教育



私の新しいブログ「英語教育の哲学的探究 2」の「教育」でも
学生さんに有益と思われる情報の提供をしています。
下に含まれていない新しい情報もたくさんありますので、是非ご覧下さい。




目次


大学・大学院での専門研究に関する記事

知的仕事のABC (2008/03/31)
エクセルで行なうタスク管理(2008/10/09)
研究論文とデザイン (2006/9/28)
知的エンターテイメントとしての論文 (2008/12/10)
論文の構成要素とコミュニケーション (2008/04/11)
Research Questionの探究としての研究論文 (2008/10/15)
卒論・修論のテーマが絞りきれずに苦しんでいる学生さんへ (2010/3/17)
情報から知識へ ― 論文のまとめ方についてのパワーポイントファイルと音声ファイル (2010/3/30)
思考ツールとしてのパワーポイント (2010/3/24)
Hook, bridge, outline (2008/12/10b)
USEFUL ONLINE RESOURCES FOR APPLIED LINGUISTS (2008/04/30)
卒業論文を書く皆さんへのアドバイス (1998/11/01)
卒業論文執筆のための合理的なアプローチ(2001/1/13)
W. Booth, G. Colomb & J. Williams The Craft of Research (The University of Chicago Press) (2007/4/27)
教養の幅とよい論考について (2005/7/21)
英語教育関係者が研究の方法論に親しむために (2005/4/5)
質的研究に関する私的ブックガイド
教育研究のあり方について (2009/03/24)
大学院での勉強を考えている人のためのQ&A (2006/2/22)
大学院入学を考えていらっしゃる現職教員の方へ (2008/04/28)
柳瀬ゼミでは論文指導をより徹底します (2008/01/23)
コンピュータで自分の英語をチェックする(2008/11/05)
「いい加減な人は教育実習に来ないでください」 (2008/04/18)
教育実習生の皆さん、頑張ってね (2006/5/29)
柳瀬ゼミへようこそ(2003/1/19)
小さく、細かく、速く (2006/12/20)



大学での教養に関する記事

生きるための教養----コミュニケーション・読む・書く---- (2006/3/18)
読み、書き、考えよ -- 異なる複数の立場から! (2008/10/11)
大学生にとっての新聞・雑誌・本(1999/11/01)
高度な一般的英語力を目指すために(2006/5/13)
英国語学研修留学をする皆さんへ、日本に残る皆さんへ (2007/2/27)
私家版 日本語スピーチのやり方 (2005/4/8)
鴻上 尚史『あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント』講談社文庫 (2006/4/10)
大学生にとってのパソコン(1999/10/10)
私家版:教英の四年間!(2006/10/4)


高校生向けの記事

受験・進学に関するQ&A (2005/10/20)
英語を学ぶ高校生の皆さんのために----コミュニケーション能力論の立場から----(2001/10/21)
Writing力は「自己対話力」 (2006/3/6)
電子媒体による辞書について(2002/1/21)








大学・大学院での専門研究に関する記事






知的仕事のABC (2008/03/31)

Plan, Do, Seeとしばしば言われます。あるいはこのPDCサイクルが一巡するごとの改変を強調し、Plan, Do, Check, Actionと言われることもあります。ある意味、こういったスローガンはどのような言葉でもいいのでしょうが、私は次のようにABCでまとめたらいいのではないかと考えていますので、ここでそのまとめを書いてみます。

A: Analyze
知的仕事のAは、分析です。Planつまり計画を立てろ、と指示されても、非分析的な曖昧で大きすぎる項目でしか計画を立てられない人は残念ながらはたくさんいます。まずは計画を立てる前に分析をしてください。(分析ができないのでしたらその分野の勉強や理解が足りないということです。その場合は泥縄式でもいいですからその分野について勉強をしたり、自分なりの理解を深めてください)。学生さんに計画を立てさせると、時々「4-6月の計画」として、「英語:英語力アップに努める」「教採対策:専門教養と面接対策をする」とだけしか書いてこない人がいます。これでは分析はもちろん、計画にもなっていません。分析のない計画は、「がんばろー」というかけ声に過ぎません。小学生ではないのですから、自分がやらなければならないことをきちんと分析した上で計画を作ってください。
なお、計画を作る場合には、しばしば私は「引き算と割り算」という言い方もします。「引き算」とは、分析して判明した「自分が求められていること」から「自分が既に達成していること」を引いて、その差である「自分がやらなければならないこと」を算出することです。そうして「自分がやらなければならないこと」を分析的に明らかにしたら、取りあえずそれを、目標達成締切までの月数(あるいは週数)で単純に割ります。これが「割り算」で、これにより自分がそれぞれの月(あるいは週)でやらなければならないことが明らかになります。もちろんこの割り算は単純なものですから、現実に合わせての適当な修正は各自やってください。
分析は自分のためです。きちんとやってください。

B: Begin
自らの反省を込めていうのですが、知的仕事では、分析的な計画を立てても、心理的にぐずぐずして、第一歩が踏み出せないままになることが多くあります。「大変だなぁ」とか「嫌だなぁ、この仕事は」といった気持ちに引きずられて仕事に着手ができないまま時間ばかりが過ぎてゆき、やがてそんな自分が嫌いになってゆくということは、少なくとも私にはしばしば起こることです。Doつまり実行するというより、Beginとにかく始める、中途半端にしか終わらなくてもいいからとにかく仕事に着手するというのが、知的仕事のBであるべきだと私は考えます。知的仕事はとにかくBegin、始めて下さい。
ひょっとしたらこのBeginが、知的仕事のABCの中で最も重要なのかもしれません。といいますのも、私たちは嫌いな仕事を厭うあまり、Analyzeすることすらやらないことすらあるからです。とにかくBeginすれば、AnalyzeもControlも何とかできるようになるでしょう。理屈から考えればABCの順番ですが、心理的にはとにかくBegin!なのかもしれません。

C: Control
分析的な計画に着手し実行し始めたら、その進捗状況をCheckしなければなりません。進捗状況がはかばかしくなければ自分にむち打たなければなりません。しかし時に、変えなければならないのは自分ではなく、計画の方である場合もあります。そういう時は計画をChangeして下さい。私たちは計画の奴隷になる必要はありません。取りあえずは計画で自らをCheckし、必要に応じて計画をChangeすること、つまりはCheck & Changeで自分自身と計画をControlすることが知的仕事のCだと私は考えます。

Analyze, Begin and ControlというABCは覚えやすいフレーズかと思います。時にこのフレーズを思い出して、効果的に知的仕事をすませてください。


関連記事:Backward Designはなぜ失敗しうるのか



エクセルで行なうタスク管理 (2008/10/09)

学生の皆さんも、そこに出席すれば基本的に終わる「スケジュール」のマネジメントは手帳などで行なっているでしょう。
ですが、完了するために数日から数週間、あるいは数ヶ月かかるような「タスク」(あるいは「プロジェクト」)の管理はおろそかになっている場合が多いように思います。
毎日毎日「スケジュール」に追われて、いつの間にか莫大な「タスク」に驚くといった経験はないでしょうか。毎日真面目にやっていれば、タスクもきちんと期日通りに完成するといいのですが、時にタスクを分析して見通しを得ていないと、とんでもないことになることがあります。

皆さんがやらなければならないことを「スケジュール」と「タスク」に分けて、さらにその「タスク」も適当に分割することによるマネジメントは覚えておけば重宝するのではないかと私は実感しています。

ここにエクセルを使ったタスク管理(日単位)の例のファイルを公開します。

タスク管理(日単位)のダウンロードはここ


架空のスケジュールを入れていますので、適宜変更してうまく使いこなしてください。(このファイルは10月始まりになっていますが、4月から計画を立てる時はもちろん4月始まりにしてください)。
修論や卒論の提出を半年後に控えた院生・学生さん、あるいは多方面で活躍する院生は、このファイルのような一日ごとの管理が必要になると思います。


修論や卒論の提出あるいは就職試験などを一年後に控えた院生・学生さんは、一週間ごとの管理の方がいいかもしれません(あるいは半年後でも週単位の管理を好む人もいるかもしれません)。

タスク管理(週単位)のダウンロードはここ


あるいは皆さんが、まだ学部一年生か二年生もしくはM1であったとしても、例えばTOEFL受験や留学準備などの大きな目標を持っているなら、月ごとの管理はしておいた方がいいと思います。

タスク管理(月単位)のダウンロードはここ


スケジュールを忘れる人はあまりいません。しかしタスクを忘れてしまう人は実に多いことをどうぞご注意下さい。後で「学生時代にもっと勉強しておけばよかった」と思っても後の祭りです。

学力あるいは仕事力の大切な部分は、こういったタスク管理にあるといっても過言ではないと私は思っています。

いずれにせよ、集中する時は集中し、休む時は休んで、貴重な学生生活を充実させてください。




研究論文とデザイン (2006/9/28)


研究論文とデザインは似ていると思えてきました。
両者の特徴は、「物事の本質を捉え、それをアカの他人にサクサクわかってもらうように提示する」ということです。
先にデザインに即して考えてみましょう。例えばホームページのデザイン。皆さんも多くのホームページをご覧になると思いますが、その中のいくつかは、初めて見たときから、それがどういう点であなたに役立つページなのかがよくわかり、まるで自然に導かれるようにクリックを重ねてゆき、どんどんとあなたの興味関心が満たされるような構造になっていると思います。他方、ある種のページは、やたらと画像はチカチカしたりしていますが、いったいこのホームページは何を訴えたいのかがよくわかりません。あるいはあなたがそのページで探し物をしようとしても、その情報がどこにあるのか隅から隅までクリックしてみないとわかりません。もちろん前者がよいデザインの例です。アカの他人である初めてそこを訪れた読者にも、そのホームページが何についてのことかがすっきりとわかり、後はその理解に即して、ページがどんどんとクリックされるように情報が提示されているからです。その点、後者は悪いデザインです。いやひょっとしたらそういったホームページは単なる自己満足で作っているだけで、他人に読んでもらうことなどはなから考えていないのかもしれません。「なぜこのページは読んでもらう価値があるといえるのか」、「どのようにこのページを展開したらわかりやすく読んでもらえるのか」といった自問自答をホームページを作るときにしなかったのでしょう。この意味で、これは「デザイン」の例というよりは、主観的好みによる「飾りつけ」の例と考えるべきなのかもしれません。
と、そんなお説教を、このようなデザインのホームページ製作者にされたくはない、とご立腹かもしれないみなさんのために、あと少し例を出しましょう。たとえば携帯電話のデザイン。あなたの携帯電話の、「飾りつけ」じゃなくて、「デザイン」は満足がいくものですか?私のものは、残念ながら満足できません。デザインが悪いので、どのボタンを押してゆけば望む操作ができるのかが直観的にはわかりません。説明書をよく読んで、その操作を丸暗記すればいいのであり、設計者にとって、操作方法は自明のものかもしれませんが、そのように設計者中心で他人への配慮がないインターフェイスはいいデザインではないと思います。
あるいは切符の自動販売機のデザインはどうでしょう。私は出張が多いので、いろいろな交通機関の自動販売機を使います。たいていの自動販売機には長い列ができているので、利用者はすばやく操作をしなければなりません。私には人並みの知性はあるとは思えるのですが、スイスイと操作方法がわかるようにデザインされた自動販売機はそれほど出会えないように思います。ここでも他者への想像力が欠けているのでしょうか。よいデザインとは、あなたが前提としている知識や背景を持たない人にも、物事の勘所がズバリとわかるように、情報を編集し配列することなのです。
そこで研究論文についてです。研究論文とは「○○について」というテーマの本質が何かをずばり指摘します。この本質を突けば、このテーマが非常によく理解でき、また現実問題解決への見通しも得られるという「ツボ」を読者に伝えるわけです。その伝え方も、一般的な知性を持っている読者になら、スイスイとわかってもらえるように語るものです。あるいは忙しくて、著者であるあなたという人間に何の興味も持たないアカの他人の読者にも、「おやっ」と興味をもってもらい、「なるほど、ふんふん」、「はあ、そうか」と読んでもらえる読み物を編集して作り上げることが論文を書くことだともいえましょうか。これに対して、せいぜいあなたの指導教員や友達ぐらいなら(しぶしぶ)読んでくれるかもしれない、個人的な研究のきっかけなどをうだうだ書いた後に、あなたがそのテーマについた調べたことを、そのままの順番でだらだらと報告したようなものは、せいぜい(出来の悪い)レポートであり、論文とはいえません。そこには「アカの他人に重要なことだけをサクサク面白く読んでもらう」という意識が欠けているからです。
こうしてみますと、研究論文を書くことは、何かをデザインすることであり、それは他人とうまくコミュニケーションをとることだとなります。他人とうまくコミュニケーションをとることは、幸せな人生を送るために重要なことです。どうぞみなさん、学生時代に研究論文を書く練習をしっかりして、その後の幸せな人生の準備をしてください。



知的エンターテイメントとしての論文 (2008/12/10)

論文とは、やたらと細かい作法に縛られて、本当は簡単なはずのことが小難しく書かれた面白くない書き物ではありません。

論文とは、あるトピックに特段の知識も興味ももっていない読者に、面白くそのトピックに関しての知的納得を与えるエンターテイメントです。高度で複雑な内容を、速読や拾い読みしかしない人でもわかるように、またあまり興味をもっていなかった人も思わず引き込まれるように、つまり<読者に親切に>なるように最大限に工夫されて書かれたものが論文です。

論文は単純で簡単なことをわかりやすくまとめただけではありません。論文の内容は高度で複雑なものです。ですが論文は<読者に親切に>書かれているので、上記のように知識や興味のない人も、その高度で複雑な内容の概略をきちんと理解することができます。ですから自ら知識や興味をもって読む人には、とても深い内容が短時間で伝わります。だから論文を書くという技術は現代社会で価値があるのです。 ですから論文を書くことは、学術的に大切なだけでなく、ビジネスをする上でも、学校で授業をする上でも重要です。ビジネスでのプレゼンテーションでは、短時間に必ずしもあなたの会社の商品や企画に興味をもっていない人に、あなたの会社の商品や企画の良さを訴えなければなりません。学校の授業では必ずしもその授業を聞きたく生徒にも授業内容を面白いと思ってもらわなければなりません。大学・大学院で論文を書く技術を学ぶことで、みなさんはこのように広く社会で活用できる知的な技術を集中的に学ぶことになります。

ですから論文で強調される、パラグラフライティングの原則の徹底(Topic sentence, Body, Conculsion)、アウトラインの明示化(論文構造を明確に示しておく)、章・節・項のモジュール化(必要な内容はすべて所定の章・節に入っている)、章・節・項のヒエラルキーの徹底(項の集合が節の包括的一貫性となり、節の集合が節の包括的一貫性となっている)、章・節・項のブロック化(章・節が組み上がることによって全体の構造ができあがっている)、章・節・項のレベルでの説明の伸縮自在性(章のレベル、節までのレベル、項までのレベルのそれぞれで短くも長くも語れるようになっている)、hookやbridgeの使用(読者の関心を引き、途切れさせない工夫:後述)、図や表についての決まり(例えば統計結果は何を表示するべきか)、はては参考文献の書き方の作法などすべてが<読者に親切に>という原則に貫かれています。

ですから論文の書き方について何かを学ぶ際は、「うるさい作法を学ばなければならない」などと考えるのではなくて、「この作法を守ることによって、どのように<読者に親切に>になれるか」ということを考えるようにしてください。極論を言いますと、<読者に親切に>であれば、私は細かな作法はAPAであろうがMLAであろうが、何でもかまわないと思います。

<読者に親切に>と言いましたが、これは知的納得をするために親切ということです。知的納得は、読者が必要にして十分な情報を、整理された形で効率的に提示された上で、重要な判断は読者自身が下せるような形で論考が進められることによって得られます。読者はその思考と判断の過程を楽しみたいのです。論文とはその知的楽しみを供給するエンターテイメントです。ですから、論文ではただリサーチ・クエスチョン(RQ)とその答えを出すのではなく、なぜそのRQが大切なのか(背景・先行研究・意義)、どうやればそのRQに答えられるか(方法)、そのRQの答え(結論)からどんなことが考えられるか(考察・結論)などを、読者にも考えてもらった上で納得してもらえるように論文は書かれます(注)。<読者に親切に>というのは、そのように読者に思考・判断をしてもらうために便利なように情報が整理されているということを意味します。

大学・大学院で論文を書く指導を受けると、最初は、なぜ「こんなにうるさく言われなければならないのだ」「自分には自明のこの文章になぜ『わかりにくい』などと文句をつけられなければならないのか」などとイライラするかもしれませんが、これは高度知識社会で非常に有益な技術をマスターするためです。どうぞ論文執筆の意義を考えて、自分のベストを尽くして論文を書いて下さい。

(注)高度に専門的な集団のためだけに書かれる論文では、エンターテイメント性が減り、速報性や記述の簡潔性が重んじられます。この記事でいう「論文」とはそのように特殊な専門的読者層に対して書かれるものでなく、いわゆる「一般読者」を含む比較的広い読者層に対して書かれるものを指しています。

追記 読者に親切な知的エンターテイメントとしての論文執筆は、意外に理系の研究者の方が心がけていたりすることがあります。アメリカで活躍する世界最先端の研究者が書いた金出武雄『素人のように考え、玄人として実行する』(PHP文庫)は読みやすい文庫本です。ぜひご一読ください。

追追記 The Purdue OWL (Online Writing Lab)は英語で文章を書く際に本当に役立つ良質なサイトです。ぜひ皆さんブックマークして常用して下さい。


論文の構成要素とコミュニケーション的機能 (2008/4/11)

論文とは、複雑で高度な事柄を効率よく読ませるために発展してきたジャンルです。「論文を読むのは難しい」とよく学生さんは言いますが、実は、論文ほど複雑なことをわかりやすく説明しているジャンルもありません。論文とは、読者に最大限に親切に書かれたコミュニケーションのスタイルです。ただその内容が知的に高度だけなのです。
大学生・大学院生として論文を書く場合は、ぜひぜひ「どうやったらアカの他人にもこの問題の重要性をわかってもらえるだろう。どうしたら私の論考を面白く最後まで読ませることができるだろう」などというコミュニケーション的な意識から構成し、書いていってください。論文作成を通じて、高度なコミュニケーション力を身につけてください。

以下の表は、私がいろいろな本を参考にしながら自分なりにまとめてみた論文の構成要素とコミュニケーション的機能などに関するまとめです。もちろん「全ての論文はこのように書かれなければならない」などと馬鹿げたことを主張するつもりではありません。一つの目安として、自分の考えを論文にまとめようとする際のチェックに使ってください。


上の表(エクセルファイル)をダウンロードしたい方はここをクリックしてください。


Research Questionの探究としての研究論文 (2008/10/15)
論文の「ストーリー」をResearch Question (RQ)を中心にして構成するコツを図示してみました。よければ参考にしてください。



上の表のPDFファイルダウンロードはこちらからどうぞ


卒論・修論のテーマが絞りきれずに苦しんでいる学生さんへ (2010/3/17)
情報から知識へ ― 論文のまとめ方についてのパワーポイントファイルと音声ファイル (2010/3/30)
思考ツールとしてのパワーポイント (2010/3/24)



Hook, bridge, outline (2008/12/10b)

パラグラフライティングは通常トピックセンテンスから始まると教えられますから、論文全体や、章・節の冒頭は「この論文/章/節では○○を論ずる」という形で始まる書き方を多用する学生さんは多くいます。

決して悪い習慣ではないのですが、学生さんが長時間かけて考えてきたトピックに対して格段の知識も理解も興味ももっていない読者からすれば、そのような冒頭の宣言が章や節で次々に続くと、その章や節でやりたいことはわかるのですが、その章や節と、その前後のつながりがわからずに、読みにくさやとまどいを感じてしまうことがあります(The problem of a writer is that she knows too much!)。

前後のつながり(あるいはcoherence:一貫性)を明確にするための工夫にhook, bridge, outlineがあります(細かい文章表現としてのdiscourse markersやcohesionの示し方などは今回は割愛します)。

