研究

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(1)主要論文

(2004)「英語学研究と教科内容学----言語の三分法に基づいて----」(報告書)。原稿はここ

(2003)「コミュニケーション能力論における「能力」関連諸概念」を予定。草稿はここ

(2002)「第二言語コミュニケーションの成立基準とその英語教育学的示唆」(予定)草稿はここをクリック。

(2002)Two Approaches to Language Use: Applied Linguistics as Philosophy 中国地区英語教育学会研究紀要No.32 pp.69-78.(口頭発表原稿「応用言語学における言語使用の説明と記述について--哲学としての応用言語学--」はここをクリック。

(2001)「コミュニケーション能力論に対するデイヴィドソンの貢献」(予定)。予稿および草稿はここをクリック。

(2001)「デイヴィドソンのコミュニケーション能力論からのグローバル・エラー再考」中国四国教育学会編『教育学研究紀要』第47巻第一部(pp.55-60)。草稿はここをクリック。

(2001) Is Strategic Competence 'Competence'?: Reconsidering Strategic Competence as a Pedagogical Notion. JLTA Journal Vol. 4

(2000)'Objects of Comparison' as an Alternative Model in Studies in English Language Eduction. (広島大学教育学部紀要第2巻49号、119-125ページ)

(2000)「『外国語効果』に関する英語教育の立場からの批判的考察」をJACET全国大会のワークショップで発表。要旨はここをクリック。

(2000) 大修館書店『英語教育』2000年10月増刊号に「アクション・リサーチと第二言語教育研究」を共同執筆

(1999)'Objects of Comparison' as the Alternative Model of Studies of English Language Education: A Reading of Wittgenstein's Philosophical Investigations. 投稿予定は未定。ハンドアウトはここ。草稿はここ

(1999)「英語教育研究のリエンジニアリング」『新英語教育講義----広島修道大学人文学部「英語教師のための夏期講座」展観−−−−』広島修道大学研究叢書第109号pp.29-47に所収。テキストはここ(一部改編しています)。

(1999) Methodological Remarks on Studies in Teacher Development。教師発達研究が研究として発展するために必要と私が考える諸前提について論じたものです。この論文に関しては特に、派遣研究に出してくれた広島修道大学へ感謝の念を表明します原稿はここをクリック

(1998)「言語研究の知、言語教育の知、言語教育研究の知」:1998年3月28日の言語問題総合研究会の第一回大会で発表した論考です。ウィトゲンシュタインの『確実性について』と河本英夫の『オートポイエーシス』を基に、言語教育研究のあり方を模索したものです。(「言語研究の知、言語教育の知、言語教育研究の知」のβ版をごらんになりたい方はここをクリックしてください

(1998:ただし公刊予定なし)「『確実性について』の読解の試み」。以前書いていたものですが、一部書きすぎのところもあるので、このままでの形では公刊しません。このように欠点もある草稿ですが、それでもウィトゲンシュタインの論考の理解の一助になるか、と思い、ここにホームページ公開をします。ご批判ください。なおこの草稿の一部は、私の今後の論考に転載する予定です。(「『確実性について』の読解の試み」を読みたい方はここをクリック

(1998)「組織の構築と自生的秩序の進化(2)」(β版草稿はここをクリック

(1997)「英語教育研究のリエンジニアリング」

概要:下記(3)共同研究へのお誘いをご覧ください。

(1997)『組織の構築と自生的秩序の進化(1)』

概要:現在の英語教育をめぐる議論はある一定のパターン(構築者的合理主義)にしばられています。複雑性の考えや情報革命の進行にも対応できる考え方(進化論的合理主義)を理解しなければ英語教育をめぐる議論は行き詰まったままになるでしょう。この論文ではハイエク哲学の一部と英語教育の関連を概説します。[テキストはここ

(1996)『制約的規則観の外国語教育学的帰結----研究プログラムと規則論の再検討』

概要:通産省の電子技術総合研究所で人工知能や自然言語処理などを研究している橋田浩一先生と松原仁先生の「制約」の議論はまさに目からウロコが落ちるような思いをする鮮やかな認知理論だと思います(橋田浩一『知のエンジニアリング』ジャストシステムをお読みください)。私の拙論はこの制約の議論を英語教育学的に読み解いたものです。なおこの拙論を『英語学論説資料第30号(1996年発表論文集)』に採録したいとの問い合わせが、論説資料保存会(東京都板橋区向原3-10-2、電話03-3554-1651)よりありましたので承認の返事を先日出しました。

