信仰


 私は42歳になる直前である本日2005年6月26日に、プロテスタント系の東広島めぐみ教会日本同盟基督教団)で林明信牧師により洗礼を受け、クリスチャンとしての歩みを始めました。

 このように私はキリスト教を信仰していますが、生業は学校教師(国立大学法人勤務)です。従いまして、教育基本法の宗教教育に関する規定「第9条 宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。」に基づき、特定の宗教に閉ざされることなく、全ての種類の宗教に対して開かれた基本的態度を持ちます。
 さらに、同条の第二項「2 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。」に基づき、学校においては、学校教師としての私は自らの信仰に関して、一切語りませんし、何の活動も行いません。もちろん広く西洋文明を語る中でキリスト教などに言及する場合はあるかと思いますが、その場合は、あくまでも一般的な説明にとどめ、宗教的中立性を堅持します。
 私は日本国民として、日本国憲法を尊重し、第20条の「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」および同条第三項「3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」に基づき、学校教師の立場からの宗教的活動はいたしません。
 勤務を離れた、一私人としましても、日本国憲法第20条の第二項「2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。」に基づき、誰にも私の信仰を強要するようなことはいたしません。教会以外の場所では、私の方から一方的に宗教や信仰の話をすることはしません。私は、私的な空間における一個人としては、相手に問われましたら喜んで自らの信仰について語りますが、語る際には、相手が望む以上のお話をしないように常に配慮します(つまり押し付けがましくならないように注意しますということです)。私は私が接する方々の自発的な自由意志に応じてのみ私の信仰について語ります。私は各人の持つ(信仰を持たない自由も含めた)宗教的自由を最大限に尊重します。

 しかし信仰というのは私個人にとって非常に重要な事柄ですので、私自身は、私が考え感じたことを、文章で表現したいという欲求を強く持っています。従いまして、このホームページという私が個人の資格とお金で得た電脳空間に、私は宗教について、私の考えたこと、感じたことを書き連ねてゆきたいと思います。

 従いまして、学校教師としての柳瀬の発言にのみ興味がある方は、これ以上このコーナー(「信仰」)の文章をお読みになることをお控えください。以下、お読みになる場合は、皆さんが、あくまでも皆さんの自発的な自由意志でお読みになったものだと理解します。続くページに、私は狂信的なことも、秘教的なことも、理不尽なことも、反理性的なことも、反社会的なことも書いていないつもりですが、この時点で一度、どうぞ皆さんでご判断して、下のどちらかをクリックしてください。


<私は自らの自発的な自由意志で以下のページを読みます>

<私は柳瀬氏の個人的な信仰生活には興味がありませんので以下のページは読みません>

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