Hookとは文章冒頭に読者の興味関心を得るための練られた導入文です。例えばいきなり「本論文ではルーマンのMitteilung概念の・・・」と論文が始まるとします。ルーマンを専門とする学者仲間に書く論文ならこれでもOKでしょうが、「そもそもルーマンって誰?」という人々も読者層にいる場合、この書き方は明確ではあるかもしれませんが、読者に配慮した書き方であるとは言えません。ですから例えば「コミュニケーション理論においてのルーマンの重要性は多くの人に認められ始めているが、しかしその中で議論が多いのがMitteilung概念である」などという文をhookとして冒頭に置きますと少しはこのトピックについての知識・興味をもたない読者も「ああ、そうなの」と思うことができます。さらに「英語教育でコミュニケーション能力は中心概念であるが、その理論的基盤は意外に脆弱である。コミュニケーション理論においてのルーマンの重要性は多くの人に認められ始めてきたが、彼の理論の中のMitteilung概念に関しては様々な議論があり、その概念理解が十分でないため、ルーマン理論の受容の障害となってきた」などとつけ加えて「従って本論文ではルーマンのMitteilung概念の・・・」と続けるともっと読者に親切になるかもしれません。

難しい例が続いたので、hookの簡単な例をあげます。それは売り子の第一声です。あなたはあなたの会社のミキサーを売るために、デパートのエスカレーターの踊り場で販売をしています。あなたは近づいてくるご婦人に「うちのミキサー、MX-3 Mark IIを買って下さい」と呼びかけますか?それではご婦人の関心は得られないでしょう。もう少しいいのは「奥さん野菜足りてます?」とか、「お肌のためには化粧品よりも新鮮な野菜ですよ」とかいった文句かもしれません。こうやって他人を引っかけるのがhookです。


Bridgeというのは、複数の文章をつなぐ文です。章から章へ、節から節へと移動する時、前の章・節の末尾、あるいは次の章・節の冒頭に、前後のつながりを明らかにする文章をいれます。章・節の冒頭でしたら「前章・前節では○○について論じてきた。しかしその中でわかってきたことは、△△については以前不明であり、この△△の理解を欠いては、○○だけでなく本論文のテーマは究明できないということである。したがって本章・本節では△△の理解を得るため、△△についての代表的な論二つを導入し整理すると共に、その限界点を示す」などといった文をつなぎ(bridge)として入れておくわけです。そうしますと読者はすぐに論のつながりを理解することができます。Bridgeを前の章・節の末尾に書く場合も同じようなものです。私の経験では、学生さんの論文は、bridgeがないぶつ切りの章・節から構成されていることが少なくありません。論文の書き手はそれだけでも論文のつながりや流れはわかるのかもしれませんが、そのトピックに書き手ほどの知識・理解・興味をもたない読者は、bridgeがないと、一瞬、自分は論全体の中のどこにいるのかがわからなくなります。くどくなりすぎないようにうまくbridgeを入れて下さい。


現在の論考が論全体のどこにあるのかを示すのがアウトラインです。通常これは論文の目次や、序論での「本論の構成」のセクションなどで示されます。しかし読者は書き手ほどにはこのアウトラインを頭には入れていません。読者にとって適切なタイミングで論文全体のアウトラインを再提示したり、それぞれの章においてのアウトラインも提示するようにして下さい。


ただし「読者にとって適切な」というのがくせ者です。書き手はしばしば読者の理解の程度や気持ちがわからなくなります(The problem of a writer is that she knows too much!)。ここでは書き手本位の研究的知性とは異なる、読み手本位のプレゼンテーション的知性を磨き、育てなければなりません。いくらいい研究をしても他人にわかってもらえなければ意味がありません。また研究職にも多くの場合教育の責任も伴います。教育つまり他人を育てる営みにおいては自分の心と異なる他人の心を適切に理解することが必要となります。自分本位の知性の発揮には優れていても、他人本位の知性の働かせ方が苦手な人もいます。しかし自分の心とは異なる他人の心を読むことは重要なことです。Hook, bridge, outlineあるいは他の工夫も、他人の心を読もうとする努力の中で使いこなしてください。ただhook, bridge, outlineを機械的に入れればいいというのではありません。<読者に親切>であるための工夫としてこれらを使用して、社会的に有用な知性をあなたも身につけて下さい。



USEFUL ONLINE RESOURCES FOR APPLIED LINGUISTS (2008/04/30)


GENERAL ACADEMIC SEARCH (all are freely available from Hiroshima University except for Questia)

Amazon.com http://www.amazon.com/
Blackwell Synergy http://www.blackwell-synergy.com/
Cambridge Journals http://journals.cambridge.org/
ERIC http://www.eric.ed.gov/
Google Book Search http://books.google.com/
Google Scholar http://scholar.google.co.jp/
Ingentaconnet http://www.ingentaconnect.com/
JSTOR http://www.jstor.org/
Multilingual Matters & Channel View Publications http://www.multilingual-matters.net/default.htm
Oxford Journals http://www.oxfordjournals.org/
Questia http://www.questia.com/Index.jsp
SAGE Journals http://online.sagepub.com/
Science Direct http://www.sciencedirect.com/

Social Science Japan Data Archive https://ssjda.iss.u-tokyo.ac.jp/



SPECIFIC ACADEMIC JOURNALS (all are freely available from Hiroshima University)

Applied Linguistics http://applij.oxfordjournals.org/
Annual Review of Applied linguistics http://journals.cambridge.org/action/displayJournal?jid=APL
ELT Journal http://eltj.oxfordjournals.org/ Journal of Second Language Writing http://www.sciencedirect.com/science/journal/10603743 English Today http://journals.cambridge.org/action/displayJournal?jid=ENG
English World-Wide http://www.ingentaconnect.com/content/jbp/eww
International Journal of Applied Linguistics http://www.blackwell-synergy.com/loi/IJAL
Journal of Communication http://www.blackwell-synergy.com/loi/JCOM
Journal of Research in Reading http://www.blackwell-synergy.com/loi/JRIR
Language Learning http://www.blackwell-synergy.com/loi/LANG
Language Teaching Research http://ltr.sagepub.com/archive/
Language Testing http://ltj.sagepub.com/
Modern Language Journal http://www.blackwell-synergy.com/loi/MODL
Second Language Research http://slr.sagepub.com/
Studies in Second Language Acquisition http://journals.cambridge.org/action/displayJournal?jid=SLA
System http://www.sciencedirect.com/science/journal/0346251X
TESOL Qurarterly http://www.ingentaconnect.com/content/tesol/tq
World Englishes http://www.blackwell-synergy.com/loi/WENG
Written Communication http://wcx.sagepub.com/


FREE ONLINE REFERENCES

Dictionary.com http://dictionary.reference.com/
Purdue OWL (Online Writing Lab) http://owl.english.purdue.edu/owl/
Stanford Encyclopedia of Philosophy http://plato.stanford.edu/
Wikipedia http://en.wikipedia.org/wiki/Main_Page


USEFUL FREE SOFTWARE

Firefox (Recommended for flexible use, Japanese edition) http://www.mozilla-japan.org/products/firefox/
Safari (Recommended for comfortable reading in English, Japanese edition) http://www.apple.com/jp/safari/
Zotero (Recommended for managing your research sources, Firefox extension) http://www.zotero.org/




卒業論文を書く皆さんへのアドバイス (1998/11/01)

※神戸女学院大学の内田樹先生が、御自身のブログの記事「ゼミのみなさんへ業務連絡」(http://blog.tatsuru.com/archives/001501.php)の中で、卒業論文にとって必要な条件を、(1) リーダー・フレンドリーと(2) オリジナリティとして、非常にわかりやすく説明しています。どうぞクリックして読んでみてください。また「若い研究者たちへ」http://blog.tatsuru.com/archives/001836.php は博士論文のことについて書いてありますが、基本は卒業論文でも同じですからどうぞこれも読んでください。

(1) 卒業論文はよい訓練です:社会に出れば、決められた仕事だけでなく、新しい仕事つまり誰も答えを知らない問題にも対処しなければなりません。受験勉強では決められた問題の解き方しか訓練しませんでした。卒業論文では自分で問題を探り当てて、その答えを見つけ出す訓練をします。これは将来どんな職業についても、きっと役立つ訓練です。卒業論文を「卒業のために仕方なしにやるもの」と考えず、自分の可能性を引き出すための格好の機会と考えて、前向きに取り組んでください。

(2)一般性のある主張をしてください:卒業論文は単なる日記や感想文ではありません。「他人」を意識して、「他人」にもおもしろいと思ってもらえるテーマについて、「他人」にもわかってもらえるように書き進めていって、「他人」も納得せざるをえないような結論を導き出してください。社会に出てからはこの「他人」をどれだけ意識できるかというのが成功の要因の一つとなります。

(3)主張-根拠-証拠のつながりを大切にしてください:主張をするだけ、意見をただ書き連ねるだけではいけません。それだけでは、あなたは自己満足できても他人は納得できません。主張をしたら必ず根拠を示してください。さらにその根拠が実際に成り立っているという証拠を示してください。例えば「主張-根拠-証拠のつながりを大切にしてください」という主張をするなら、「そのつながりがないと他人は納得できないからです」などという根拠を補ってください。さらに「例えば、『主張-根拠-証拠のつながりを大切にしてください。絶対それは大切です。信じてください』という根拠と証拠を欠く主張には説得力があまり感じられないと思います」などという証拠(例)を補うわけです。この習慣をつけると、態度が客観的になり、噂や憶測に惑わされない判断力に優れた人物へと近づくことができます。なおこういった訓練のためには野矢茂樹『論理トレーニング』(産業図書)といった良書を読むことを強くお勧めします。

(4)あなたの素朴な問題意識を大切にしてください:論文執筆の原動力になるのはあなたの「素朴な疑問」です。テーマがぼんやりと浮かんできたら、「なぜ自分はこのテーマに興味があるのだろう。どんな具体的な出来事がこのテーマへの興味につながったのだろう」などと常に自問自答してください。自問自答する際には、実際にノートに書き付けてください。そのような自問自答が反省的・客観的に考えることを可能にします。さらに先人の問題意識も大切にしてください。先人の問題意識は、過去の論文に集約されています。自問自答と同時進行で過去の論文を読み進めてゆくことが必要です。テーマがまったく浮かばない場合は、基礎知識が足りないことが考えられます。その場合は、論文以前の啓蒙的な書物を広く読んでください。

(5)縮減可能・拡張可能な書き方をしてください:「結局あなたは何が言いたいのですか?」という問いに「XはYだということです」などと端的に答えられるようにしてください。さらに「もう少し詳しく教えてください」と言われれば「1 ... 2 ... 3 ... 4 ...」などといくつかの文(命題)で端的に説明できるようにしてください。「おもしろい。もっと聞かせてください」と言われると「1 ....は1.1 ... 1.2 ... 1.3 ... 1.4...ということです。2...は2.1... 2.2... 2.3...」などとさらに詳しく言えるように問題点を整理しておいてください。もちろんさらに詳しい点は「1.1.1....1.1.2... 1.1.3...」などと展開できなければなりません。桁数が少なくなればなるほどその命題は重要命題となります。桁数の多い命題は、それよりも一桁桁数が少ない命題の補助説明命題ということになります。(イメージ的に理解するためにはベートーベンの交響曲第五番を聞くのが一番いいと私は半ば本気で考えています(^^))。

(6)誤解されない単純な文を書いてください:名文、美文は必要ありません。複雑に思想を織り込もうとした長い文も必要ではありません。必要なのは、どこから見ても誤解されないような単純にして明解・明晰な文です。

(7)理解される英語を書いてください:当学科の卒業論文は英語で書いてもらいます。あまりに間違いが多くて文意が通らない英文は当然論文として失格です。卒業判定ができません。きちんとした英文で明晰な文を書くことは、簡単なことではないかもしれません。十分時間をかけて理解される英語論文を書いてください。

(8)タイムマネジメントをおこなってください:締切は厳守してください。一分でも遅れないように提出してください。提出直前にパソコンやプリンタが壊れることはよく聞く話です。大切な仕事は締切の数日前に完成させる習慣をつけておいてください。日頃から、仕事の重要度・進捗状況などを手帳(できればOutlook)で把握し、毎日・毎週の予定をたてて、計画的に論文を完成させてください。タイムマネジメントは社会人の最大の武器です。

(9)質問をどんどんしてください:論文を書き進めるとどんどん疑問が出てくると思います。自問自答が原則ですが、どうしても進展しない時は友達や教官に相談してください。うまい相談の仕方、うまい相談ののり方は覚えておく価値があります。もちろん教官は最大限のサポートとアドバイスは提供しますが、あなたに代わって考えることや執筆することはできません。それでも相談によっていくらかの進展は見られるでしょう。大学時代最後の勉強のチャンスです。問い方を学んでください。それが「問イヲ学ブ」こと、すなわち「学問」です。



卒業論文執筆のための合理的なアプローチ(2001/1/13)

まずトピックの概要を知ろう:まずはトピックの全体像をぼんやりとでも把握することを目指してください。トピックは、場合によってはまず百科事典や各種ハンドブックを参照すべきもの、新書(含、講談社ブルーバックス)などで扱われているものもあれば、英語教育の和書を読まなければならないもの、あるいは英語の専門書を読まなければならないものなど様々ですが、とにかく早くトピックについて広い知識を身につけてください。全体像の把握無しに、どこかで聞いたり思い付いたりした問題意識で考えようとしてもたいていの場合うまくゆきません。まずは、トピックに関する基本用語、基本的な問題の立て方を学んでください。この時注意することは、本は新しいものから読むこと。新しい本は、必ずといっていいほど過去の議論を要領よくまとめていますから、それを最初に読んでおくことによって、古い本が効率よく読めます。(もっとも古い本、あるトピックを開拓したパイオニア的な本は、様々な問題意識が込められた「古典」である場合がありますから、古い本を馬鹿にして、ただ素早く読み捨てる本として考えることは危険です)

理解した事は書き記そう:読んでなるほど、と思ったことは必ず書き残すようにしてください。書き残す方法には主に二つあります。
一つは京大カード(B6カード)に、一つのカードに一つのトピックだけを書く原則で理解した事を書き残しておくことです。このとき大切な事は(1)文献情報を簡単でもいいからメモしておくこと。さもないと、どこからの引用かがわからなくなります。(2)引用で書き写すだけでなく、必ずその引用を自分の言葉でタイトルにしてまとめて記しておくこと。そうしないと引用ばかりが増えて、後でその引用がなぜ大切だと思ったのかなどが全くわからなくなります(別の言い方をしますと、引用にタイトルをつけられないということは、自分がその引用をきちんと理解していないということです)。このカードの方法のメリットは(a)カードをバインダーにはさんでおけばどこでも容易に持ち運びができ、作業がしやすいこと、(b)カードを机や床の上に置いて、カードをテーマごとにまとめ、並べ替えたりできること、などです。特に(b)は、うまく並び直した引用カードは、そのまま論文の骨組みになります。トピックが大きすぎたり複雑すぎたりする場合は、この方法は非常に有効です。
書き残す方法の二つ目は、とにかくワープロに入力してゆく事です。
このとき注意する事は、(1)やはり文献情報をコピー&ペーストなどをうまく使いながらきちんと残しておくこと。(2)複数のファイルに入力するのではなく、できるだけ一つのファイルにまとめること、です。一つのファイルにまとめておきますと、ファイル内検索が容易ですから、あとあと便利です。この方法のメリットは(a)デジタル情報になっているから、コピー&ペーストが自由で、論文を書く時の二度手間、三度手間が省けること、(b)プリントアウトが何度でもできるから、自分なりのノートが数種類できること、などです。この方法は、自分がある程度トピックやテーマに関して見通しを持っている場合に有効な方法です。
最後に二つの方法に共通した注意を一つ。カードやノートを取るのは、少なくとも一度は本を読み通してからにしてください。本を最初に読みながらカードやノートを取ると、ポイントを把握しないままに書き記すことになりますから、やたらとカードやノートを取る量が増えて、作業が効果的ではなくなります。カードやノートを取ることが自己目的・自己満足にならないように注意しましょう。

読むのを本から論文に変えよう:本で全体像を把握して、その把握を書き残す事で確実に自分のものにしたら、今度は図書館(のOPACで)専門のジャーナルを少なくとも10年分ぐらいざっと目次や要約に目を通して(あるいはキーワード検索して)、少しでも自分の問題意識に重なると思ったらそれらの論文を片っ端からコピー(あるいはOPACからダウンロード:広大内のパソコンからなら可能かつ無料)してください。あとはアンダーラインや書き込みをしながらそのコピーを読み進める。もちろん理解したことはカードやノートに書き残しておくことは言うまでもありません。論文は本より先鋭な問題意識で書かれていることが多いので、読むことであなたの研究が深まります。
また、論文(あるいは本)を一度読んでわからないからといって、読むのをあきらめるのは愚かなことです。一度読んですらすらとわかる論文は、あなたの知的レベルを全く深めない本なのかもしれません。論文や本が一度目の読解でよくわからないことはむしろ当たり前のこと。私自身、大学生の時分から今に至るまで、同じ論文や本を三度、あるいは五度読み返すことは決して珍しくはありません。むしろそれだけ読み返す価値がある論文や本こそが力をつけてくれるといえるでしょう。良質の論文や本を何度も読み返すことの重要性を体得してください。くれぐれも安直な娯楽雑誌を読むような態度で論文や本を読まないでください。
論文や本を探す場合、海外文献ではERICのデータベース、国内にある蔵書ならWebcatのデータベース、国内論文なら国立情報学研究所の論文情報ナビゲータ、広大蔵書(および広大が購読している電子ジャーナル)ならOPACのデータベース、広大教英蔵書なら教英図書室にあるパソコンデータベースが便利です。

追記(2006/8/31):もはやGoogle抜きの知的生活は考えられませんが、最近始まった
http://scholar.google.com/
http://books.google.com/
はまた新たに学術活動を大きく変えるのかもしれません。

核となる論文をあらゆる角度から検討する:自分の問題意識に最も近い論文を見つけたらそれを何度も読んで、さらに付け加えることはないか、その論文に欠けているところはないか、その論文の欠点はどこか、といったことを徹底的に検討してください。そのような視点が一つでも見つかれば、あなたがそこを改善した論文を書けばいいわけです。それで立派なオリジナリティです。残念ながら卒業論文で世界をうならせるような論文を書く事はできません----あなたが天才でない限り。堅実なオリジナリティをもった論文を書いてください。また、核となる論文が見つかったら、そこで引用されている論文を読み進めていってください。よい友人の友人は、やはりよい人間であることが多いように、よい論文が引用している論文は、やはりよい論文であることが多いからです。

自分で考えたこと(思いつき)も書き記す:読んだことを書き記すだけでなく、自分で思いついたアイデアや着想などもカードやノートに書き記していってください。数ヶ月たったら自分の出したアイデアの数に驚くかもしれません。

読んだことと考えたことのカードやノートを見ることで自分の頭脳を拡大する:私たちの頭脳、特に何かをするときに使われる作動記憶の容量は限られています。適切なタイトルやアンダーラインがつけられたカードやノートは、私たちの作動記憶を仮想的に拡張します。詳しいことはカードやノートを後に参照することとして、とりあえずはタイトルやアンダーラインだけに着目して、集めたカードやノートを概観し、論文の構想を立ててゆきます。この作業こそが論文のオリジナリティを作り上げる過程ですから、大切にしてください。カードやノートといった仮想拡張頭脳を使わずに、生身の頭脳だけで構想を立てようとすると、頭脳の容量オーバーになり、考えがまとまらないまま時間を浪費してしまいます。カードやノートを何度も読み返したり並べ替えたりすることによって論文のエッセンスを抽出してください。「科学は情報の集積によって進むのではない。科学は情報を組織化し圧縮する」というハーバート・サイモンの言葉の意味を噛み締めてみましょう。ただやみくもに読んだり、考えたり、カードやノートを取ったりするのではなく、カードやノートという情報圧縮に基づいて、それらを見ながら情報を組織化するのです。

読むことと考えることのバランスをとる:孔子はかつて「学びて思わざればすなわち罔(くら)し,思いて学ばざればすなわち殆(あやう)し」と言いました。私なりに言い換えますと、読書ばかりして自分の頭と言葉で考えることをしないと、問題の見通しを得ることができない。自分の頭と言葉で考える事ばかりをして読書をしないと、一人よがりの役に立たない考えしかわいてこない、となりましょうか。論文を書く時は、先人が残した本や論文を読む作業と、自分で新しい考えや視点を創り上げようとする努力のバランスをうまく取ってください。単なるガリ勉をやっても駄目ですし、天才をきどってオリジナリティを称しても駄目です。