(1995)『「英語教育学」の閉そくについて』(松村幹男先生退官記念・英語教育学研究)

概要:体裁だけを整えた最近の「実験」的英語教育研究の多くは、理論的考察を欠いた実験の名に値しない疑似科学だと思います。このような傾向が助長されれば「英語教育学」は社会からの信頼を失ってしまいます。

(1992)『言語産出と規則』(中国地区英語教育学会研究紀要No.22)

概要:言語に関する規則をすべて覚えれば(あるいは「内在化」すれば)言語を使えるようになるのでしょうか。答えは否です。その証明は現実的には人工知能研究(フレーム問題)で明らかになされましたが、この論文ではウィトゲンシュタインの哲学からの証明を試みます。個人的には一番気に入っている論文です。

(1991)『科学文法の説明、言語ゲームの理解----チョムスキーとウィトゲンシュタイン』

概要:言語研究に対する態度をチョムスキーとウィトゲンシュタインを例にとって、「説明と理解」という観点から論考しました。

(1991)『効率化とフレーム問題の隠蔽、あるいはマニュアル的思考』

概要:人工知能のフレーム問題により規則計算主義の不備をつきます。平たく言うなら、規則を丸暗記することによって英語がしゃべれるようになることは原理的に不可能ということです。

(1992-1990)上の他に8本の哲学的アプローチによる英語教育の論文を書きました。ウィトゲンシュタインの影響が強いものが多いです。

(1989-1987)現在の私が批判しているような心理言語学的アプローチによる英語教育の論文を7本書きました。うち6本が英語論文です。教育研究と「実験」に関する批判的見解に興味のある方はここをクリックしてください。

(2)著書

(1994)『模倣の原理と外国語習得』(広島修道大学研究叢書:広島修道大学総合研究所刊)

概要:自力で外国語を習得した人々は例外なく「模倣」を主な習得方法としていました。しかしその「模倣」は単なる「物真似」とは異なります。それでは両者はどのように違うのでしょうか。「模倣」の原理をハイデガーの『存在と時間』を手がかりに明らかにしてゆきます。なお研究社『現代英語教育』1998年2月号の特集「この人に賞をあげたい」で南山大学の近江誠先生がこの著をとりあげてくださいました。実力を持ちフェアな態度で一貫されている方に評価されたことは私にとって何にも代えがたい光栄です。[著書の請求は広島修道大学総合研究所まで。ただし実費請求されます]

(1988)『英語学力はどこから生じるか----入門期のドキュメント』(大修館書店)

裏話:山田純先生、松浦伸和先生との共著ということで私は第三著者に名前を連ねさせていただいていますが、実際は両先生におんぶにだっこの状態でした。両先生には心理言語学と英語授業のあり方に関してイロハから教えていただきました。結局私はこの本のような心理言語学的アプローチから離れることになりましたが、それでもと言うより、それだからこそ心理言語学を教えてもらったことを感謝しています。[書店でお求めください]

(3)共同研究

(1997)「英語教育研究のリエンジニアリング」

私は「英語教育研究のリエンジニアリング」というテーマのもと、鳴門教育大学の今井さんと兵庫教育大学の吉田さんと共同研究を進めています。97年秋からは高松大学の平本さんと武蔵大学の直井さんが新たに参加してくれました。現在は少しずつですが継続し、少しでも将来に成果を出したいと思っています。

[なお私は個人的には共同研究をやる際にはトム・ピーターズの考え方が有効だと考えています。トム・ピーターズに関しては『経営破壊』(TBSブリタニカ)のご一読をお勧めします]

概要:従来の英語教育研究のやり方を「リエンジニアリング」します。「リエンジニアリング」とは、ある仕事(=研究)のやり方を(1)根本的に考え直し(2)抜本的に再デザインして(3)プロセスを一新して(4)劇的にパフォーマンスを向上させる経営改革の手法です。その際(5)Information Technologyの活用を必須条件として考えることも特徴としています。97年度全国英語教育学会では共同発表として「英語教育研究のリエンジニアリング」「第二言語習得研究のリエンジニアリング」「授業研究のリエンジニアリング」を口頭発表しました[テキストはここVer.2のテキストはここをクリック

(4)最近の口頭発表・講演・その他

(2004/8/7-9)第30回全国英語教育学会(於:JA長野)「アレント『人間の条件』による公立中学校スピーチ実践の分析」を口頭発表。発表要項はここ

(2003/8/11)第29回全国英語教育学会南東北大会(於:東北大学)「コミュニケーション能力論における『知識』の二義性」を口頭発表。発表要綱(一部省略)はここ

