授を経て,1996年より現職。
 専門は理論物理学,とくに素粒子理論・重力理論・宇宙論。
 趣味はボーリング,カラオケ。
--------------------------------------------------------------



戻る