ある時点まで来たら方向づけをはっきりさせて読み、考える:最初はとにかく早く広く知識を入れる必要がありますが、ある程度トピックの全体像が理解でき、かつ自分の論文の方向性がはっきりしてきたら、その方向づけを精密なものにすることを心掛けながら、読み考えることを精選させなければなりません。さもないと読まなければならないこと、考えなければならないことは倍々ゲームのように増大してノイローゼになってしまいます。焦点を絞らなければ論文は出来ません

課題を分析し分割し、毎日コツコツ作業を進める:卒業論文を書く、という大きな課題を前にして溜息ばかりついていても駄目です。そのような人は締切直前になってあわてて徹夜を繰り返し、なにより自分自身が納得できない卒業論文を書いてしまうのがオチです。自分が書き記したカードやノートが十分な量になったら、それを読み返し、並べ直し、自分の説明や捕捉や考えを挿入し、章構成をはっきりさせます。(この時点で、友達に説明してみると、自分の論理が明晰かどうかがよくわかります)。さらに章構成だけでなく、章の中の節で何を言いたいかが明確に言えるようになったら、目次の完成です。後は目次とカードあるいはノートをもとにして論文を書き進めていってください。このように課題を分析・分割し、それに基づいてスケジュールを立てた上で毎日コツコツ課題を作業にして仕事を進めていってください。卒業論文を完成することを通じて、客観的に物事を捉える態度を身につけるだけでなく、大きな課題に合理的にアプローチする術を是非身につけてください

追記:このあたりの論文の書くプロセスなどを知りたかったら、戸田山和久(2002)『論文の教室 レポートから卒論まで』(NHKブックス)を読んでください。笑いながら論文の書き方についていろいろと学べます。


W. Booth, G. Colomb & J. Williams The Craft of Research (The University of Chicago Press) (2007/4/27)


あなたがある職場で働いているとしましょう。ある日、その職場に新人が入ってきます。その新人はあなたの耳元でささやきます。「僕○○大学出身なんです」(○○にはあなたの想像できるかぎりの有名大学の名前を入れてください)。あなたはどう反応するでしょうか。
もちろん社会人は如才なく振舞わなくてはいけませんから、あなたも表面上は「ああ、そうですか。すごいですね」と言うかもしれません。でも本音は「で、それがどうしたの?」でしょう。職場では人格と実力こそが大切だからです。学歴なんか、正直、どうでもいい。人格と実力を備えた人こそ職場で求められているのです。
修士号や博士号も同じです。「私は修士号(あるいは博士号)を持っています」といくら威張っても、あなたに人格と実力が備わっていなかったら意味ありません(いやむしろ滑稽で痛々しいぐらいです)。人格については私は全く語る資格がありませんので、ここでは実力について少し語ります(本当は実力についても語る資格がないのですが、ここはしばらくご勘弁ください)。

大学院で身につけるべき実力とは何か?それも、社会でも通用する実力とは何か?それは「研究力」だと思います。

「研究力」とはまた曖昧な言葉です。ここではそれなりに定義しましょう。ここで言う「研究力」とは、「知的に他人を喜ばせることができること」です。「あっ、これはこういうことだったのか」、「なるほど、長年の疑問が解けた」、「確かに、このようにすれば問題も解決できるかもしれない」などと、他人の理論的理解、実証的発見、実際的問題解決などを知的に援助することができる能力をここでは「研究力」と名づけます。上の「研究論文とデザイン」という小文では、「物事の本質を捉え、それをアカの他人にサクサクわかってもらうように提示する」ということを研究の本質として規定しましたが、私としては同じことを言っているつもりです。修士論文・博士論文を書き上げ、その過程で何度もそれを他人に口頭で説明し、そして最終的にはそのトピックに興味をもつ他人に論文を読んで納得してもらうことを主活動とする大学院生活は、このような意味での「研究力」をつける場所だと私は考えています。
このような研究力を「実力」としてつけるなら、その実力は少々トピックや分野が異なれども、応用できるはずです。職場や社会で困った問題が出てきたとき、あるいは問題が何かすらわからないぐらい私たちが困惑しているとき、研究力という実力をもった人は、彼/彼女なりに仮説的に本質を見出し、その仮説が妥当であることを、無理なく私たちに示し、その本質把握でもって私たちの問題解決、問題理解を助けてくれます。異論・反論にも極めてフェアに、客観的に対応し、物事をクールに運営します。このような知的貢献は、現代社会では多くの人に感謝されることでしょう。大学院ではこのように社会で通用する研究力をつけてください。
しかしそうはいっても、研究はなかなか進みません。トピックをどう見つければいいのか、見つけてもそれをどうリサーチ・クエスチョンにまで絞り込めばいいのか、自分なりの主張(解答)を示すにせよ、それをどう証拠・根拠づければいいのか、異論・反論にはどう対応すればいいのか、ノート・カードはどうとればいいのか、引用はどのようにするのが適切なのか、草稿はどう書き始めるのか、草稿をどのように推敲すればいいのか、タイトル・アブストラクト・イントロダクション・結論などは本来どうあるべきなのか、わかりやすい図表とはどのようなものか、論文にふさわしい文体とはどのようなものか、そもそも研究とはどのような倫理に基づいて行なわれているものなのか・・・こういった基礎的だけれど根本的で、おそらく研究者を一生悩ませるような問題は、従来、多くが見よう見まねで学ばれてきたのではないでしょうか。しかしこういったことは研究生活の最初にきちんと体系的に学んでおくべきかと思います。
そこでお薦めするのが、このW. Booth, G. Colomb & J. WilliamsによるThe Craft of Research (Second Edition), The University of Chicago Pressです。上のような問題に関して、初学者に親切に具体的に道筋を示します。しかも特定の学問分野にこだわらず様々な例そしてバリエーションを出して説明していますから、決して押し付けがましくなく、説得力があります。極めて平易な文章で書かれていますから、大学一年生でも読めるはずです。本来なら卒論を書き始める前の学部二年生か三年生のうちに読んでおきたい本です。私は今年、この本を大学院生新入生に読ませていますが、院生は口々に「読んでよかった」、「卒論を書く前に読んでおきたかった」などと口々に好意的な評を述べております。私自身、論文の書き方に関する和書は指導するためにそれなりに読んだつもりですが、この本は抜群にいいです。心からお薦めします。
大学院いや学部でも論文を書く場合は、ただ指導教員に言われるから、卒業・修了要件にあるから、といった外発的で表面的な理由で書かないでください。それではあなたに「実力」がつきません。社会で通用する研究力を効果的に身につけるために本書の一読を強くお薦めする次第です。


⇒アマゾンへ

⇒この本は2008年4月に第三版が刊行されました



教養の幅とよい論考について (2005/7/21)

学生さんの論文指導をしていると、教養の幅というのは本当に大切で必要なのだなと思わされます。ここでは今後の指導と自分の反省のために、理系的素養に乏しい人の論考と文系的素養に乏しい人の論考の特徴を短く書いておこうと思います。

理系的素養に乏しい人の論考の特徴

理系的素養に乏しい人の論考の特徴は、論考がstructure(構造、建築物)になっていないことです。自分の興味のあることを数点書きますが、それらがポツポツと点描のように言及されているだけで、それらの間の関係はどうなっているのか、なぜその順番で述べるのか、その順番で述べられることによりテーマは発展しているのかといったことに対する配慮がほとんどありません。部分が孤立したままに並べられているだけのそのような書き物はstructure(構造、建築物)となっていません。

よい論考とは、各部分が必然的に結びつき、その結びつきにより全体が堅牢な説得力を持つものです。それは、どの部分を叩いても、それが他の部分と機能的に結合しているために、決して揺らぐことのないstructure(構造、建築物)に似ています。どこを叩いても矛盾がでません。

そのような論考のイメージは数学の証明で得られるかもしれません。数学的証明は誰もが反駁できず、承服せざるを得ないものです。私自身は高校時代から数学が苦手で、証明問題も得意ではありませんでしたが、大学院時代に統計の自学自習で、高校数学に立ち返って復習したり、当時はやっていたコンピュータ言語のBASICで極めて初歩的な構造化プログラミング(もどき)を学び、フローチャートで考え、バグに非論理的な記述を教えられたり、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』で1, 1.1, 1.2, 1.2.1, 1.2.2, 1.3, 2...といった命題番号で論理の順序と階層関係を厳密にした論考の仕方を学んだりして、なんとかかんとか(極めて不十分ながらも)論理的思考の仕方を学びました。理系的素養に乏しい学生さんは、このような思考法になれてください。

具体的には論理学や数学や統計学の(ハウツーものではない)良質の啓蒙書を読んだりすればいいのでしょうか。あるいは主張(claim)には、常に証拠(evidence)と根拠(warrant)をつける習慣を徹底的にすればよいのでしょうか。論のつながりを常に意識すればいいのでしょうか。とにかくこういった点での自分の論考の弱さを自覚して、それを改善する工夫を常に行ってください。

追記(2005/12/14):理系的素養に乏しい人間として、私が個人的に非常に啓発的な読み物として読んだのが、大村平さんによる一連のシリーズです。彼の著作はロングセラーとして定評があります。とりあえず、『確率のはなし』、『統計のはなし』、『実験計画と分散分析のはなし』、『多変量解析のはなし』を読んでみてください。ただし、こういった本を読む場合は、「速読」や「なんとなくわかる」読みをしないでください。一ページ、一ページ、納得するまでよく考えて、必要ならばノートを取りながら読んでください。そういった地道な勉強が、文系的人間が、少しでも理系的素養を身に付けるために一番必要なことだと思います。なお、これらの本で得られる知識は、テクニカルな知識だけにとどまらず、人生を生きる上でも重要な教養となるものです。


文系的素養に乏しい人の論考の特徴

文系的素養に乏しい人の論考の特徴は、論考が薄っぺらで、形式的には反論しがたいが、なんともまあ読んでいて面白くなく何も教えられることがないことです。論考の上で重要な用語に、恣意的な操作的定義を与えたら、後はそれに基づく測定データをひたすら列挙して、それ自身は正しい統計手法を次々に駆使し、厳密で空虚な論文を量産します。

よい論考とは重要用語の概念が豊かに掘り起こされた上で、明確に定義され、その用語が概念の豊かさと明確さを失わないままに論考に使われ、その用語概念がさらに展開してゆくものであると私は考えます。

そのような論考は(数量的研究に偏る以前の)社会科学の古典に見られるかもしれません。また哲学の古典に見られるのかもしれません。文系的素養に乏しい皆さんは、人文社会系の古典について、とりあえず良質の入門書から学んでみてください。各出版社から出されている新書でしたら値段も安いですし現代的テーマでとっつきやすいでしょうから、本屋に行くたびに新書コーナーを物色し、少しでも面白そうだったら身銭を切って購入して読んでみて下さい(ただ人文社会系の入門書は玉石混交ですからご注意を)。

要は理系的素養も文系的素養も必要なのです。どちらかに偏ることなく教養を広め、深めましょう。


英語教育関係者が研究の方法論に親しむために (2005/4/5)
(以後、随時追加・変更しています)


英語教育研究がどのようにあるべきか、ということに関しては慎重な議論と、複数の解答を受け入れる姿勢が必要だと思います。私個人は哲学的枠組みから、総合的・全体的にアプローチしてゆく方法を選んでいますが、これが少数派にすぎないことは十二分に自覚しています。

多数派は、心理学研究の方法論を範とする研究でしょう。その多くは統計のロジックを用います。そのような多数派の人たちが言っていることに関しては、少なくともそれを理解するべきです。

また、英語教育がきわめて実践的な分野である以上、いわゆるアクション・リサーチの方法論ももっと普及するべきだと思います。

さらには英語教育には社会・政治・経済・歴史・文化といった社会科学的なアプローチも必要でしょう。

加えて、そのような「べき論」はさておき、卒業論文や修士論文を書かなければならない学生さんや、実践を研究にまとめることを求められた現場教師は、「どうやって研究を進めればいいのか」ということでしばしば途方にくれているのも現実です。明らかに適切なガイダンスが必要です。

ここではそのような認識に基づいて、英語教育関係者が、とりあえず研究の方法論に親しむための7冊と若干の追加を挙げておきます。番号順に7冊を読んでいくことが、学部3-4年生、大学院新入生、あるいは現場教師の皆さんにとって適切かと思いますが、これはあくまでも私個人の意見に過ぎませんので、皆さんは適宜取捨選択して読書を進めていってください。

※0レベルの本は基本中の基本です。必ず自分で買って手元に置き、何度も読み直してください!
一冊だけ読むのならW. Booth, G. Colomb & J. Williams The Craft of Research (The University of Chicago Press)をお薦めします。

0-- 金出武雄『素人のように考え、玄人として実行する』(PHP文庫)
超一流の研究者が研究や論文についての非常に本質的なことを、様々な短いエピソードを通じてわかりやすく伝えてくれる良書です。ぜひ読んでください。⇒柳瀬の紹介記事へ

0- 酒井聡樹(2007)『これからレポート・卒論を書く若者のために』(共立出版)

とてもわかりやすく大切なことが書かれた良書です。高校生でも読めます。同じ著者による(2006)『これから論文を書く若者のために(大改訂増補版)』(共立出版)を、高校生・大学生に専攻分野を問わずに読んでもらえるように書かれた本といえるでしょう。お薦めです。
ただ一カ所だけ私が賛成できないのは、この本は論文が書けない場合は一気にとにかく書いてしまえというアドバイスを出しているところです。ロジックがストレートに立てられる自然科学の論文でしたらそうでしょうが、概念が複雑で錯綜し一筋縄ではいかない人文系の論考を行う場合は、一気に書き上げてしまうと、わけのわからないものができあがってしまい、結局時間を無駄にしてしまう場合が多々あります。人文系の論考こそブレーンストーミングを徹底的に行い、ノートに自由に書きつけるだけでなく、、KJ法京大式カードアウトラインプロセッサなどを丁寧に使いこなして、全体構造を明確に把握してから書くべきだと私は考えています(まあ、それでも何度も書き直したりしなければならないのですが)。
⇒この本についてある学部生が短くまとめてくれました。そのレポートはここからダウンロードできます

0 戸田山和久(2002)『論文の教室 レポートから卒論まで』(NHKブックス)
そもそも「論文」と呼ばれるジャンルの文章がどのような文章がよくわかっていない人は、この本から始めてください。

0+伊丹敬之(2001)『創造的論文の書き方』有斐閣
本書を読んで、レポートと論文の違いをを学び、そして自分で論文テーマで格闘しながら、何度かこの本を読み直してください。⇒柳瀬の紹介記事へ

0++ 酒井聡樹(2006)『これから論文を書く若者のために(大改訂増補版)』(共立出版)
きちんとした修士論文・博士論文を書くためには必読書といっていいでしょう。この本を読むと、論文を書くというのは、きわめて社会的な行為であり、自分で知的満足を得るだけではいけず、「読者」に「わかりやすく」書くことが重要であるということがよくわかります(私も勉強になりました)。「論文」の「読者」、「わかりやすさ」とは何かということが解説されます。第四部→第三部→第一部→第二部と読み進めていったらいいかもしれません。特に、論文の「イントロダクション」と「考察」の書き方に関しては非常に勉強になります。ただし自然科学の量的研究の論文の書き方についての本ですので、人文系の論文の書き方に関しては、他の考え方やノウハウが必要かと思います。とはいえ、人文系の研究者も何度も読むべき本だと私は思います。

0+++ 北米留学上級技術マニュアル
このウェブの研究者の卵の長期作戦(http://members.at.infoseek.co.jp/sa_yoshi/ryuugaku/research-skill.html)と研究業績を築く(http://members.at.infoseek.co.jp/sa_yoshi/ryuugaku/research-record.html)は、大学院生なら必ず読んでおいてください。


1 ハーバート・W・セリガー、イラーナ・ショハミー著、土屋武久、森田彰、星美季、狩野紀子訳 (2001)『外国語教育リサーチマニュアル』大修館書店 
まずリサーチとはどのようなものであり、かつ英語教育研究といった分野ではどのような種類のリサーチがありうるのか、といったことから理解する最初の入門書としてこの本を薦めておきます。「外国語教育とは、言語理論、教育学、母語習得、心理学、その他多くの他領域の知見を援用する研究領域である。しかし、こうした関連領域のいずれかの研究枠組みをそのまま採用することはできない。研究課題を調べるうえでさまざまなアプローチが可能となるような、柔軟性をもった独自の研究方法を、研究者自身が開発しなければならないのである」(44ページ)というのがこの本の基本姿勢です。

1+ 西川純(1999)『実証的教育研究の技法』大学教育出版
「とにかく短くてわかりやすい本を読みたい」というのならこの本がいいかもしれません。

2 James Dean Brown (1988) Understanding Research in Second Language Learning Cambridge University Press.
論文とはどのように構成されているのか、統計のロジックの基本中の基本とは何か、といったことをわかりやすく説明している本です。特にChapter 5は論文の基本事項が書かれてあります。

3 南風原朝和、市川伸一、下山晴彦編 (2001)『心理学研究法入門』東京大学出版会 
いわゆる「実験研究」だけでなく、「調査研究」、「実践研究」も積極的に取り上げた良質の入門書です。いい本ですので身銭を切って買うことを強くお薦めします。ただ数式を使った統計の説明は、数学嫌いの人にはとっつきにくいかもしれませんので、次の4の本を読んでください。

3+ 吉田寿夫編著『心理学研究法の新しいかたち』誠信書房
上の本などで標準的な心理学研究法をいったん学んで読んでみると面白いかと思います。⇒柳瀬の紹介記事

4 吉田寿夫 (1998)『本当にわかりやすいすごく大切なことが書いてあるごく初歩の統計の本』北大路書房 
「数式を用いた厳密な説明よりも、多少ラフになっても、各分析法の意味や考え方を感覚的に理解してもらうことを心がけ」たこの本は、数学が不得意な私のような読者にとっては非常にわかりやすい本です。2の次に読む統計の入門書としてお薦めします。また上に述べた大村平の一連の本もお薦めです。

5 三浦省五監修、前田啓朗、山森光陽編著、磯田貴道、廣森友人著 (2004)『英語教師のための教育データ分析入門』大修館書店 
著者たちの「教壇に立って校務をこなしてきた経験や、統計に詳しいためこれまで幾度となく多方面から寄せられた質問に答えてきた経験、そして研究成果を実勢に論文などにまとめて学会で認められてきた経験」などから、徹底的に実用的に書かれたこの本は非常に便利です。特に第18章「分析結果の書き方ガイド」などは論文を書こうとする際に重宝するでしょう。統計の基本から多変量解析まで簡単な説明がなされています。

5+ 森敏昭、吉田寿夫編著(1990)『心理学のためのデータ解析テクニカルブック』北大路書房 
4と5はわかりやすさを優先させた本なので、テクニカルなマニュアルとしては本書のような本を手元においておくとよいでしょう。(実際にはSPSSなどの統計ソフトに習熟してゆくことが求められますが、そういったことについてはいつかまた別稿で)

6 Anne Burns (1999) Collaborative Action Research for English Language Teachers Cambridge University Press
アクション・リサーチの理論的背景から、具体的な進め方に至るまでをわかりやすくまとめた本です。

6+ 横溝紳一郎 (2000)『日本語教師のためのアクション・リサーチ』凡人社 
実践に即したアクション・リサーチを志向するためには格好の入門書です。

6++ 佐野正之編著 (2000)『アクション・リサーチのすすめ』大修館書店 
やや心理学研究寄りのアクション・リサーチと言えるかもしれませんが、それだけに多くの人には取っ付きやすいかもしれません。

6+++ Donald A. Schon (1983) The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action. Basic Books
"Reflection", "practice"といった概念を考えるための現代の古典だと思います。翻訳も出ていますが(ドナルド・ショーン著、佐藤学・秋田喜代美訳(2001)『専門家の知恵』ゆみる出版)抄訳です。

7 D.シュワーブ、B.シュワーブ、高橋雅治著(1998)『初めての心理学英語論文』北大路書房 
心理学論文を英語で書くための本ですが、研究者としての行動様式、審査論文への投稿作法など、日本語で英語教育の論文を書くことにも役立つ情報が沢山掲載されています(もちろん英語を書くためのノウハウも沢山あります)。