(2003/6/21)中国地区英語教育学会(於:広島大学)で「コミュニケーション能力論における「能力」関連諸概念」を口頭発表。草稿はここ

(2002/11/10)平成14年度高知県秋季英語教育研究大会(高知県教育センター)で講演をしました。

(2002/9/28)達人セミナーin佐賀で講師をしました。講演内容についてはここをクリック。

(2002/8/28-29)英語指導者講習会で講師をしました。

(2002/8/22)第28回全国英語教育学会(会場:神戸大学)で「規則習得とコミュニケーション」というタイトルで発表しました。内容についてはここをクリック。

(2002/7/30)E-step(会場:アステールプラザ)で会場責任者兼コーディネーターをしました。

(2002/6/30)達人セミナーin岡山(会場:西川アイプラザ)でコーディネーターをしました。

(2002/6/29)第33回中国地区英語教育学会(会場:島根大学教育学部)で「第二言語コミュニケーションの成立基準としての解釈の近似的共有」というタイトルで口頭発表。草稿はここをクリック。

(2002/6/24)広島県立教育センターの平成14年度研修事業の英語科教育研究講座「授業研究の視点と方法」というタイトルで講演。原稿はここをクリック。

(2002/2/7)達人セミナーin広島(県立生涯学習センター)でコーディネーターをしました。

(2001/11/10-11)中国四国教育学会(会場:山口大学教育学部)で「デイヴィドソンのコミュニケーション能力論からの'global error'再考」を口頭発表。草稿はここをクリック

(2001/11/3-4)日本教科教育学会(会場:福岡教育大学)で「コミュニケーション能力論に対するデイヴィドソンの貢献」を口頭発表。予稿および草稿はここをクリック

(2001/9/20-21)中国地区英語教育学会(会場:山口大学教育学部)で「応用言語学における言語使用の説明と記述」を口頭発表。口頭発表原稿はここをクリック

(2001/8/1)広島修道大学英語教師のための夏期講座(広島修道大学6号館)4で講師をしました(「コミュニケーション能力の再検討」)。

(2001/6/24)達人セミナーin岡山(岡山国際交流センター)でコーディネーターをしました。

(2001/4/27)ダイヤモンド社の雑誌『エグゼクティブ』2001年6月号の特集「サイトで勉強するこの学問のこんな一面」にこのHPのことが取り上げられました(p.22)

(2001/2/10)達人セミナーin広島でコーディネーターをしました。

(2000/11/21)フルブライト・メモリアル基金教員プログラムのアメリカ人教員一行に対して広島大学で教員養成の現状について説明。

(2000/11/4)第39回(2000年度)JACET(大学英語教育学会)全国大会(於:沖縄国際大学)での「ワークショップ 外国語効果」(企画・討論者 大津由紀雄 慶応義塾大学、発案者 高野陽太郎 東京大学、討論者 柳瀬陽介 広島大学)で発表をしました。

(2000/8/9)第26回全国英語教育学会で口頭発表(「アクションリサーチと応用言語学における合理性について」)をしました。ハンドアウトはここ。

(2000/3/20)英語教育達人セミナーin広島(広島大学付属高校)でコーディネーターをしました。

(1999/11)フルブライト・メモリアル基金教員プログラムのアメリカ人教員一行に対して広島大学で教員養成の現状について説明。

(1999/11/28)英語教育中四国ネットワークでコーディネーターをしました。

(1999/11/14)英語教育達人セミナーin松江でコーディネーターをしました。

(1999/8)全国英語教育学会(小倉大会)で口頭発表。概要は下の通り。ハンドアウトはここ。草稿はここ

ABSTRACT: The purpose of this presentation is to offer the concept of 'objects of comparison' as an alternative model of studies of English Language Education. This concept is from sections 130-1 of Wittgenstein's Philosophical Investigations. The concept makes a contrast with '(scientific) explanations', which are often craved for by the belief of Scientism. Whereas Scientism assumes that the focus of our inquiries should be to 'discover' something new and hidden, studies toward 'objects of comparison' encourage us to 'remind ourselves of' something we already know and to rearrange it to command a 'clear view' of the use of our words. In order to explore language-in-use as a 'spatial and temporal' phenomenon, it is argued that 'objects of comparison', not '(scientific) explanations', should be employed as the model in our inquiries, despite the urge of Scientism, through the difficulty of a change of attitude. Although Wittgenstein does not offer us an alternative explanation or theory, he shows a different style of thought, which gradually reveals that 'nothing out of the ordinary is involved'. In the oral presentation, I will discuss the advantages of this style in detail.