追記

8 論文・レポート作成必携編集委員会『近代文学現代文学論文・レポート作成必携』 学燈社
「文学研究の論文を書くためには、よくこの本が参照されている」との情報提供を受けましたので、ここに掲載しておきます。

9 小森陽一監修『研究する意味』東京図書

人文・社会系の研究者として自立・自律するということはどういうことかを考えるために読んでください。特に博士課程後期への進学を考えている方はぜひ。⇒柳瀬の紹介記事へ




質的研究の普及のために(2005/9/17)⇒この記事は「独立したファイル」に移動しました。(2006/4/4)


教育研究のあり方について (2009/03/24)

教育実践を志向した研究を進めるにあたって考えておくべきことをパワーポイントスライドにまとめました(本来、この資料は2009年3月24日に広島大学附属三原中学校で私がお話しさせていただく際に使ったものです。当日は中学校の先生方だけでなく、小学校、幼稚園の先生方もお越しくださったので私としては非常に面白くコミュニケーションができました)。
この「教育」で書いている他の記事と重複するところも多々ありますが、ひとつのまとめとして使えるかもしれませんので、ここでも公開します。

ご興味がある方はここからダウンロードしてください。



大学院での勉強を考えている人のためのQ&A (2006/2/22)
ここに示されている見解は、柳瀬個人によるもので、広島大学や「教英」(私たちは自分の講座をこう呼んでいます)の公式見解ではありません。

Q1:「博士課程前期」、「博士課程後期」、「研究生」、「科目等履修生」の違いがよくわかりません。
A1:「博士課程前期」とは修士号を取るためのものです。修士論文(英語による最低50ページ以上の学術論文)を書くコースと、課題研究報告書(日本語による報告書。第1-3セメスターで提出する3つのタームペーパーおよびそのまとめとして第4セメスターで提出する報告書の四つから構成される)を書くコースがあります。「博士課程後期」へ進学するためには、修士論文を英語で書くことが必要条件の一つと広大教英ではなっていますので、コース選択の時に気をつけてください。受験対策に関しては下のQ2をご覧ください。なお修士論文を英語で書いたからといって博士課程後期に進学する必要などはもちろんありません。ですが、修士論文を書く人は、修士課程に在籍中にぜひそのテーマで学会発表をすることを個人的には期待しています。
「博士課程後期」は博士号を取るためのものです。受験は面接ですが、その人が博士号を取るだけの能力と研究計画を持っているかが重視されます。具体的には博士号を取るためには、広大では全国的あるいは国際的な学会誌で二本以上関連テーマで公刊することが必要条件の一つとなっていますので、面接ではその見通しが得られる能力と研究計画を持っているかを確かめることが重要になります。博士論文は英語でも日本語でもどちらで書いてもかまいません。(ちなみに柳瀬はまだ勉強・業績不足で、博士号認定のための主査(主任指導教員)となるための資格を持っていませんから、博士課程後期進学に関する責任を持った個人的回答はできません)。なお博士号を取得した人は、研究者として学界で活躍することを期待されているわけですから、どうぞ一度は有馬朗人『研究者』、『研究力』、林周二『研究者という職業』(いずれも東京図書)、小森陽一監修『研究する意味』東京図書といった本を読んでおいてください。ちなみに前二書からのいくつかの引用は「言葉01」にあります。
「研究生」とは特定の教員の指導のもとに研究を進めるものです。具体的な研究テーマが決まっているが、何らかの理由で大学院生・学部生となれない人が主な対象になります。指導は基本的に、教員の個人的な指導となりますので、予め指導を願いたい教員と連絡をとり、十分に話し合いをしてください。
「科目等履修生」は、特定の授業科目(学部・大学院)だけの聴講をするものです。単位認定も可能です。これに関しても授業担当教員の承認(印鑑)が必要ですので、予め聴講したい授業の担当教員と連絡を取ってください。
なおどの制度にせよ、申し込み締切・試験日・必要書類・検定料などに関しては広大ホームページ(http://www.hiroshima-u.ac.jp/index-j.html)でチェックし、電話:082-424-6719、メールe-mail:kyoiku-gaku-sien@office.hiroshima-u.ac.jp(広島大学大学院教育学研究科学生支援グループ))で必ず御確認ください。いくら意欲・学力があっても、事務手続きがきちんとしていなければ入学・受講はできません。また教英の教員に関する情報は教英ホームページ(http://home.hiroshima-u.ac.jp/delce/staff/prof-introduction.html)および上述の広大ホームページを御参照ください。

Q2:博士課程前期(修士)入試のための受験勉強はどのような対策をすればいいのでしょうか。
A2:試験は9月と2月にありますが、必ず事前に教育学研究科の事務局(学生支援グループ・大学院担当)で、過去の問題をコピーし、基本的にどんなことが問われているかをチェックし、その対策をきちんとしてください。問題は、数種類の大問から構成されており、その構成はここ数年変わっていません。大問それぞれの分野の勉強はきちんとし、著しく得点が低い分野がないようにしてください(著しく得点が低い分野の挽回を他の分野の高得点で行うことは非常に困難です)。面接では研究計画が重視されます。「研究とは何か」、「研究方法にはどのようなものがあるか」、「自分の研究計画は適切なものか」についてのある程度の自己理解が必要です。(これに関してはこのページにある英語教育関係者が心理学とアクション・リサーチの方法論に親しむための7冊+α および質的研究の普及のためにをお読みいただければと個人的には思っています)。また研究計画書は重要です。時々、「私はこんなことを研究したい」という漠然とした願いだけを列挙した書類を提出する人がいますが、それでは合格がおぼつきません。「研究」として成立しそうな計画を提示してください。

Q3:他大学や他専攻の出身者は不利に扱われるのでしょうか。
A3:いいえ、入学試験は公正に行われます。広大「教英」の学部生だけがひいきされることは断じてありません。出身大学や専攻の名前だけで判断されることはありません。
しかし、ということは、入学試験のペーパー試験で主に見られる英語教育に関する学力、面接試験で主に見られる研究に関する識見に関しては、公正に判断されるということです。ですから、これまで英語教育とは無関係な学業生活を送ってきた人は、きちんと受験勉強をしなければ合格は難しいということになります。とはいえ、私たちは面接では、他専攻出身の人の潜在力をできるだけ見極めようとしています。そういった意味で、他専攻出身の人は頑張ってください。もし勉強をきちんとしたいなら「学士入学」(学部三年次に編入する)をお勧めします。また社会人生活をなさっている方には「社会人枠」がありますので、ぜひそちらで受験してください。

Q4:大学院生活は厳しいものでしょうか。
A4:「はい」と答えます。甘言を弄したいのはやまやまですが、修士号・博士号は国際的な資格です。またしばしば修士号の有無で就職の機会や給料の多寡に差がつきます。したがいまして、その肩書きにふさわしくない学力・識見・人格の者に修士号・博士号を与えるのは、古今東西の大学・大学院・職場に対する信義違反となります。私たちはできるだけきちんとした教育をし、また自らもできるだけきちんとした研究をして、社会から信頼される大学院を作ることを毎日の目標にしています。(ちなみに私自身は、自分の地位・肩書きにふさわしい研究力・識見・人格を持っているとは自分でとても思えませんので、せめて、できるだけ毎日努力だけはしようとしています)。
しかし、私たちは徒に大学院生活を厳しくしようとしているのではありません。大学院生は学部生同様、必要や要望に応じた個人面談・指導が受けられますし、各教員はできるだけ個々人の良いところを伸ばそうとしています。また大学院生同士の学業・学業外の付き合いも楽しいものです。
私が観察するところ、大学院生活を「厳しい」と感じる人は次のような点で苦しんでいるように思えます。

(1)大量の学術的文献(英語・日本語)を読まなくてはならない:それまできちんと本を読んでこなかった人が、いきなり大量の学術的文献を読むはめになると苦しみます。学術的文献、特に論文は、論を追ってきちんと読まなければ意味がわからないからです。これまで「日本語では速読ができる」と思っていた人も、もしその「速読」が、いいかげんな読み方に過ぎなかったら、最初は学術的文献を読むことには苦しむと思います。また、「自分は留学経験があるから英語は大丈夫。TOEICの得点もまあまあだし」と思っていた人も、英語で学術的な文献を読んだことがなかったら、当初は文献読解に苦しむと思います。しかし学術的文献とは実は、複雑なことをできるだけ簡明に書いたものです。学術論文を読む技量は、あなたの知的能力を飛躍的に向上させます。頑張って、入学前からきちんと学術的な読み物を読んでいてください。
「そうは言われても、私は学者になるつもりはないし・・・・」とまだ、逡巡されている人もいるかもしれません。しかし高度知識社会の現代では、一般市民にも高度なリテラシーが要求されます。たとえば契約書、あるいは法律文書。市民生活をしていて、こういった文書を正確に理解することは必要です。これらの文書の文章は、通常、とても複雑です。ですが、その複雑さは、万人に遺漏なく説明をするために必然的に生じたものです。契約や法律においては、「わからなかったけど、ハンコを押した」という言い訳は通常認められません(もちろん詐欺罪というのはあるのですが)。そういった市民生活にも必要なリテラシーを身につけるためにも、今は文献をきちんと読む訓練を大切にしてください。

(2)学術的な思考法に慣れなければならない:学術的な思考法は、日常生活での思考法と異なります。日常会話では「英語授業をがんばろー!」で済んでいたことも、学術的な語り合いでは、問題を分析し、その原因・解決法を考案し、吟味し、それを実証し、検討し、反省し・・・などと、一見非常に回りくどい思考法を取ります。いわゆる「研究の方法論」に従った思考法を取るわけです。このような思考法には最初は慣れないのでとまどうかもしれません。
それにしてもなぜそのような面倒くさい思考法を学ばなければならないのでしょうか。それはあなたが「客観性」を身につけるためです。
「客観性」とは、ここでは「できるだけ多くの人が納得できること」と言い換えておきます。あなたの「英語授業をがんばろー!」という言葉は仲の良い友人にはよく理解してもらえますでしょうが、あなたを知らない人にとっては、単なる掛け声にしか聞こえません。そんな人にもあなたの思いを正確に伝えるためには、あなたの語りの「客観性」を高めなければなりません。そのためにマスターすることが研究の方法論であり、学術的な思考法なのです。最初は慣れないかもしれませんが、慣れると学術的な思考法と日常的な思考法の間を自由に行き来することができるようになり、あなたの人生の幅と可能性が広がります(ちなみに学術的な思考法しか取れない人は「学者馬鹿」と呼ばれます)。ぜひ日常的な思考法に加えて、学術的な思考法も身につけてください。それはあなたの客観性を高め、あなたはより多くの人により信頼される人となるでしょう。優れた現場教師の方々を見ていると、彼/彼女らは仮に学術的な装いは持っていないとしても、とても客観的な態度を持っていることに気づきます。あなたの客観性を高めるというのは、実践者として成長するのにも重要な一つの要素です。

(3)「書く」ことを学ばなければならない:大学院の授業では、学生さんによる発表が多く求められ、たいていの場合、発表の際にはレジメと称される書面の資料を同時に提出することが進められます。なぜ書き物が求められるかというと、それはきちんと書かないと、上でも述べた正確な学術論文の読解、学術的な思考法の習得がなされているかどうかがわかりにくいからです。しかし上記の(1)と(2)のポイントを踏まえた上で、きちんと書く訓練を受けた学部生というのは、残念ながらまだ少ない状況です。それどころか、パラグラフライティングでさえ、その定義は知っているものの、自らは実践できない学生さんも多くいます。そういった学生さんにとっては、当初、「書くこと」、つまり、正確な理解に基づき、客観的な説得力を持ち、多くの見知らぬ人にも納得してもらえる発表をすることは難しく感じられます。
ちなみに個人的な見解ですが、発表は、次の順に難しくなります。(a)聞き手と対話をしながらの口頭説明、(b)書面資料が全くない口頭発表、(c)パワーポイントを使っての口頭発表、(d)レジメを使っての口頭発表、(e)論文公刊。もちろん最初はできるだけ簡単な手段で発表することが現実的です。ですが、簡単な発表手段は、実は、他人も自分もごまかしやすい発表手段でもあります。(a)は、実は、話し手でなく、聞き手の知性に頼った発表かもしれません。(b)や(c)は、その瞬間ごとには意味が取れても、よくよく吟味すれば前後関係がおかしい発表も許容してしまうところがあります(特に(c)は見映えがいいだけに注意が必要です)。(d)は細部のつめの甘さを隠してしまいがちです。学界ではもっぱら論文が重視されるのはこういった理由があります。
しかしなぜそんなに大変な論文執筆をする必要があるのでしょうか。それは(e)といった、自分には厳しく、しかし他人には親切な表現方法に習熟していると、(d)から(a)といった簡単な発表もより適切・正確・簡潔にできるようになるからです。ここでもあなたの人生の幅と可能性が広がります(もちろん、(e)のような書き物・語り方しかできない人は「学者馬鹿」です。私たちは「学者馬鹿」を育てようとしているのではありません)。
きちんと読み、考え、書くことは大学院教育の本質です。この本質をいいかげんにしたまま獲得する学位には意味がありません。それは自分と他人をごまかし、結局は誰のためにもなりません。大学院進学予定者の皆さんは、こういった本質的な学びに関して、入学前から少しずつ努力を重ねていってください。そうした学びこそは、自他共を幸福にし、社会に貢献できる人材を育てることにつながると私は固く信じています。

(4)自ら調べる習慣と能力を身につけなければならない:現代は高度知識社会です。わからないことは自ら調べ上げる習慣と能力ことが必須です。幸い現在は、インターネット上だけでもかなりのことを調べ上げることができます(ただインターネットだけでしか情報収集をしないというのは明らかに偏った、間違った態度です)。
私はあるところで「コンピュータリテラシー」という小文を書いたことがありますが(大修館書店『英語教育』2005年5月号)、その小文は、この文脈でも活きると思いますので、以下に引用します。

コンピュータ・リテラシー
 「PDF」「MP3」といった用語は本誌の読者にとっては周知の語だと思う。だが、もしコンピュータは苦手とされるなら、少しでもコンピュータに慣れた方がいいだろう。仕事の能率が断然に違うからだ。でもどうやってコンピュータのことを学ぼう?答えは簡単。コンピュータに聞けばいい。コンピュータのことはコンピュータから習うに限る。
 インターネット検索エンジンのGoogleを使ったことがない、という方はもうさすがにいらっしゃらないだろうが、案外多くの方が、使いこなし方をあまり考えずに使っている。例えば検索キーワードを「MP3」とするのではなく「MP3とは」とするだけで、知りたいキーワードの解説が書かれたホームページにたどり着きやすくなる(たどりついたらさらに、キーワードのコントロール・キー(Ctrl)とfのキーを同時に押して、検索機能によってそのキーワードを探すと早い)。その他にもキーワードを二重引用符" "で挟む方法、キーワードの前に−をつける方法、「キャッシュ」を使ってキーワードを一覧する方法、特定のドメインの中だけで検索をする方法などは、Googleの「検索方法とヘルプ」や「検索オプション」に解説してある。それから最も大切なことはキーワードにできるだけ具体的なものを選ぶこと。これらのことを知って徹底するだけで、私たちのコンピュータ・リテラシー(コンピュータを使いこなす能力)はずいぶんあがるはずだ。
 私たちはコンピュータに困ると、ともすればすぐにコンピュータに詳しい人に尋ねてしまう。頼り頼られる関係というのは良いものだが、それがあまりに一方的になると、頼られる方は大変だ(しかも頼られる方は多くの人から集中的に尋ねられたりしている)。それだけでなく、実は私たちも、人に尋ねてばかりいることによって貴重な学習機会を失っている。コンピュータに詳しい方に、どうやって勉強をしたのかと聞くと、自分でいろいろやっているうちに詳しくなったという答えが返ってくることが多い。自らインターネット(それから忘れてはいけない。各ソフトのヘルプ画面!)から学ぼうとすると、それなりに回り道をしたりすることもあるが、その回り道が貴重な学びになることも多い。ぜひコンピュータ・リテラシーは、コンピュータの力を借りて、できるだけ自助の精神で身につけよう。

もちろん自ら調べ上げる内容はコンピュータのことだけにとどまらず、英語教育のこと、言語学のこと、統計のこと、など多岐にわたるでしょう。上にも述べましたように、調べる対象もインターネットだけではありません(また、Googleが万能だと思うのも明らかに間違いです。Googleにひっかからないページはたくさんあります)。図書館で調べることは伝統的な調査法です。
私がここで強調したいのは、どんな手段にせよ、とりあえずは他人の助けを借りずに、自ら調べ上げる習慣と能力が大切だということです。ところが残念なことに、最近の若い人はこの習慣と能力に欠ける場合が多く、すぐに誰かに「教えてください」とお願いばかりしてしまいます。そういったお願いをするのは、ある程度自助努力をした後にしないと、自分の能力も伸びないだけでなく、他人にも迷惑がかかってしまいます。自力で調べ上げる習慣と能力はできるだけ育んでください。そうして自己努力している人には、周りからも援助がくるでしょう。Heaven helps those who help themselves!

(5)打たれ強くならなければならない:大学院のゼミ(「特研」)では時に厳しい批判がきます。これを嫌がる人や、批判には自己防衛ばかりで対応する人は伸びません。批判は誰だってされるのは嫌なものです(正直、私だってそれほど好きではありません)。でも、批判なしに人間が成長することは難しいです。もちろん、私を含めた教員は、できるだけ優しく丁寧に指導しようと心がけています(Σ(^∇^;)えええええ〜)。
学校教員の努めは、できるだけ受け入れやすい形で、学ぶことを指導するだとも考えています。しかし、大学院は、社会(研究職・教職・一般職)に出る直前の教育機関です。社会に出れば、若い人は、多くの職場で、怒られながら叱られながら(ときには泣きながら)学ばなければなりません(悲しいけれどそれが現実です)。優しい指導はできるだけ心がけますが、ダメなものはダメと時にははっきり言うことが、大学院教員の仕事だと私は考えます。そうしないと社会に出た修了生が、プライドばかりは高いけれど、すぐに「折れて」、挫折してしまうようになるのではと懸念します。
もちろん、こちらも批判するとき、あるいはめったにありませんが、叱責するときは細心の注意を払っています。学生さんが精神的・身体的に追い詰められているときの批判や叱責はしません。でも、いける、これなら批判を受け入れそうだ、と判断したら、しっかり批判します。逆にいいますと、少なくとも私が批判・叱責をする人は、期待している学生・信頼している学生です。打たれ強くなってください。( ̄△ ̄#) ウラー
その点、私にとって理想的なのは「いじり、いじられる」関係です。( ̄ー ̄)v
批判すること、されることを、ギャグにできたら、とてもやりやすいです。
というわけで、院生は、ちゃんとテレビのお笑い番組も見ること。
以上!(TへTゞ

Q5:大学院入学前に読むべき本を具体的に教えてください。
A5:日本の英語教育の実践と研究の動向を知りたかったら、大修館書店から出ている月刊誌の『英語教育』を購読して読んでください(これまで読んだことがなければ数年分のバックナンバーを速読してみてください)。また日本英語検定協会が出している「STEP英語情報」(隔月刊 1年分(6部)2500円)にも貴重な情報が掲載されています。この購読の申し込みは、あなたの住所・名前・電話番号・ファックス番号を明記したファックスを03-3266-6765に送付してください。
専門用語を知りたかったら、最低限、『英語教育用語辞典』(大修館書店)とLongman Dictionary of Language Teaching and Applied Linguistics (Longman)は常時手元に置いて、用語の意味を確認してください(それぞれ一度は通読することをお勧めします)
ただ、上の辞典では説明が物足りない時も多々ありますので、個人的には『応用言語学辞典』(研究社)、『英語学要語辞典』(研究社)、The Encyclopedic Dictionary of Applied Linguistics (Blackwell)、A Dictionary of Linguistics & Phonetics(Blackwell)などを使うことをお勧めします。
入門書としてはロングセラーではPrinciples of Language Learning and Teaching (Prentice Hall)、比較的新しいところでは The Cambridge Guide to Teaching English to Speakers of Other Languages (Cambiridge University Press)やなどがありますが、良書は次々に出版されていますので、それらを自分でチェックして読んでみてください。(これも調べる能力のうちです)。
追記:『文献からみる第二言語習得研究』(開拓社)、『第二言語習得研究の現在』(大修館書店)は、(非常に)広い意味での「第二言語習得」の諸分野を、日本語で分かりやすく解説しているとのことで、入門書として大学院進学予定者に薦めたいという声がありましたので、ここに紹介しておきます。
また、『英語教育評価論』はリサーチクエスチョンをどのように立てるかを考える上での良書だとの意見も寄せられました。私も賛成します。
さらに、私が非常に信頼している(というよりその実践と研究に対して敬服している)現場教師の研究者の方からGeorge Braine(ed) Non-Native Educators in English Language Teaching (Lawrence Erlbaum Assoc Inc)の推薦がありましたので、ここに紹介しておきます。「日本人の立場で、日本の環境で英語教育を語るのであれば必読と思います」とは、その方の推薦理由です。