(1999/8/7)広島大学英語教育学会のシンポジウム「学習観の変容」でコーディネーター。

(1999/6/27)達人セミナーin岡山でコーディネーター。

(1999/3/21)言語問題総合研究会で「生き残りをかけた研究者間の戦略的提携----英国ウォーリック大学からの報告」を口頭発表。概要は「随想」のページに掲載。

(1998/12/9)英国Warwich大学のCentre for English Language Teacher Educationで1時間あまりの口頭発表をしました。原稿はここをクリック

(1998/8/2)広島修道大学人文学部主催英語教師のための夏期講座で「英語教育目的論」を講演。草稿はここをクリック

(1998/8/1)達人セミナーin広島で「英語学習における自由」を講演。草稿はここをクリック

(1998/7/31)広島修道大学法学部主催研究会で「HayekのFatal Conceitを読む」を発表。

(1998/7/25)広島修道大学主催公開講座で「楽しくなければ身につかない」を講演。概要は下の通り。

今回の公開講座は、対象が一般市民および高校生ということで、「聞いて役に立った」と思われるような即効性をもち、かつ啓蒙的でもあるような内容にするように心掛けた。タイトルは「楽しくなければ身につかない----これからの英語の学び方」として、一般市民および高校生の立場から共に考えることを試みた。受講者が、「苦しいことが勉強だ」という思い込みから自由になり、英語を使うことを楽しむことによって同時に英語を学ぶように促した。

第一のポイントとしては、現代における英語の地位を概観した。現代において「英語」は一地方の言語という枠組みを越えて使用されている。市民革命・産業革命・情報革命のいずれにおいても先陣を切り、「基軸言語」としての地位を確固たるものにした経緯を確認した。

第二に、英語教育界の「常識」のウソについて述べた。俗には「読んで訳して文法説明」すれば英語の授業であり、学習者は単語と文法を覚えてそれらを応用すれば英語が使えるようになる、とされているが、前者は「言語についての知識」を増やすことであることに過ぎず、たとえそれら(だけ)を高速計算ができるコンピュータにのせたとしても、それだけではしゃべれるようにはならないことを簡単にふれ、後者への反駁とした。

第三に、英語教育の新しい現実について述べた。創造的な現場英語教師は、直感的にゲーム(=言語使用を楽しむなかで「自己投出」を行うこと)の重要性を把握し授業を構成していることや、The Natural Approach, Content-Based Approach, Task-Based Language Teachingなどの比較的新しい英語教授法の簡単な紹介も行った。

第四に「楽しい」とはどういうことかについて考えた。ここでは「楽しい」を、「自己」が「他者」と「世界」と連動していること、およびさらに連動しようとそのつながりを広げ深めようとすること、として説明した。

第五に「身につく」について考えた。M.ポラニーの「暗黙知」の考えを説明し、さらに「意味」とは我々の存在とは別のどこかに実在するものでなく、我々が実存する中にあるというハイデガーの(メタ)意味論を簡単に説明した。

最後に総括を図り、これからの英語の学び方として、(1)「英語習得=ムツカシイ」という思い込みを捨てること、(2)自分が感じる「楽しさ」を学びの羅針盤にすること、(3)英語の「オイシイところ」だけを自分で模倣すること、(4)英語を学ぶということは成りたい自分を創り上げることであることを自覚すること、(5)情報革命の成果を利用して自分が自分の英語教師になること、の提案をした。

(1998/5/24)英語教育達人セミナーin松山でコーディネーターをしました。

(1998/4/25)英語教育達人セミナーin名古屋でコーディネーターをしました。

(1998/3/28-29)「言語研究の知、言語教育の知、言語教育研究の知という題で言語問題総合研究会で口頭発表しました。

(1998/3/14)「組織の構築と自生的秩序の進化(2)」という題で広島大学英語教育研究会の第二言語習得研究部会のミーティングで90分程度の話をしました。

(1998/2/14-15)福山市、広島市のそれぞれの会場で「英語教育 達人セミナー」のコーディネーターをつとめました。感想は随想の欄にアップしています。

(1998/1/24)「中四国英語教育ネットワーク」でコーディネーターをさせていただきました。英語教師なら誰でも参加できる会です。本音で語り合えるところがこの会のいいところ。感想は随想の欄にアップしています。

(1997/11/25)高英研広島県三原尾道地区研究大会で60分の講演をさせていただきました。題名はThe End of English Language Education as We Know it?----デジタル時代の英語教師----でした。感想は随想の欄にアップしています。レジメはここをクリック