付記:論文や本を探す場合、海外文献ではERICのデータベース、国内文献なら国立国会図書館のデータベース、、国内にある蔵書ならWebcatのデータベース、国内論文なら国立情報学研究所の論文情報ナビゲータ、広大蔵書ならOPACのデータベース、広大教英蔵書なら教英図書室にあるパソコン(Mac)データベースが便利です。

追記(2006/8/31):もはやGoogle抜きの知的生活は考えられませんが、最近始まった
http://scholar.google.com/
http://books.google.com/
はまた新たに学術活動を大きく変えるのかもしれません。

大学院入学を考えていらっしゃる現職教員の方へ (2008/04/28)

以下の文章は私のところに来た、実際の問い合わせのメールとそれに対する私の応答をもとに、個人情報などが特定されないように再構成した文章です。現職教員の方で大学院で再び勉強をしたいと考えていらっしゃる方のために、問い合わせをされた方の承諾を得た上で、ここに公開します。

Q: 突然のメールをお許しください。大学を卒業して三年目で、現在、○○学校で○○の立場で教えている者です。本日は私のような者が大学院で勉強することについてご相談したくメールを書いております。

今、現場で働いていて感じるのは、 「もっと英語の勉強がしたい」 「今のままではダメだ」 「もっと質の高い英語教育をしたいし、知りたい」 「教採に向けて集中して勉強する時間を確保したい」 「今しか勉強し直す時間はない」 などということです。

現在の状況では、難関大学を目指している生徒がいる一方で、中学英語でつまずいている生徒もいます。そんな中で、受験対策だけに偏らず、英語への苦手意識を取り払ってあげたり、様々なアプローチで授業や英語へ興味付け、そして英語の運用力もつけてあげたり、学部時代に教わったことを自分なりに試行錯誤しながら、かつ結果が求められている模試や大学受験に向けての対策を行っている状態です。

やってあげたいことは多々あります。けれども、自分の研究が浅いため中途半端なまま、生徒に提供することはできません。 個人指導も多数行っているのですが、英作の添削などは本当に時間がかかってしまいます。いろいろなことを考えると、自分の未熟さが結局は生徒にしわ寄せてるなと感じています。

もちろん生徒の指導をしながら、自分も少しずつ成長していると思うのですが今後の長い将来を見据えると、私の目標としている立場になれる前に、今一度2年間勉強し、(チャンスがあればに勤めたりして)、この3年間で忘れてしまった大事なことを思い出し、働いたからこそ、その必要性が分かった専門力の深化させる時間を2年間大学院生として、送っていければいいなと思っています。次こそは、高いモチベーションを保って勉強できると思っています。(学部生の時は本当にさぼっていました...)

生徒を指導しながら、たくさんの助言やフォローもしてきました。 「小さい目標と大きな目標を持て!」 「自分の未熟さに気づくことは大事なこと!」 「迷ったら難しい方を選んで、あとは自分の力を信じる!」 生徒に言いながら、結局は自分に言い聞かせていたのかも知れませんし、生徒の頑張っている姿をみて、自分も目標を高くもち、前にもっと進まなければならないなと気づかされたのかもしれません。 もちろん、今年度も採用試験は受けるのですが、同時に大学院にも挑戦したい。たくさん考えました。 しかし今のままではダメなように思えます。

もちろん、大学院ですから、修論も書かなくてはならないし、 思っているようには、いかないかもしれないのですが、私の一つの進路選択として今、大学院を視野に入れています。 実際、勤務しながら、採用試験の勉強を平行して行うことは非常に自分の中で重荷になっています。 教材研究等を終えて帰るのは22時過ぎ。仕事も持ち帰ることが多いです。それでも採用試験の勉強もしたいので、昨年度より毎週日曜日に○○市まで採用試験対策の講習を受けに行っています。なかなか自主勉強する時間も確保できず、かといって目の前にいる生徒に手をぬくわけにはいかず、両立がうまくいっていない感じです。

長々と個人的なことを書いて失礼しました。先生の方でお気づきの点やアドバイスなどございましたらお返事をいただけたらと思います。


A: お問い合わせありがとうございました。 よりよい教育をしたいという熱意に心からの敬意を払います。

今年度、目標のポジションを得られるように努力するのと平行して大学院受験をしたいとのこと、それも一つの良い案だと思います。

ただ、第一に聞かなくてはならないのは「お金は大丈夫ですか?」ということです。残念ながら正規の学生として勉強をするにはある程度のお金が必要です(私自身は苦学生でしたので、どうしてもこのあたりに敏感になってしまいます)。

ちなみに広島大学教育学研究科で最も普及しているのは日本学生支援機構の奨学金です。

返済の際に利子がつかない「第一種」ですと、現在、月額8.8万円貸与されます。ただしこの第一種は、学力・経済状況などに応じて決定されるため、申請しても認められない場合があります。

利子つきで返済をする「第二種」ですと、これまた現在、月額5万円、8万円、10万円、13万円のうち、どれかを貸与してもらうことを選ぶことができます。この第二種の場合、所得にかなりの余裕がある等の理由がない限りは、申請すればかなりの確率で採用されます。 このあたりを今一度検討してください。(ただし「奨学金」とはいえ、実際は「ローン」です。返済の計画はきちんと立てておいてください)。

仮に、今年度も目標のポジションが得られず、かつお金の目途もつき、大学院受験をすることになったとしましょう。その際に気をつけておくべきことを、以下、順不同で箇条書きします。ただしこれは私の個人的意見ですから、ぜひ他の方にも相談してください(このことに限らず、私は相談やアドバイスは複数の人間から受けるべきだと思っています)。

■〈社会人特別選抜〉枠で受験してください。学部卒業後原則として二年以上が経過していれば〈社会人特別選抜〉で受験することができます。こちらでの受験をお勧めします。

■院試の過去問対策は必ずやっておいてください。院試の問題は、見ていただければわかるように「傾向」があります。院試問題は広島大学大学院教育学研究科の事務局で閲覧することができます。

■いわゆる「教職大学院」(「教育実践」を重んじるコース)ではなく、従来からある大学院のコース(「教育研究」を重んじるコース)を選んだ方がいいと個人的には思います。全国各地で新設されている「教職大学院」は、学部からそのまま上がってきた学生に、現場での経験を少しずつ積ませながら教職の「実践力」をつけることを主眼としていると私は理解しています。これは、すでに現職経験を持っている人には、かなりが無駄(少なくとも重複)になってしまうのではないかと個人的には懸念しています。現職についていてなかなか勉強できないし、研究力が必要だと感じている方に必要なのは、しっかりと一人机に座って勉強する時間だと思います。そのためには新しい「教職大学院」よりも従来型の大学院教育がよいと私は考えます。(ちなみに従来の大学院で修士論文を書きながら非常勤で近くの中学や高校で勤めていた人は多くいます。「現場の実践感覚を忘れないため」あるいは「学費の足しにするため」に非常勤をすることは十分可能です。ただしその分、より厳しいタイムマネジメントが必要になります)。

■修士論文のテーマは必ず自分が本当に必要としている勉強を選んでください。実践経験はあるが、今ひとつ「英語そのもの」を探究する力をつけたいのなら、英語教育内容を扱う「英語教育内容学」をお勧めします。教英の内容学の担当は、中尾浜口中村小野、そして柳瀬です。文学、文化研究、言語学、応用言語学の幅広いテーマの中から自分のテーマを選択することができます。

■複数の指導教員体制を取っているゼミをお勧めします。内容学は、上記の複数教員とそれらのゼミ生が合同でゼミ(「特研」)を毎週行うという特徴を持っています。一人だけの先生について研究を続けるメリットもあるかと思いますが、私は(上記のアドバイスを求める時にも申し上げましたように)、助言、アドバイス、指導などはできるだけ複数の観点から、しかもその複数の観点が同時に提示される開かれた空間(「特研」のゼミ教室)で受けるべきだと思っています。広大の英語教育内容学は開かれた姿勢を常に大切にしています。他の研究室、研究科、他の大学、様々な学会で指導を受けることも常に勧めています。

■最後に、ある大学院生についてお話しさせてください。彼は残念ながら学部時代には決して十分には勉強していませんでした。それでも進学しただけに、大学院入学当初は勉強がとてもきつく感じられて、彼は大学院を辞めることを真剣に考えました(私も手加減せず厳しく接していました)。それでも彼は持ちこたえ、自らの学力不足を正面から認めて(これこそがすごいことです!)、課題研究で勉強を続けました。その勉強の成果の一つとして、一年足らずしかたっていない三月時点でのTOEIC(正式版)で、彼は985点を取りました。ほぼ満点です。誰もが驚く飛躍的な進歩でした。この進歩は彼を一層謙虚にさせ、彼は現在教採に向けて着々と勉強を勧めています。

とりあえず以上でしょうか。もちろん大学院に来さえすれば全てがうまくゆくなどの甘言は弄しません(最近は、教育者までもが「生き残り」のために学生募集の際に甘い言葉ばかりをかけるようになってきていますので、くれぐれもご注意下さい)。最終的には本人の自覚と努力次第です。それがしっかりしていたら別に大学院に来る必要もありません。しかしもし本人に自覚と努力をする覚悟があるならば大学院というのは良い環境の一つとなりうると思います。教師・先輩・同級生・後輩と共にお互いを高めあいながら勉強できるというのは貴重な体験です。広島にお寄りの際は、ぜひお声をおかけ下さい。一度ゆっくりお話ができればと思います。

2008/04/27 柳瀬陽介



柳瀬ゼミでは論文指導をより徹底します (2008/01/23)


1 序論

1.1 テーマ:柳瀬ゼミでは論文指導をより徹底します。論文を書くことを学ぶことは高等教育の中で最も重要なことの一つだと考えるからです。

1.2 定義:「論文」とは、ここでは「問題の本質を発見し、それを的確に提示する文書」であり、「書き手の立場からでなく、徹頭徹尾、読み手の知的利益のために、合理的に書かれた文書」である、と定義します。

1.3 背景:現代社会はますます高度知識化し、物事は複合的になっています。そのため、次々に新しい問題が、予想もしない形で、ましてや解法も全くわからないまま生じています。

1.4 意義:このような現代社会で、物事の本質を発見し、それを的確に他者に伝え、かつ可能な限り合理的(あるいは理性的)にその解決法を提案できる人間が必要とされます。高等教育機関がそのような人間の育成に努力することは今まで以上に重要であると考えられます。

1.5 先行研究(事例):柳瀬ゼミではこれまでホームページの「教育」(http://ha2.seikyou.ne.jp/home/yanase/education.html)で学生さんに論文作成への助言を与えてきましたが、学生さんの苦労している様を見ると、まだまだこのような助言だけでは不十分だと考えられます。一方、そこにも言及されている各種の啓蒙書には素晴らしいものがあることもわかっています。

1.6 仮説(リサーチ・クエスチョン):以下のような読書指導を論文指導の初期に組織的に組み込むことにより、学生さんはより良質な論文をより短時間で書けるようになるのではないかと柳瀬は考えます。

(a) 三年次のゼミ開始時期(残念ながら2月): 戸田山和久 (2002) 『論文の教室』NHK出版を読ませ、その内容に基づいて議論させる。 

(b) 三年次3月: (a) の問題意識に基づき、それぞれの研究計画書(論文構想)を再提出させる。

(c) 四年次4月: 伊丹敬之 (2001) 『創造的論文の書き方』有斐閣を読ませ、自らの論文構想の問題点を具体的に明らかにし、研究計画書(論文構想)を改善させる。

(d) 四年次5月以降: 改善された研究計画書(論文構想)を基に研究を進めさせる。定期的に合同ゼミ・個人面談を行い、研究の進行や微調整の手助けをする。

(e) 四年次11月末: 論文の日本語版を提出する。日本語版の提出は卒業要件にはないが、柳瀬ゼミでは、英語力が十分でないうちには、最初に日本語で徹底的に考え、書き上げることが重要と考えるので、日本語版を提出させる。これは正式版ではないので、引用箇所は英語のままでよいし、参考文献などの諸形式は適当でよい。

(f) 四年次12月: 各章を英語で書き上げるごとに、柳瀬に電子ファイルでその都度提出し、添削を受ける。ちなみに英語を書くということは、日本語版の日本語をそのまま英訳しようとすることではない。日本語版で展開した論証を、英語の発想と語法に従って新たに英語で書き上げること。

(g) 四年時1月:卒論の完成。

<以後は大学院進学者のため>

(h) M1最初の数ヶ月: W. Booth, et al (2003) The Craft of Research University of Chicago Pressを読ませ、論文の発想をさらに学習する(外部からの進学者には (a) と (c) を自学させる。合同ゼミが毎年開かれる留学生特別コースでは、この本とK. Turabin et al. (2007) A Manual for Writers of Research Papers, Theses, and Dissertations University of Chicago Pressを隔年で読むこととする。

(i) それ以降:他教員との合同ゼミ(特研)での発表とその一週間前に行う柳瀬との個人チュートリアルで論文指導を合理的に進める。

2 方法 (詳細は省略)


3 結果 (効果の測定は質的な観察やインタビューによる)。


4 考察 (高等教育における論文指導の実際と意義を再考察する)


5 結論

5.1 結語: 数年後に再総括。

5.2 展望: 他大学のゼミなどとも必要な連携をとりながら、日本の高等教育の底上げを図る。

5.3 限界: これは柳瀬の個人的な試みであり、質的な観察しかしないので、この試みのより客観的かつ批判的な検討が必要である。また三年次の2月からゼミがスタートするというのは遅すぎるのではないかとも考えられるので、この改善を考える必要があるかもしれない


コンピュータで自分の英語をチェックする (2008/11/05)

もしあなたが英語教育に関して、どんなに素晴らしい理屈を日本語で説いたとしても、英語教師としては、とにかく、どれだけ学習者を英語力の点で伸ばすことができるかで判断されます。そのためには人間理解・生徒理解がベースになるかと思いますが、教師自身の英語力が必要であることは間違いありません。

教師の英語力は、彼/彼女自身が行なう英語のライティングで端的に示されます。いくらTOEICなどで高得点を取っていても、英語を書いたらズタズタだったという例は多くあります。ネイティブスピーカー信仰に走る必要はありませんが、ある程度の標準的なリテラシーは英語においてもつけておく必要があります。

そのためには日頃から自分で英語を書いたら、コンピュータを使ってそれをマメにチェックする習慣をつけておいて下さい。特に英文を誰かに・どこかに提出する場合は、自分でできる限りのチェックはすべて必ず行なって下さい。そうしないと有料・無料を問わず、添削を依頼しても、十分な添削はしてもらえません。また、何よりもそうやってこまめに調べる中で、思わぬ発見があったりします。その発見の喜びと積み重ねこそが英語の学習です。どうぞコンピュータをフルに使って英語の自主的な学習をして下さい。それだけで少なくとも語や連語や語法に関してはかなり学習できるはずです(文体に関しては、良質な英文を大量に読む必要がありますが)。


それではどのようにコンピュータで英語のチェックを行ないましょうか。以下、いくつかの方法を示します。

■Google検索

代表例はGoogle検索です。例えばある人が"working memory capacity"という表現はあるけど、こういった場合には"capability"は使えるのだろうかと疑問に思ったとします。その場合の一つの検索方法は、Googleの検索窓に下のように入力することです。

"working memory (capability OR capabilities)" site:edu

ここで上の、" "や( )やOR、あるいはsite:の使い方がわかっていない人は残念ながら、Google検索を知らない人と言わざるを得ません。また-記号や「ワイルドカード」としての*記号の使い方を知らない人はいませんか?そういった人は特に下のサイトで勉強して下さい(上の表現がわかった人も一度は確認しておいてください)。

http://www.google.co.jp/advanced_search?hl=ja
http://www.google.co.jp/support/bin/answer.py?answer=504&topic=13912
http://www.google.co.jp/support/bin/static.py?page=searchguides.html&ctx=basics
http://www.google.co.jp/support/bin/static.py?page=searchguides.html&ctx=advanced
http://www.google.co.jp/help/cheatsheet.html
http://www.google.co.jp/intl/ja/help/features.html

■英辞郎による英和・和訳
ウェブ上の無料英和・和訳辞書「英辞郎」は、他のウェブ辞書と比べてはるかに充実したサイトです。必ずブックマークを付けて、十分に利用して下さい。
http://www.alc.co.jp/

■Purdue大学のライティング・ガイド
Purdue大学は、英語ライティングに関して包括的で親切なウェブサイトを用意しています。特に学術的な英語ライティングに関しては、ほとんどの情報がここから得られると言っても過言ではありません。十二分に活用して下さい。
http://owl.english.purdue.edu/owl/

■オンライン辞書
英語のオンライン辞書ではとりあえず下のサイトをお勧めします。比較的詳しい情報が複数得られます。
http://dictionary.reference.com/

■Wikipediaを使う
あなたが興味を持っている項目がWikipediaに掲載されているなら、Wikpedia(もちろん英語版)を丁寧に読み、そこで使われている英語表現を参考にしてください。
http://en.wikipedia.org/

■しかしplagiarismについて注意!!
とはいえplagiarismについては気をつけて下さい。これは個人的にはあなたの学術的信用失墜(単位不認定・論文却下)に繋がりかねませんし、社会的にはこれからの知的生産の方向を大きく歪めかねないことです。Plagiarismに関しては、下のページから勉強を始めて下さい。
http://yanaseyosuke.blogspot.com/2007/10/plagiarism.html

■ハードディスクへの辞書インストール
以上は無料サービスですが、英語教師としてはある程度のお金は払って以下のような辞書は自分のハードディスクにインストールしておいてください。

COLLINS COBUILD Resource Pack on CD-ROM
辞書機能だけでなく、Thesaurus, Usage, Wordbankなどが非常に優れています。私はこれを常用しています。

Webster's Third New International Unabridged Dictionary (CD-ROM)
COBUILDは非常に優れていますが、やはり学習用ですので、細かなニュアンスなどの説明に得心がゆかないこともあります。その点、この現物でしたら巨大な枕のような"Webster 3rd"がハードディスクでサクサク使えるというのは非常に便利です。私はこれもよく使います。


■学術データベース
もう既にご存知かと思いますが、以下のページからリンクされているサイトは十二分に活用して下さい。広島大学から接続されているインターネットアクセスでしたらかなりの論文が全文ダウンロードできます。
http://yanaseyosuke.blogspot.com/2008/04/useful-online-resources-for-applied.html

■ブラウザ
現時点(2008年)ではInternet Explorerも7を使っている人が多いでしょうが、6以前のタブが使えないブラウザを使っている人(そもそも「タブ」って何だと思っている人)は、ウェブを使いこなしているとはとても思えません。
Internet Explorer 7
Firefox
Safari
Chrome
などのブラウザをインストールしてウェブリソースをガンガンに使いこなして下さい。
ちなみに現在、私は、Choromeの速さに非常に魅力を感じています。またChoromeは速いだけでなく、Googleが作ったこともあって、調べ物をするにはとても使いやすいデザインになっています。ですが現時点ではChoromeに対応していないサイトもあるので、そういう場合にはFirefoxを使うようにしています。ただChoromeを使っているとFirefoxの「重さ」は時にイライラするほどです。

■習慣は第二の天性
以上のような方法で、コンピュータを使って自分の英語を常にチェックする習慣を身につけて下さい。自らに英語の才能がないと思っているなら特に、こういった習慣を身につけることで才能に頼るだけ以上の力を開発することができます。また他人に英語を見てもらうときには、こういったチェックは特に徹底して下さい。



読み、書き、考えよ -- 異なる複数の立場から! (2008/10/11)

以下は私の知人で会社を経営されている方が、ある媒体で書かれた文章です。ご本人の許可を得た上で、引用します
うちの会社では、数年前、ふたつの、超一流とはいえないものの、少なくとも私の時代の70年代の常識では明らかに一流であった国立大学卒の30代はじめの男性と女性をふたり、解雇しました。その1年半ほど前に中途で採用した人間たちです。

もちろん、労働基準法に則り、かれら二名の不足と思われる仕事の問題点を、まずある時点で指摘し、そのことを本人にも理解してもらった上で改善努力を要請し、しかし1年経過しても、うちの仕事で合格と私が判断するレベルには達しなかったので、一か月分給与の前渡し支給とともに、自主的に辞めてもらいました。

その解雇の理由が、文章力なのです。 この理由による解雇は、14年前の会社設立以来、初のことでした。 このふたりの文章は、恐るべきものでした。 クライアントに提出するあるレポートを書き上げても、その上司なり私なりが、ほとんど全行にわたって詳細にチェックし、修正しないと、とうていそのままでは外部に出せない水準でした。 だからこのふたりは、定型の伝票のような書類に何かを書き入れるという内容ならともかく、あるテーマでA4数枚以上の文章を作成するということが、最初から能力的に不可能なのです。 採用を決め、入社後そのことが分かったときの、私の絶望的な思いをお察し下さい。

衆に抜きん出たものを書けとか、名文を書けとか要求しているわけではないのです。ただのビジネス文なのですから、そんな要求をするわけがありません。主語と述語の繋がり、形容詞や副詞の位置、センテンス冒頭で挙げた事柄の行方不明、そもそもこのセンテンスは何をいいたいのか、等々の、ごくごく基本的な問題が、体を成していないのです。 70年代には一流であった国立大卒で、このありさまです。
私はこの二人の国立大卒の方を知りませんが、もちろん彼/彼女とて、基本的な漢字が書けないとかいうレベルで困っているのではないでしょう。しかし、「他人に向けた文章が書けない」ということでしたら、私にも心当たりはあります。とにかく文章は書いてくるのですが、とりあえず自分が思ったことを書き付けたような文章で、一貫して読者に何を伝え、何を訴えたいのかがわからない。仮に一文、一文がわかるとしても、パラグラフ全体で何を言いたいかわからない。あるパラグラフがわかったとしても、レポート・論文全体を通して何を言いたいかわからない----そういった事例には実は事欠きません。

自らとは異なる立場、しかも複数の立場から考える力、いや考える力以前の想像力に問題があるのではないかというのが私の取りあえずの見立てです。 マスメディアとしては、いわば「バカにでもわかる」ような形でしか提供されないテレビ番組や漫画ばかり見て、パーソナルなメディアとしては「ほぼツーカー」のような文脈でしか言葉を交わさないケータイや、「手取り足取り指示してもらっているから、あとはやるだけ」のような形「教えられて」いる授業ばかりにしか接していないのが若者の生活としたら、時空を共有する文脈を超えて思考を喚起する書き言葉は読めないし、ましてや書けないとしても不思議ではないと思います。

ちょっと前なら、そのような兆しを示す若者には「オイ、少しは本を読めよ」と言い、彼/彼女らが提出した物に対しては「オイ、その首の上についているものは何だい?少しは自分の頭で考えろ!」と言っていればよかったのかもしれませんが、今ではそうはいきません。前者の苦言でしたら「でも何を読んでいいかわかりません。とりあえずこれだけ読んでいれば大丈夫という一冊を教えて下さい」と言われますし、後者の罵倒はアカハラ(指導拒否)としてさえ捉えられるかもしれません。(私がこのページに学生さんのための情報を蓄積しているのは、そういう懸念からです)。

もっと「読み、書き、考える」ということ、しかも異なる複数の立場からそうすることの重要性を学校は叩き込まないといけないのかもしれません。 「小学校から高校まで、日本の先生は親切で丁寧だから、善意で児童・生徒に、『最初に○○して、次に△△したら、□□と評価しますよ』と手取り足取りしてしまうのだよな。そんな一時間以内の短期的な合理性も、数年間という長期的な合理性にはつながらないのだよな」と日頃私は責任を小中高の先生方にかぶせるような考え方をしていました。

しかし先日、「エクセルによるタスク管理」でダウンロードするファイルを作っていると、「オイ、待て。私こそ大学生・大学院生相手にspoon feedしているじゃないか!」と気づきました。私としてはうつむき加減に「やってみたけどわかりませんでした」つぶやく学生さんとか、口を尖らせて「きちんと教えてくれないままに、『やれ』とだけ言われてもできません!」という学生さんの顔を想像してしまって、いちいち細かくファイルを作っていました。ここで学生にいい顔したいと思う自分の弱さを私は少し反省するべきなのかもしれません。

もちろん親切で具体的な指導という基本方針自体を否定するつもりなどありません。しかしどんな良いこともやり過ぎるなら逆効果になるというのも真実でしょう。 「こんなのじゃ、駄目。自分の頭で何がよくないのか考えなさい」という苦言を少しずつ若者に注入しておくことは、将来彼/彼女らが職場で「折れ」たり、離職したりすることを考えるなら、彼/彼女らのためになるように思えます。 折からも2008年10月9日の毎日新聞は、ノーベル賞受賞者の教育に関する次のような言葉を掲載しています。
今の研究者は、結果の出やすい目先の成果を追うことが多い。元気のない若い研究者が多く、もっと根本原理に迫る研究者が出てほしい。(下村脩氏 25面)

高校の物理の教科書を最近見る機会がありますが、問題を解くことにウエートが置かれているのですね。物理は全体のストーリー、全体のロジック(論理)、意味とかいう部分があまり強調されていない。教科書は大変コンパクトになっていて、肝心なことが一行、二行で書いてあり、書いてあるからいいんだ、という感じがしますね。教科書はもっとぶ厚くてもいいから、読本というようなアプローチが必要ではないかと感じます。(小林誠氏 16面)

科学者ですから言えるのは教育のこと[が私が今の社会に言いたいことです]。大変危機的な状況にあります。考えない子供を一生懸命製造している。大学受験の厳しさが非常に大きな影響を与えています。日本福祉大の先生が「教育汚染」という言葉を使っていますが、私も今の教育は(筋道を立てて考える力を奪うという意味で)、子供を汚染していると思います。(益川敏英氏 16面)
目の前に数値目標を立て、それに子供が到達するように、どうあっても間違いの無いように学習課題を指定して、後はお願いですから勉強して下さいと懇願する(あるいは強制する)----こういった、少なくとも短期的にはとても合理的な善意(あるいは管理)が、この国の文化を根底から損なってしまっているのではないかという懸念を私はぬぐい去ることができません。 異なる複数の立場から、じっくりと読んで、書いて、考える -- そういった文化を一層振興しなければ、日本は、とても表層的な合理性と善意(あるいは管理)によって駄目になってしまうのではないかとすら思えます。


「いい加減な人は教育実習に来ないでください」 (2008/4/18)

タイトルの一文は、ある教育実習生受け入れ校の先生が仰った言葉です。「やる気のない人は要りません。迷惑です」とも仰いました。教育実習とは、実際の生徒を相手にするものです。大学生同士が行う「模擬授業」とは全く異なります。二週間という教育実習期間は、中学生であれ、高校生であれ、大切な学習期間です。たとえ中高生が一見やる気なさそうな顔をしていても、プロの教師はその生徒をできるだけ高める努力をします。教育実習生の皆さんは、そこへ入ってきて授業をするわけです。プロの教師に代わって、プロの教師ほどにはできないかもしれませんが、全力を尽くして生徒を学ばせる責任があります。それは生身の生徒に対する責任であり、その生徒の保護者に対する責任であり、学力低下やモラル低下が問題になっている日本に対する責任です。ただ「教員免許は親が取っておけというから」といった消極的・利己的理由だけから教育実習へ行くことは、学校と社会に対して迷惑をかけることです。

上記の先生は、せめてこの二つは自覚しておいてくれとも仰いました。完全なメモを取っていたわけではないので、ここでは私のことばに変換して、私なりに論旨を拡充させながら、下にまとめます。

(1) 社会的マナーは守れ
遅刻はするな。あいさつはきちんとしろ。傍若無人にふるまうな。服装は社会的に認められるものにしろ。失敗をしたらすぐに報告し、謝り、対処策を考えろ。子どものような態度は取るな。

(2) 一から十まで指示されると思うな
現場では、やらなければならないことが一から十まで完全に書かれたリストが配られることなどほとんどない。指示を受けたら、その指示の「文字通りの意味」だけを取って終わりにするな。指示に込められた「話者の意味」を的確に読み取れ。その指示を出した人は、その指示文を通じて、実習生に何を求めているのかを常に考えろ。
例えば、教育実習事前指導で、教科書の範囲が伝えられる。教育実習期間となり、すぐその範囲の授業をしろと担当教師が指示すると「えっ、ボクが授業するんですか」と驚く学生すらいる。その学生にすれば「事前指導の時にはボクが最初に授業をする予定を伝えてくれていなかったじゃないですか・・・・」などと反論したいのかもしれないが、それは間違いだ。また、教科書の範囲を実習開始前に予習してきた学生も、その範囲の前後の教科書の部分を読んでいない場合が多い。その教科書範囲を学ぶ前に、生徒は何を学んできたのか、その後に何を学ぶことになるのか、そういったことがわからずにきちんと教えられるはずがない。そういったことすらわからないのか。
もちろん指導教員もできるだけ適切に指示を出し、指導をしようとする。しかし様々な問題が次から次に起こる現場で、いちいち教育実習生一人一人に、手取り足取り教えることはできない。常に自分の頭で考え、その考えの適切性を、現実の反応のフィードバックで検証し、次の考えと行動に移せ。社会で、一から十まで指示されると思うな。

最近は大学も「アカハラ」で訴えられることを怖れるあまり「できるだけ厳しい指導をしないように」といった風潮がはびこりはじめています。私個人は、それは「アカハラ」に対する過剰反応で、そういった過剰反応による過度の「危機管理」体制は、学校という組織の本分と社会的機能を損ないかねないとも考えています。ですから大学でも厳しい指導は必要だと思っています。その厳しい指導を、いかに学生に納得させながら行うことが教師の役目だとも思っています。

教育実習生というのは、大学に所属しながらも、一時的に現実社会に出る存在です。仮に大学では許されていることでも、現実社会では許されないことはたくさんあります。教育実習先では、現実社会の基準で、大学よりも厳しい指導がされるでしょう。その厳しい指導を正面から受ける覚悟がない学生は、教育実習参加を辞退してください。

誤解のないようにつけ加えておきますが、以上の文章は、柳瀬がある先生との個人的な話から、柳瀬の責任において発展的に展開した文章です。この文章の責任の一切は柳瀬にあります。



教育実習生の皆さん、頑張ってね (2006/5/29)
今年も教育実習が始まります。実習生にとっては試練の二週間です。思い通りの授業が出来ずに、一人廊下で泣いてしまう実習生も毎年何人かでます。泣けばいいと思います。泣けるぐらいに情熱を注ぎ込めることは素晴らしいことだと思うからです。少なくとも、私は、自らの未熟さや失敗を薄ら笑いでごまかす人より、涙を流してくやしがる人のほうが何倍も好きです(涙を流しながら笑顔で「はい、わかりました!」と叱責に応えられれば最高なんですけどね
←おじさん趣味 (-.-)y-゜゜゜)。

今年教育実習に行く学生の一人は、別に教育実習のためではありませんが、ある機会に次のような文章を書きました。私は好きな文章なので、本人の許可を得て、ここに掲載します。

私は、感じ、考え、伝える大切さを生徒に実感させる教師になりたい。
中学高校時代を振り返って見ると、私は人とのいさかいを極力避けて生きてきたような気がする。対立は悪である、と私は考え、相手が自分と違う意見を持てば、自分が折れることで事態を丸く収めていた。
大学入学後、ある友人に自分の考えを言った後、「それについて自分はどう思うの?」と聞かれた。今言ったじゃない、と内心思ったが、よく考えるとそれは周りの人の意見に対する感想でしかなかった。人の意見に迎合する習慣があった私は、考え、自分の意見を持つことをしなくなっていたようだ。
その後、これまでの自分を反省し、本を読み、人と話をするなかで、まず自分の心に問いかけてみるという作業に専念した。そうして見えてきた自分の意見が、人と違うことがあっても、なぜそう思うのかを考え、丁寧に説明することを諦めないように心がけた。最初は辛くて逃げ出したかったが、次第に慣れ、人との違いを認め合い、共に生きていくという姿勢を身に付けることができた。
今は自分の心と向き合あい、人に伝え、つながることに感動を覚える。「自分に心に耳を傾け、心の声を他者に表現することから逃げないで」。私はこのことを生徒に伝えていきたい。そのためにも自らが、感じ、考え、伝えていくことを、これからも行い続けたい。

教育実習生の皆さん、まだ授業をやったことのない皆さんに多くを望むことは、危険なことですが、でもどんな授業をやるにせよ、人と人をつなぐことばを大切にしてださい。表立ってそのようなことを狙った授業計画などは立てなくて結構です(そんなことは教育実習生が一時間の授業でできることではありません)。むしろ英語の授業そのものはスタンダードなものの方がいいでしょう。でも授業内でも授業外でも、いつも、どこか根底のところで、人と人の間で生きることばに対する感性を大事にしていてください。「人と人」というのは、教育実習生であるあなたと生徒です。あなたは生徒全員に話しかける時、あるいはある一人の生徒に話しかける時、どのようにことばを使いますか。「人と人」は、あなたと他の教育実習生仲間です。あなたは悩む仲間をどう励まし、どう笑いに昇華させますか(あるいはおざなりの「激励言葉」をどう飲み込みますか)。「人と人」は、またあなたと実習指導教員でもあります。あなたはどう助言や叱責を聞き入れ、疑問を表現しますか。そして「人と人」は、あなたとあなた自身です。あなたはどう自分と向き合いますか。いずれの場合でも、あなたはどう相手に耳を傾けますか。相手の身体に表れる、ことばになる以前の蠢きをどう感知しますか。
多くの人に語りかける時も、誰か一人と語り合う時も、自分自身と向き合う時も、ことばを大切にしてください。そしてできれば、折々で感じたことを、自分だけのノート(日記)に書きとめておいてください。そうすれば教育実習は本当に意義深いものになると思います。

追記:教育実習を乗り切るためのおじさん的おせっかい
(1)食事に注意しよう:菓子パンと缶コーヒーといった食事をしていれば、砂糖の過剰摂取で、血糖値が急上昇した後に急降下して、倦怠感が増すだけです(いつもそのような食事をしている人は気付かないかもしれませんが)。教育実習中は少々値段が高くともバランスの取れた食事を取ってください。個人的には総合ビタミン・ミネラル剤を毎日適量摂取することをお勧めします。
(2)カフェインの取りすぎに注意しよう:コーヒー、紅茶、緑茶、栄養ドリンク剤(「リ○ビタン」など)は、飲めばしらばくは覚醒効果などが出ますが、過剰摂取すると、カフェインで体の疲れを誤魔化していたのが限界に達して、一気に疲労感を感じることがあります。Task management, time management, energy managementで、カフェインの過剰摂取をしないでもいいように仕事・時間・心身充実度を管理してください。
(3)しっかりと睡眠を取ろう:準備不足で授業に臨むことは許されませんが、準備というのは、いくらやってもきりがないというのも事実かと思います。実習生の中には、自分の不安感から徹夜で準備してしまう人がいますが、その結果として翌日の授業がメロメロになってしまうことがあれば逆効果です。徹夜によって自己満足感は得られるのかもしれませんが、迷惑を受けるのは生徒です。「『プロの条件』とは『自分に厳しく』ではなく、『クライアントに優しく』である」という内田樹さんの言葉をかみ締めてください。
(4)最低限の社会的マナーは守ろう:あいさつをすること、周りへの感謝を忘れないこと、時間を守ること、失敗は素直に認めて謝罪すること、可能な限り誰にでも笑顔で接すること、などなどは言うまでもなく基本中の基本です。これ抜きに教育実習の成功はありません。



柳瀬ゼミへようこそ(2003/1/19)

卒業論文・修士論文の執筆で柳瀬ゼミを選んで下さったみなさん、ありがとうございます。ここでは皆さんのゼミ生活を少しでもいいものにするため、私が学部のゼミと大学院のゼミに共通してお伝えしていることをまとめておきます。

0 前置き

ゼミの目的は、みなさんがきちんとした論文を書き上げることを援助することです。ですが、私はその目的をより大きな目的を追求しようとする中で達成しようと考えています。その大きな目的とは、みなさんがよい人生を過ごすことです。よい人生を送るためには、よい教育を受けることは(必須とはいわないにせよ)重要なことです。卒業論文・修士論文の具体的な指導を通じて、みなさんが(1)セルフ・マネジメント、(2)英語力、(3)論理構成力、(4)プレゼンテーション力などの力をつけてくださることを私は願っています。

以下、これら四つの力について簡単に述べますが、それより先に、それらの力以前に大切なことを確認しておきます。それはお互い、他人を尊重(respect)する人間であろう、ということです。そのための最低限のルールとして、決められた時間・締切は守りましょう。最低限の礼儀は守り、お互いの品位を卑しめることがないようにしましょう。また、人を決して馬鹿にしないようにしつつも、人に馬鹿にされないように自分の努力は重ねてゆきましょう。

人生において大切なことをここで十二分に表現することはできませんが、お互い少しでも自らの人格を成熟させてゆきましょう(もちろん、日頃から軽口を叩いて笑ったり、時にお酒を飲んだりして少々羽目をはずしたりすることは大切なことです。そういった余裕のない生活はどこか歪んだものです)。私自身、人に人格のあり方を教えられる人間ではありませんが----自分は他人を教え諭すことができる思うことこそが人間の最大の過ちなのかもしれません。私は職業として「教師」を通称とし、多くの人に「先生」と呼ばれるだけにこの点には十分注意したいと思います----、少なくとも社会生活を送る上で古今東西の人々が大切にしてきた習慣を尊重し、また遠ざけてきた悪癖には注意したいと思います。当り前すぎることを述べただけですが、ゼミ生活もこういった社会生活の基本を大切にしたいと思います。お互い高めあいましょう。

前置きが長くなりました。四つの力について簡単に説明します。

 

1 セルフ・マネジメント

学生生活というのは、社会生活のスタートのための時期でもあります。世俗的風評だけで進路決定を行うことは愚かなことですが、自分が好きで納得できる進路を決めて、それを実現させてゆくことは重要なことだと思います。そのために自分を律し、自分を伸ばすための技術であるセルフ・マネジメントの基本を学生時代に身につけておくべきかと私は思います。

1.1 長期目標(夢)から中期目標を決めよう

まず自分の目指す進路のイメージを明らかにしてください。あなたは5年後、10年後、どんな人生を送っていたいですか。いきいきとその姿を視覚化してみてください。他人の目は意識しないで、自分が心から望む将来の姿を描いてください。あこがれの人物を参考にしてイメージを膨らませることもいいでしょう。視覚化したイメージはどんどん具体的なものにしてみてください。いろいろなエピソードを想像してみることもいいでしょう。そのイメージを想像していてあなたは楽しくなりましたか。自然に笑みがこぼれましたか。そうでなければそれはあなたが「やらなければならない」と思っている課題であり、夢ではありません。ここではまずあなたがわくわくする夢をできるだけ思い浮かべてください。思い浮かべたら、必ずそれを書き留めてください。必ず、です。紙の上に書かれた自分の夢を読み、読み直すことであなたの夢の実現度はどんどん高くなってゆきます。この夢が長期目標です。

今度は、その長期目標を実現するために、これからの半年〜1年にやっておくべきことを書き出してください。これが中期目標です。今度はそのリストの横に自分の現在の実際の様子を書き出してみてください。そうして目標達成に必要なことから、自分が今の時点で達成していることを引いてみてください。この引き算の答えが、あなたの進路のための課題です。この引き算であなたが進路決定までにやらなくてはならない課題が具体的にわかったら、今度はそれらを進路決定(教員採用試験、就職試験、大学院入試、論文完成など)の時期までの月数で割ってみてください。この割り算の答えが、あなたがこれからの一月一月で行うべき課題となります。こうして引き算と割り算で、夢を現実にするための分析を行ってください。