(1997/11/16)「国語教育学会の若手研究者主催のシンポジウム」でパネラーとして英語教育学研究のあり方についてお話しさせてもらいました。場所は大阪ガーデンパレス。感想は随想の欄にアップしています。

(1997/10/10)「英語教師達人セミナーin松山」でフリートークの部の司会をしました。感想を「随想」のページに載せましたので是非ご覧ください。

(1997/8/2)広島修道大学英語教師のための夏期講座で「英語教育のリエンジニアリング」のワークショップを行いました。この講座は毎年開催されていますのでご興味のある方は是非ご参加を!

(1997/7/23)広島修道大学公開講座で「ハイエク哲学で読み解く学校英語教育」。レジメはここをクリック

(5)最近のエッセイ

(2002)「英語教育時評:英語教育の「鬼」と「犬」」『英語教育7月号』(大修館書店)

Alex Kerrによる"Dogs and Demons"という書の指摘に倣って、英語教育界の耳目をひく事柄ではなく、誰もが当然視している事柄を描くことが重要であることを述べる。中央統制型の英語教育のあり方の是非を一度は問い直すべきではないかと問題提起をする。

(2002)「英語教育時評:「英語」が消える時」『英語教育4月号』(大修館書店)

文部科学省が打ち出した、優秀なALTを常勤講師化する方針は、英語教師が同僚との仕事上のコミュニケーション手段として英語を使うことを常態化させる。英語が仕事の遂行の中に組み込まれる中で、英語教師の意識から英語が消える時に、かえって英語教師のコミュニケーション能力は向上するのではないかと説く。

(2002)「テクノロジーからアートへ」『英語教育創刊50周年記念別冊』(大修館書店)

英語教育のこれからの50年においては、テクノロジーの発達は当然の前提となるため、かえって、テクノロジーだけでは実現できない、人間的なアートの側面が重要となることを述べる。

(1997)「もっともっと本を読もう」

概要:研究社の雑誌『現代英語教育』1997年度偶数月号(1997-4、6、8、10、12、1998-2月号)に「もっともっと本を読もう」というコラムを掲載させていただきました。真面目な英語の先生ならまず読みそうもないが、しかし結構英語教師としての底力をつけてくれるだろうと思われる本を選んでいます。英語教師の旧来の視野と思考パターンにゆさぶりをかけることが狙いです。紹介した本は『噂の真相(雑誌)』『突破者』『不機嫌な時代』『日本/権力構造の謎』『WIRED(雑誌)』『トム・ピーターズの経営破壊』『どんぐりの家』『ボランティア』などです。[バックナンバーでお読みください]

(1996)書評『コトバの<意味づけ論>----日常言語の生の営み』(『現代英語教育』1996年10月号)

概要:深谷昌弘氏、田中茂範氏の共著である同書は英語教師必読の理論書だと思います。ちなみに同書は1996年度市川三喜賞を受賞しました。[バックナンバーでお読みください]

(1996)「授業研究と英語教育学」(『現代英語教育』1996年4月号)

概要:英語教育学者は安直な「数量化」「価値中立」「設計」といった幻想を捨てるべきであり、授業研究は事実に忠実に『客観的』に反省することにより成立するということをポラニー、ハイエク、ウェーバーの哲学などを下敷きにして論じました。個人的にはわりと好きな文章です(<自分で言ってどうする!)[バックナンバーでお読みください]

(1995)「教育の現在」(『現代英語教育』1995年12月号)

概要:河合隼雄氏、佐伯胖氏、佐藤学氏などの著作は(英語)教師にとってのスタンダードになるべきかとも思います。[バックナンバーでお読みください]

(1995)「書評への応答」(広島大学英語教育学会『英語教育研究』第37-38合併号)

概要:拙著『模倣の原理と外国語習得』に対して兵庫教育大学の山岡先生が原稿用紙にして約30枚の書評を同紀要にお寄せくださいました(山岡先生には深く感謝申し上げます)。この文章はその書評に対する応答です。「おもしろかった」とコメントしてくださる方も多かった文章です。

(1994)「英語教育学界大人養成講座」(『現代英語教育』1994年9月号)

裏情報:「腹を抱えて笑いころげた」「さわやかな気分になった」「大丈夫?あんな事書いて」「英語教育界のテロリストめ!」「・・・・」などと様々な反響を呼んだ超マジメなエッセイです。[バックナンバーで是非お読みください!]

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