そうして年計画(月ごとの目標を明確にしたもの)、月計画(目標達成のための週ごとのスケジュール)、週計画(目標達成のための毎日のスケジュール)を作成します。年計画は最初に立てたら基本的にはそれを変更せずに、できるだけ遵守します。月計画は細かい他の予定などが明らかになるにつれ、修正してゆきます。週計画は、その前の週末に立て、これも毎日の様子を見ながら修正してゆきます。これらの計画表は必ず紙か電子媒体に書き出して何時でも見れるようにしておきます。年計画は印刷して目立つところに貼っておくといいでしょう。

1.2 さらにライフプランを具体的に書き出そう (2005/4/4追加)

熊谷正寿さんは、『一冊の手帳で夢は必ずかなう』(かんき出版)で、10年-15年といった長いスパンで、具体的にライフプランを作ることを勧めています。10-15年先に自分はどんな人間でありたいかを六つの項目で具体的にイメージし、それを達成するために毎年どのようなことをやっていけばよいのかを書き出すわけです。20歳を過ぎたばかりの皆さんは、ここで思い切って40歳までのライフプランを六項目にわたって作ってみましょう。

六つの項目は三つの階層から成り立っています。第一の層(最下層)は、
(1)教養・知識、(2)健康、(3) 心・精神、の三項目から成り立っています。この第一の層がしっかりしていれば、第二の層は自然と達成されると熊谷さんは言います。第二の層(真中の層)とは(4)プライベート・家庭、(5)社会・仕事です。そしてこの第二層が充実すれば、第三層(最上層)の(6)経済・モノ・お金、も充実する、というのが熊谷さんの実体験に基づく意見です。((6)を先に追って、(4)がガタガタになったり、(5)ばかりを考えて、(1)-(3)がボロボロだったりすることの悲しい実例は、実は枚挙にいとまありません)。

これら六項目で、あなたは40歳になった時、どんな自分でいたいですか。その究極の目標を書いてください。次にその項目に関する現在の状況を書いてください。そうすると理想と現実の差が出てきます。その差を埋めるためには35歳、30歳、25歳でどんな自分になっている必要がありますか。エクセルの
水平方向(行)に六つの項目((1)教養・知識、(2)健康、(3) 心・精神、(4)プライベート・家庭、(5)社会・仕事、(6)経済・モノ・お金)を並べ、垂直方向(列)に「究極の目標」「現在の状況」「差」そして自分の加齢を一年毎に書いたマトリックス(ライフプラン・未来年表)を作って、それぞれのセルを埋めてください。もちろん最初から全てのセルは埋まらないでしょうから、まずは「究極の目標」「現在の状況」「差」、1-3年後、5年後、10年後、15年後、20年後といったセルから重点的に埋めていってください。

 教養・知識      健康       心・精神    プライベート・家庭   社会・仕事   経済・モノ・お金 その他(具体的に)
究極の目標              
現在の状況              
             
22歳              
23歳              
・・・              
30歳              
・・・              
40歳              


また、項目は六つ以上でもかまいません。私の場合は、六つの項目全てを統括する「テーマ」という項目を作りました。私の人生のテーマをその列にまとめてゆくわけです。皆さんも、それぞれの考えに基づいて新しい項目を作ってみても面白いかと思います。

私もこういったヴィジョン作りはこれまでにやったことがあります。キャリアに関するあるプランは、気がついたらその通りになっていて、びっくりしたこともあります。現在私は42歳になろうとしているところですが、定年までのライフプランを作ってみました。最初はなかなかイメージもわかず、セルも埋まりませんが、少しずつ考え想像してゆくと、思いのほか具体的な理想像が描け、この作業は楽しくなりました。そうして、「究極の目標」「現在の状況」「差」と今年、来年、再来年、五年後、十年後、十五年後、二十年後の自分の姿をそれぞれの項目ごとに書いてゆくと、自然とワクワクしますし、現在自分が何をやるべきなのかという人生の優先事項が見えてきます。人生は作りあげるもの、といった自立的・積極的な考えになってゆきます。

そうして作ったライフプランは、毎日見て下さい。私は朝、コンピュータの電源を入れたら、真っ先にそのライフプランを見ることを日課にしました。(ちなみに、ライフプランの次は、月ごとにまとめた今年の目標を見、その次は統合ソフトOutlookの「仕事」の一覧をざっと見て、その次に「予定」を確認した上で、その日が充実するイメージを描くことを私は平日の毎朝の儀式にしました)。目にとまりやすいところにライフプランを貼るのもいいでしょう。大切なことは、書かれたものを何度も何度も何度も見て、自分の意識・無意識にそのイメージを焼き付けることです。また、時折「現在の状況」などは書き換えて、常にライフプランを新鮮なものとしてください。こういったヴィジョンの大切さは色々な人が言うとおりです。私自身もヴィジョンがはっきりとしている時としていない時の人生の充実の具合の差は痛感しています(私は体調を崩したりするとヴィジョンを忘れてしまいます)。皆さんもぜひライフプランづくりでヴィジョンを具体的にしてみてください。

1.3 Plan, Do, Check, Actionを徹底しよう

そうしてPlanを立てて、その計画を実行する時間になったら集中してその課題を行います(Do)。そして一日が終わったらできれば短い日記をつけてみてください。これは数行で結構です。長々と書くのではなく、その日が自らの目標達成の点からすればどういう一日であったかを書き出す習慣をつけてみますと、反省が具体的になり、一日一日の大切さがわかるようになります。これがCheckです。そうして反省点が明らかになったらそれを改善するActionを確実に起こしましょう。大きな目標を達成する唯一の方法は一日一日を充実させることです。Plan, Do, Check, Actionを充実させましょう。

1.4 結果でなく過程に集中しよう

このようにPlan, Do, Check, Actionなどといったことをわざわざやるのは、目標達成の時の宿敵ともいえる不安感・焦燥感、あるいは過信・慢心から解放されるためです。とにかくやれ(Do)という熱意だけのアプローチだと、ある日は徹夜して充実感は感じても、次の日は体調が優れず調子がでずに、その次の日は夜眠れずに徒に時間を過ごし、毎日のリズムを崩したりします。リズムが崩れると集中力が欠けはじめ、自分で何をやっているのか、何をやらなくてはならないのかがわからなくなり、不安や焦りが生じます。そもそもPlanがないと、自らが行わなくてはならない課題を徒に心理的に増大させて、不安でつぶれてしまうかもしれません。あるいは過信から必要な対策を欠いてしまうかもしれません。Checkがないと、Planを立てただけで慢心してしまい、ひとりよがりになって結果をもたらさないかもしれません。Actionがないと毎回同じ過ちをし、同じように反省を繰り返すだけになるかもしれません。

Plan, Do, Check, Actionの徹底は、自己管理により、その日、その時間の、目標達成のための過程に集中することを可能にします。あなたがやらなくてはならないのはPlan, Do, Check, Actionを徹底し、目標達成のための過程を充実することです。結果は水もの。誰にもわかりません。結果は粛粛と待ち、受け入れましょう。結果のことばかり案じていて、過程が乱れてしまってはいけません。逆に言いますと、過程が充実していれば、たとえ望んでいた結果が得られなくても、それは必ず次につながります。過程がいいかげんだったのに、何かの偶然で得られた結果は、逆に慢心や過信を招く災いとなるかもしれません。Plan, Do, Check Actionを徹底し、結果でなく過程に集中しましょう。

1.5 コントロール可能なものと不可能なものを見極めよう

過程に集中し、結果を案じないということは、コントロール可能なものに集中し、コントロール不可能なものに影響されないということです。あなたがコントロールできることは、例えば意識のもち方です。あるいは次の15分の過ごし方です。コントロールできないことは、例えば試験の結果です。あるいは(摂生にもかかわらずやってくる)病気です。コントロール可能なものはできるだけコントロールし、コントロール不可能なことには嘆かず受け入れましょう。焦りはコントロール不可能なものをコントロールしようとすることから生じます。これらの二つを見極めましょう。

これに関連して「結果のマネジメントよりは時間のマネジメント」という原則があります。例えば午前中の計画を「問題集の○ページから△ページまで終えること」と結果を基準にして立てますと、課題がこなせないことも多くなり、焦りがちになります。ところが「○時から△時まで集中して問題集をこなすこと」と時間を基準にして立てますと、過程に集中することが容易になります。結果のマネジメントは年計画(あるいはせいぜい月計画)にとどめ、週計画つまりは毎日の計画は時間でマネジメントするといいことが多いです。繰り返しますが、コントロール不可能な結果に振り回されずに、コントロール可能な過程に集中しましょう。それが「人事を尽くして天命を待つ」ということです。

1.6 集中できなかったら休もう

親しい人間関係のための時間、遊び、趣味、運動そして純然たる休息の時間は、必ず予定に入れて確保しましょう。そういった余裕を入れておかないと、長いスパンでのパフォーマンスが悪くなります。休んで遊ぶだけの時間的余裕と心理的余裕がなければいい仕事もできません。

休んだはずなのにどうしても疲れがたまってどうしても集中できない時は思いきってしっかり休みましょう。目標達成のために、可能な最大の時間を費やすことが必ずしも大切なのではありません。集中した多くの時間を費やすことが大切なのです。特に論文執筆などの知的な課題においては、呆然とした頭で課題を続けても、混乱してかえって不要な課題を増やしてしまったり、否定的な心理状態に追い込まれたりといいことはありません。疲れ切った頭で書く10時間は、集中した頭で書く2時間にしばしば劣ります。体が「休め」というシグナルを出してきたら躊躇なく休みましょう

ただし慣れないうちは、この見極めが容易ではありません。最初は見極めが早すぎて不必要に休息を取ることが多いかもしれませんし、勉強に慣れてくると見極めが遅くなり休息を取らなすぎることが多くなるかもしれません。私の場合は、何度も無理して勉強を続けようとして心身の調子を崩して痛い目にあってから休むことの重要さを学びました(ただし、これは私が十分な勉強をしてきたことを意味しません。質的にはもっと高い勉強が必要でしたし、ひょっとしたら量的にももっと勉強ができたかもしれないと今では思っています)。

一つの見極め方法は、自分がやるべきことを充実してやっているか、楽しんでやっているか、ということです。「やらなくては」というプレッシャーで鬱々とした気持ちでやっているのなら、休みを取り、気分転換しましょう。人間のパフォーマンスがいいのは、肩の力が抜けて、楽しんでワクワクしながら物事をやっている時です。一見苦しそうな課題でも、できるだけ知恵を使って楽しんでやれるように工夫しましょう。そういった知恵がどうしても出てこないなら、課題が終わった後ごとに、自分に対してご褒美をあげるだけでも結構です。Do what you love. Love what you do!

1.7 しかし、敢えて言い切るならば・・・

これらを踏まえた上で、敢えて今までの留意事項とは矛盾したようなことを述べるなら「絶対にできるという気持ちをもって、絶対にできるための努力をすれば、絶対にできる」ということです。冷静なPlan, Do, Check, Actionを実行しつつも、自らのvisionは強く信じてください。ある教採合格者は、毎晩寝る前に、生き生きと教壇で教えている自分の姿をイメージしていたそうです。苦しい課題にこそ、positiveに取り組んで、自分を大きく成長させましょう。

 

2 英語力

いくら英語教育に関して素晴しい理屈をこねても自ら英語力がなければどうしようもありません。もちろん英語教師の仕事は他人(学習者)の英語力を伸ばすことですが、それも英語教師自身にある程度の英語力があってはじめて可能になることです。柳瀬ゼミでは、毎回のゼミの最初の時間を使って英語力向上を図ります。「英語力とは何か」といった詳しい議論はここではせずに、とりあえずゼミ共通の課題を提示します。それは「繰り返す訓練」と「広げ深める経験」です。

2.1 繰り返す訓練

英語の基本を体得するために、繰り返す訓練を行います。ここでの英語の基本とは音と文法です。ここでの、音とは耳と口を鍛えること、文法とは英語の語順と発想そのものに慣れることです。

音(耳と口)のためには、深澤俊昭『英語の発音パーフェクト学習事典』(アルク、2800円:CD3枚付)をテキストにして訓練を進めてゆきます。それを基に家で自己訓練を進めて行き、その様子をゼミの時の実演でチェックしてゆきます。英語がなぜこのように聞こえるのか、どのような仕組みでこの音が出るのかなどについて、分析的・自覚的に技能習得を目指します。

この本で自習する時に大切なのは、活字を見て練習しないということです。この本に書かれている内容は活字を見ていたらたいしたことがないように思えますが、実際に活字なしに聞いたり話したりすることは多くの人にとって難しい重要な課題です。家で練習する時、活字を見ながらCDをリピーティングやシャドウイングするのではなく、活字を見ずにリピーティングやシャドーイング行ってください(もちろんいきなり活字なしで行うのが困難なら、最初は活字を見ながら行い、次第に活字なしのやり方に移行してください)。

文法(語順と発想)のためには、国弘正雄/千田潤一『英会話・ぜったい・音読 挑戦編』(講談社、1200円)をテキストにして訓練を進めてゆきます。家でシャドーイングを自己訓練し、その様子をゼミの時の実演でチェックしてゆきます(シャドーイングの実演は、CDウォークマンのヘッドフォンを耳に入れて英語を聞きながら口頭再生してもらっておこないます)。卒業論文の英語では、TOEFLやTOEICでも問われる冠詞、単数・複数、時制の一致、動詞の格関係、前置詞などに関する誤りがよく見られますが、こういった間違いが感覚的にわかるようにするために、シャドーイングを繰り返して英語の語順と発想に慣れることを目的にします。

基本的な英文のシャドーイング訓練が終了したら、自分の好きな英語の本の朗読CDを何度も聞き、その英文を心の中でシャドーイングする(メンタル・シャドーイング)ことや、無声でシャドーイングする(サイレント・シャドーイング)することを行ってください。英語の本の朗読CDはhttp://www.amazon.co.jp/で購入できますが、http://www.amazon.com/の方が、品揃えが多いですし、値段も安いことも多いですので、後者のサイトを利用することをお勧めします。

 

2.2 広げ深める経験

これは基本的にはゼミではチェックせず、みなさんの自学に任せますが、繰り返す訓練だけでなく、自分の世界を広げ深める経験も英語で積み重ねてください。ここでは読むことと視聴することの二つについて述べます。

読むことに関しては、論文や受験勉強以外の英語を定期的に読む習慣を身につけてください(私は個人的には「教科書と問題集しか読まない教員は英語の感覚をおかしくしてしまう」と思っています)。読むものは新聞でも雑誌でもペーパーバックでもかまいません。自分の興味関心に合うもので結構ですが、かならず定期的に読む時間だけは確保してください。インターネットを使うのでしたら、ADSLや光ファイバーなどの常時接続を行うことをお勧めします。自己投資としては妥当な出費だと思います。

視聴することに関しては、スカパー(Sky PerfecTV)をお勧めします。初期投資(チューナーとアンテナ)で1-2万円程度、毎月の視聴料で3000円強で、英語の放送がどんどん視聴できます。BBC, CNN, Discovery, History,National Geographic, GLC, Super Channel, CSN1, Foxなどのチャンネルをお勧めします。これもお気に入りの時間帯や番組を見つけて、視聴することを習慣にしてください。これも自己投資としては妥当な出費だと思いますし、英語教師なら必須だと私は思っております。

「繰り返す訓練」は非常に大切ですが、そればかりですと英語習得が自己目的化してしまいます。英語習得の目的は、自分の世界を広げ深めることかと思います。「繰り返す訓練」をある程度終えたら、必ず「広げ深める経験」も加えてください。

2.3 とりあえずの目標

英語力に関しては、TOEFL-ITPで600点を取ることをゼミ生全員の目標とします。とりあえずは550点を取ることを目指してください。年に1-2回ほどITPを受験することを年計画の中に入れてください(教英では毎年10月ごろに合同受験を行います)。

 

3 論理構成力

3.1 必ず書いたものを持ってきてください。

合同ゼミおよび個人チュートリアルの時には、自らの論文や勉強の進捗状況を必ず書き出して持ってきてください。書くことによって、思考は整理されます。それからその書きものはできるだけパソコンで作成することをお勧めしますが、いずれにせよ各個人と柳瀬の両方がその書いたものをファイルできるように二部印刷してきてください。文書はA4サイズを原則とします。

大学院生の場合は「特研」と呼ばれる授業の前後に必ず個人チュートリアルを行います。これは私からの約束であると同時にゼミ生にとっての義務ですのできちんと勉強を積み重ねてゆきましょう。

3.2 まずは日本語で正確な思考を

卒業論文も修士論文も最終的には英語で執筆し提出してもらいますが、柳瀬ゼミではまず日本語版の論文を完成させてもらいます。いきなり英語で正確な思考を行うことは困難という現実的な判断からです。また日本語でわかりやすく説得力のある文章を書くことは社会人にとって必須のことです。まずは日本語で論理的、客観的な文章を書くことを学んでください

ゼミと個人チュートリアルでの修正・書き直しを経て日本語版が完成したら(11月末までにというのが毎年のスケジュールです)、それを直訳せずに、英語の発想に基づいた英語で書き直し英語版の論文を完成してもらいます(クリスマスまでというのが毎年のスケジュールです)。ここで日頃の英語力が基礎となりますので、日頃から英語力の育成にはくれぐれも力を注いでおいてください。

3.3 論理構成を番号で表現してください

レジメや論文は、1, 1.1, 1.2, 1.3.1, 1.3.2, 2...といった番号で順序と階層関係を明らかに表現してください。この論理構成が論文の設計図となります

論理構成を考える際には、最初は白い紙に試行錯誤書きなぐってゆくのが現実的かもしれません。やがて考えがまとまってきたらその紙をもとに論理構成を番号で表現してゆきます。この際、Wordの「表示」→「アウトライン」をうまく使ってください。適度に使うと非常に便利な機能です。

文章を実際に書くときにはパラグラフ・ライティングを徹底してください。それぞれのパラグラフで言いたいことは何かをはっきりさせ、パラグラフ冒頭でそれを簡潔に述べ、次にそれを詳しく具体的に述べ(あるいは証拠・根拠を提示し)、最後に、そのパラグラフを総括します。このパラグラフのいわばブロックを、全体の論理構成の設計図に従って、積み重ねるようにして論文・レポートを書いてゆきます。

論理構成を番号ではっきりさせること(またその構成を適宜、言葉でも表現すること)と、パラグラフ・ライティングを徹底させることで、ずいぶんわかりやすく説得力ある文章が書けるようになります。この基本を徹底してください。

3.4 批判的な読解とノート・テーキングを習慣にしてください。

本や論文を読んだり、ノートやメモを取ったりするときは蛍光ペン(黄色)と四色ペン(黒色、赤色、緑色、青色)を必ず用意して、色分けによって批判的な読み書きを習慣にしてください。例えば、黒色は通常のメモや補足説明を書く場合に使います。赤色は、重要な箇所にアンダーラインする時、あるいは重要な論点を書くときに使います。緑色は、論の主要な流れとは離れるが興味深い論点にアンダーラインする時、あるいはそういった論点を書くときに使います。青色は、自分が納得できない論点にアンダーラインする時、あるいはそういった論点を書くときに使います。黄色の蛍光色は、四色の区別を問わず特に重要な箇所にアンダーラインする時に使います。以上のような色の使い分けで、瞬時に読み書きする情報に対する価値判断(どういった情報か・どのくらい大切な情報か)をする習慣をつけます。この習慣を重ねることによって批判的な読解とノート・テーキングを身につけてください。きれいに色分けされた本や論文は、一目で内容がわかり、再読の際に非常に時間が節約できます。同じように色分けされたノートやメモは、要約をするなら黒色と赤色を読み上げればよく、反論を述べたいなら青色を読み上げればよく、など発言をする際に非常に役立ちます。もちろんこの色分けは私の方針に過ぎませんので、各自工夫した色分けをしても結構です(例えば緑色は、論の構造を示す語句へのアンダーラインに使っても結構です)。大切なことは、読み書きをする際に論の自らの立場がどういうものであるかを瞬時に判断する習慣をつけて育てることです。これが批判的思考力の基礎となります。

 

4  プレゼンテーション力

論理的に自分の考えをまとめたら、今度はそれをわかりやすく人に伝えることが必要です。アイコンタクト、聞き手に届く声量、発話のテンポと間合い、わかりやすい図表の提示、上手な問いかけで聞き手を巻き込むこと、聞き手からの質疑に的確に答えること、こういった技術を、毎回のゼミ発表で向上させてゆきたいと思います。

 

5 その他

5.1 面談について

5分以内で終わる用事ならいつでも研究室をノックしてください。私は出張と年休以外は毎日カレンダー通り、定刻に大学に来ております。30分あるいはそれ以上かけて話をした方がいい場合は、E-mailなどで事前にお互いの予定をたてることを原則とさせてください

5.2 連絡方法について

連絡はE-mailを原則とします。E-mailアカウントは必ず取得し、定期的にチェックしてください。携帯のメールでも構いませんが、私としては添付ファイルが送れるパソコン上のアカウントを望みます。それから、合同行事などについて調整をするために、各学年に一人調整役を決めてください。

5.3 その他

私は英語教育にせよ、その他のことにせよ、みなさんに色々と伝えたいことがあります(願わくばそれが伝えるに値するものであることを!(^^;)。ゼミではどうしても個人個人への具体的な指導が中心となりますので、もし私が伝えようとしていることに興味があったら私のHP(http://ha2.seikyou.ne.jp/home/yanase/)を二週間に一度ぐらいはチェックしてください。


小さく、細かく、速く (2006/12/20)

漫画に『はじめの一歩』というボクシングをテーマにした長編があります。
幕之内一歩という不器用なボクサーが主人公で、私はいい歳をして、結構、感情移入しながら面白く読みました(笑)。(貸してくれたH君ありがとう)。
ある試合のシーンで、一歩が攻められて焦ってしまい、大振りのパンチを狙ってしまい、かえって苦境に陥ってしまうところがあります。
その時に師匠の鴨川会長は言います。

「いいか、小僧。ここはセオリーどおりじゃ。小さく、細かく、速く!」

焦って大振りのパンチを狙うのでなく、小さく、細かく、速いパンチを打ち続け、チャンスを作れという意味です。


ボクシングに限らず、追い込まれたとき、この「小さく、細かく、速く」というのは有効なのかもしれません。

追い込まれたとき、やってはいけないのは追い込まれた自分はもう駄目ではないかと迷ってしまうことです。
次にやってはいけないのは、焦って、一発逆転を狙って大振りの、ばくちに近いような手を打ってしまうことです。

ですが、この二つを、人間は追い込まれたら、しばしばやってしまう。
だから追い込まれたときは、自分は駄目かもしれないなどと余計なことを考えず、「小さく、細かく、速く」と自分自身に何度も言い聞かせる。

つまり、大きな課題は小さく分割する。その分割されたことを細かくきちんとやる。それも、いつかやろうじゃなく、速く取り掛かる。
いつか大きな課題を一気にやって大逆転させてやると考えるのではなくて、小さく、細かく、速く!
小さな課題を、きめ細かく、速く行う。
小さく、細かく、速く!
そしてそれを何度も何度も繰り返す。
小さく、細かく、速く!
小さく、細かく、速く!

そのうちにチャンスも出てくることでしょう。

教員採用試験や論文執筆などのあなたの大きな課題にも「小さく、細かく、速く!」を徹底してみてはいかがでしょう。








大学での教養に関する記事








生きるための教養----コミュニケーション・読む・書く---- (2006/3/18)

以下の記事は柳瀬が2006年度の大学新入生用の授業(教養ゼミ)のために書いたものです。
 雨露をしのぎ、食べ物を得ることができたら、それだけで人間は幸せかといえば、そうではありません。
 人間は生物的存在以上のものです。人間は、他人そして自分自身と豊かに対話することによってはじめて幸せになれる社会的存在でもあります。対話の主な媒体は言葉です。あなたの身に宿り、あなたの身体を揺り動かして外に出てあなたを離れ、他人(そして自分自身)に受けとめられる----そしてそのプロセスが終わりなく続いてゆく----、そういった言葉を使いこなすことが対話であり、人間的な生活の基盤となっています。
 こういった言葉の教養は誰にとっても重要なものです。お金が沢山あっても、誰とも(自分自身とも!)コミュニケーションを取れない人は幸福ではないということにはみなさん同意してくれることと思います。そこで、ここでは、(1)コミュニケーションをとること、次に、コミュニケーションのために必要な豊かな言葉を獲得するために(2)読書をすること、そして獲得した言葉を的確に使って(3)書くこと、について学びます。コミュニケーションといえば、なんとなく話し聞くことばかり考えがちですが、読むことと書くこともコミュニケーションです。また読むことと書くことを通じて得られる言葉の力が、話し聞くコミュニケーションを格段に豊かにします。コミュニケーション、読むこと、書くことを学ぶこと----またそれらを通じて考えることを学ぶことは、人間らしく生きるための教養なのです。大学ではこの教養を身につけてください。

 それではこの三つのテーマについて、それぞれわかりやすい新書を読んで学んでゆきましょう。とりあえず私が以下にそれぞれの本を紹介しますが、皆さんも自分自身でこれらの三冊の本を読んで、自分なりに考えたことをレポートにまとめてください。
 今回のレポートは、ちょっと主観的なものにします。これらのテーマに広い意味で関わることならなんでもいいですから、私(=柳瀬)を揺さぶる文章を提出してください(提出は最後の教養ゼミの時)。分量は自由にします。推敲に推敲を重ねた短い文章でもいいですし、とにかく具体的記述に優れた長い文章でもかまいません。ただしこの文章は単位評価の対象とします。短くて内容が無ければ当然低い評価しか出しませんし、長くてもだらだら書いているだけだったら高い評価はできません。この文章を、書き手であるあなたにとって、また読み手である私にとって意義深いものにしてください。それでは読んで、考え、書いてください。そして深いコミュニケーションをしましょう!


1 コミュニケーションについて
齋藤孝(2004)『コミュニケーション力』岩波新書
「コミュニケーション」という言葉はしばしば「情報伝達」という言葉と置き換えられます。「情報伝達」と言ってしまうと、なんだか、ある内容を誰かに通達すればよいだけのようにも思えます。しかし著者はコミュニケーションをこう捉えます。

では、コミュニケーションとは何か。それは、端的に言って、意味や感情をやりとりする行為である。一方通行で情報が流れるだけでは、コミュニケーションとは呼ばない。テレビのニュースを見ている行為をコミュニケーションとは言わないだろう。やりとりする相互性があるからこそコミュニケーションといえる。
やりとりするのは、主に意味と感情だ。情報伝達=コミュニケーションというわけではない。情報を伝達するだけではなく、感情を伝え合い分かち合うこともまたコミュニケーションの重要な役割である。(2-3ページ)

つまり、「コミュニケーション=情報伝達」という通念は、第一に、情報(意味)だけを捉えて感情を忘れており、第二に、ことばのやりとりという相互性を忘れがちという点で非常に注意が必要なわけです。
コミュニケーションは意味と感情のやりとりであり、そこからは豊かな時間(つまりは人生)が生まれてきます。著者はプラトンの『饗宴』という本に出てくる対話を引き合いに出して次のようにいいます。

論理的能力を競い合い、「意味」の華を盛大に咲かせ合う。華を咲かせている共通の土が感情の共有である。議論においてどちらかが勝っているかを示すことが最終目的なのではない。論理的に筋を通すというゲームのルールを守りながら、正々堂々と戦い汗を流す時間を楽しむことが饗宴の趣旨である。どんな対立意見を言い合おうとも、信頼関係が失われない。感情の時限でのやりとりが緊密に行なわれ信頼関係が築かれているからこそ、思い切った対立意見を述べることができる。そして最後には誰が勝とうとも、ご機嫌な状態で饗宴を終える。実に優れたコミュニケーションの手本である。(8ページ)

こうしてみると、もしいわゆる「ディベート」が相手を叩き潰すための言葉のゲームとしたら、そのようなディベートは、コミュニケーションの良い見本とはいえなくなります。実際、そのように貧困な意味での「ディベート」を、「議論」や「対話」と思い込んでいる人も世の中にはいますので、皆さんは気をつけて、自分自身は少なくとも豊かなコミュニケーションを目指してください。

かくして著者は、豊かなコミュニケーションについての論述を進めてゆきますが、この著者の優れている点の一つはコミュニケーションにおける「身体」の働きに注目しているところです。

話していて一番疲れるのは、身体が冷えている人だ。表情が変わらず、身体全体から冷たくかたい雰囲気を出している。一応言葉のやりとりはしているのだが、「気」が通い合っている感じがしない。キャッチボールでいえば、自分の投げたボールが返ってこない。もしくは、自分の投げたボールが届いた音さえ聞こえない。夜の湖に石を投げて、音が返ってこない。そんな不気味さを会話の最中に感じることがある。これが響かない身体だ。(75ページ)

「教養」と言いますと、私たちはとかく「頭」のことばかり考えがちですが、教養というのは「身体」にもでるものなのです。私たちもこれから自他の身体のありように関心を払ってゆきましょう。

と、抽象的にこの本を紹介してきましたが、もちろんこの本には具体的なアドバイスも多く述べられています。私がここで紹介したいのは次の二つです。
一つは、聞いた話は必ず再生できるような力(要約力)を日頃からつけておくこと。漫然と聞いていて、その時には面白いと思っても、「なにがどう面白かったの?」と後で他人に聞かれて答えられなかったら、あなたはその話を十分に理解したとはいえません。たえず、話の要点を他人に伝えることができるように、自分で話をまとめながら聞く力をつけるとあなたのコミュニケーション力は飛躍的に向上します(143ページ)。
二つ目は、「たとえば」と「つまり」という言葉をうまく使い分けること。「たとえば」とは具体例を導入する言葉です。話が抽象的になりすぎたら、この言葉を使います。「つまり」とは抽象的にまとめるための言葉です。具体的なことばかり話していて話の脈略が失われそうになったらこの言葉を使います。この具体化と抽象化の往復運動が知的会話の構造だと著者はいいます(149ページ)。

この本を読んでみますと、私たちは存外に貧困なコミュニケーションしかしていないことに気がつくでしょう。この本を読んで、コミュニケーションを豊かにしてください。それが人間の幸福です。


2 読むことについて
齋藤孝(2002)『読書力』岩波新書

大学生は、読書を楽しむ習慣をぜひとも身につけてください。読書が、どれだけあなたを強め、深め、豊かにしてくれるかについては、どうぞ年長者の言うことを信じてください。「信じないのは私の勝手」と思われるかもしれませんが、中高年になって読書の習慣がついていない人がいざ本を読もうとしてもそれはかなり困難です。それに読書の習慣の有無は、中年になる頃までには、必ずといっていいほど、その人の物の言い方、話の展開のさせ方、物事の捉え方、判断と行動の仕方の違いなどになって現れます(もちろん読書をしてもつまらない人もいれば、読書していなくても素敵な人はいるのですが、それらは例外として)。平板で狭い視野しか持たない人生は、他人だけでなく、自分自身も退屈させてしまいます。ましてや現代は高度知識社会です。読書習慣を通じて得られる知への感度、知の咀嚼力、知の応用力なしには、知的仕事(教師もその一つです)を得ることすら難しいといえるでしょう。どうぞ読書の習慣だけは確実に大学時代につけてください。大学卒業までの時間と、大学卒業してからの時間とでは、後者の方がはるかに長いです。大学卒業まで、言われた勉強しかしておかずに、自主的に読みたい本を見つけて読むふける習慣というか態度というか喜びを見出していない人は、大学卒業後の長い時間の間に、あまり向上が見られません。逆に大学時代までの勉強はそこそこだったにしても、読書の喜びを知っていれば、その後の長い人生がどんどん充実してゆきます。自発的な読書の喜びは教師に教えられるものではありません。自分で感じ取るものです。あなたは読書の喜びを感じていますか?
「本は読んでも読まなくてもいいというものではない。読まなければならないものだ」と、著者はこの本の中で断言します。本を読むことの意味は何であるのかという問いに対しては、読書によってつけることができる力、つまり自己形成力、コミュニケーション力そして人間を理解する力などであると明快に答えます。さらに、それらの力を培うために読書力の基準を「文庫百冊・新書五十冊」と設定したり、読書をスポーツであるとしてスポーツと同じように読書における上達のプロセスを紹介したりして、読書への具体的なアプローチの仕方までも筆者はこの本の中で紹介しています。
ぜひこの本を読んで、読書の重要性に目覚めてください。そして皆さんも卒業までには文庫・新書を合わせて、最低150冊は読んでください(私は大学生には文庫より新書を薦めたく思っていますが、まずは自分でどんどん本を選んで読み進めていってください)。とりあえずは自分の興味のある分野からで結構です。そこから少しずつ自分の世界を広げていってください。
もちろん、読みっぱなしではいけません。自分で買った本なら線を引くこと。著者は赤色を最重要箇所、青色をまあまあ重要に思える箇所、緑色を主観的に面白く思う箇所に引くことを勧めています(ちなみに私は大学院生の頃は、赤色と緑色は同じですが、青色は反論・批判したい箇所に引いていました。もっとも最近の読書の場合は黄色の蛍光ペン一本で済ませることが多いですが)。
また本を読んだら、その面白かったエッセンスをできるだけ他人に伝えてください。この要約があなたの知力を上げますし、あなたの友人・知人の興味の幅を広げます。そのようなネットワークが築ければ、あなたは自然に知的能力を上げることができるでしょう。教英には、教英専用の「教英読書倶楽部」(和書用)と「教英リーディングマラソン」(洋書用)という読書の楽しみのための掲示板が存在します(教英以外の方の書き込みはお断りしております)。どうぞこれらの掲示板も使って、あなたの読書生活を質・量ともに充実させてください。
また、広大教育学部の新入生でしたらガイダンスの日に配られた『大学新入生に薦める101冊の本』をブックガイドにして読み進めることも一法でしょう。この場合は、高い本も多いので、ぜひ積極的に図書館を利用してください。
図書館の利用といえば、ぜひ図書館ではチェーン式に連続して本を借り続けてください。たとえば毎回三冊借りる。期日になったら当然その三冊を返しますが、読めていなくても気にしない。しかし返したら必ず新しく三冊借りる(あ、もちろん一冊でも五冊でもいいです)。毎回、何か面白い本はないか、と自分の知的好奇心というか知的感性、そして意欲を刺激し続けるわけです。大学図書館にはたくさんの良書があります。また、学術書ではなく、一般書(娯楽書)を借りたいならば東広島市図書館をぜひ使い続けてください。図書館では、さまざまの雑誌や新聞も閲覧することができます。ぜひ図書館をうまく活用して、学生時代に読書の楽しさをおぼえてください。


3 書くことについて
山田ズーニー(2001)『伝わる・揺さぶる!文章を書く』PHP新書
「『書く』ってそんなに難しいんですか?あっ、漢字を覚えろとか、ワープロに慣れろということですか?」と思われた方、次の著者の言葉を噛み締めてください。本書の冒頭の文章です。

書くとは考えることだ。だから、書くために必要なことを、自分の頭で考える方法がわかれば、文章力は格段に進歩する。
では、あなたは暗記と応用ではなく、「自分の頭でものを考える方法」を習ったことがあるだろうか?
ある日私は、大学院生からこんなEメールをもらった。
アルバイトで受験生の個人指導をしていますが、彼らが、自主的に"考える"ことを放棄して、その結果、苦しんでいるように見えてしかたありません。学習のみにとどまらず、自己発見や進路についても。苦しんでいることを自覚していれば、まだ良いと思います。"なんとなく"生きている子たちこそ、いま受けている傷は深いのでは、と胸を痛めています。
何ごともあまり考えない、考えてないことにさえ気づかない人は、一見オメデタイ人のように思えるのだが、実は深く傷ついている。
「考えない」というのは、自然天然の状態ではなく、実は、不自由なことではないだろうか。(12ページ)

著者は別の箇所では次のようにも言います。

"なんとなく"で生きるということは、自分の中にあるものと向き合わないことだ。他人の言うことを仕入れては、切り分けて、外に出す。そんな受け売りを繰り返していると、自分の内面と、行動が離れていく。
自分が、外界と関わっていることにならない。
だから、考えることを通して、自分の内面を顕在化できないとき、人は静かに傷ついていくのだ。(40ページ)

と、私の(悪い)癖で、抽象的な文章ばかり並べましたが、この本は「志望理由(自薦書)」の書き方も含めた具体的な文章の指南書です。ぜひ具体的なノウハウについてこの本から学んでください。
でもそういったノウハウを、強引に一言でまとめるなら、よく書くということは、どれだけ相手のことを考えられるか、ということになるかと思います。相手のことを考えるといっても、それは自分のことを無視することではありません。自分を見つめ、相手のことを考え、その自分と相手の関係性の中で、何か新しいものを探すということが書くことといえます(そう、書くこともコミュニケーションなんです)。著者はこう本書をまとめます。

相手という個性に、自分として向き合ったとき、自分の中に湧き起こってくるものがある。その相手だからこそ言いたいこと。自分にしか言えないこと。そういうものに、私たちはもっと忠実になっていいと思う。
多くの場合、それは自分と相手のギャップによって生じるメッセージだから、ときに相手に歓迎されず、違和感やざらつきを与えるかもしれない。
それでも違和感という形で、ときに反発という形で、相手の潜在力を揺り動かすことができれば、相手を生かし、自分を相手の中に生かしたことに他ならない。
自分にしか書けないもので、互いの潜在力が生かされるとき、相手とあなたが出会ったことは意味を持つ。あなたが書くものは、相手にとってかけがえのない意味を持つのである。

あなたには書く力がある。(236ページ)

あなたは書いていますか?


3+ 論文を書くこと
上の山田ズーニー(2001)『伝わる・揺さぶる!文章を書く』PHP新書は、様々なジャンルの文章を通じて「書くこと」を明らかにした本ですが、大学では「論文」(レポート・卒論)と呼ばれる特殊なジャンルの文章を書くことが特に要求されます。戸田山和久『論文の教室 レポートから卒論まで』(NHKブックス)は、そのような「論文」とはどういう文章で、どうそれを書き上げればいいのか、という定義とプロセスを、対話形式と実例でわかりやすく(しかし一部は高度な内容まで)解説した本です。これを現時点で読んでおけば、これから多くの機会で要求されるレポート課題にも自信を持って臨むことができるでしょう。ちなみにこの本は、論理学・哲学・様々な文体を知っていればいるほど、笑えるようにできています。遅くとも大学を卒業する頃までには、この本を読んでゲラゲラ笑えるようになっておいてください。



大学生にとっての新聞・雑誌・本(1999/11/01)(柳瀬が一個人として学部生に送るアドバイスです。もちろん商業的利益関係とは無縁のアドバイスです。色々な意見の一つとして参考にしてください。中には偉そうな言い方になっている所もあるかもしれませんが、そのあたりはご容赦を。なおこの意見は1999年11月時点のものです)

パンのみにて生きるにあらず:ただ生きるためだけでしたら、新聞・雑誌・本など読む必要はありません。しかし、大学という高等教育(higher education)を受ける皆さんにとってこれらを読むことは不可欠です。高等教育とは、人間を単なる生物的存在から社会的・歴史的存在に本格的に変えることです。

住みよい社会のために:新聞を読むということは、その言語を共有する共同体の一員として、他人に起った出来事を、自らに関わりのあることとして考えることです。見ず知らずの他人も、自分と同じように「人権」ある存在として尊重し、社会の複雑な連鎖を少しずつ学ぶための毎日の習慣です。新聞を読むということは、血縁と地縁だけを行動原理とする行動様式から、社会にとっての「正義」を行動原理とする民主主義の行動様式を学び実践することです。人類は数千年かけて民主主義を成熟させてきました。高等教育を受ける皆さんは、ぜひこの人類の貴重な文化を発展させるように心がけてください。

最低限一般紙は購読してください:一般紙を購読し、そこから尽くせぬ面白さを発見する術を身につけてください。最初は全く興味のなかったジャンルに面白さを見い出すこと、新聞に書かれなかったことの裏を読み取ること等の読み方は、確実にあなたの人生を深め、あなたの行動を柔軟なものにします。一日新聞を読まなかったからといって、たいした変化は生じないでしょうが、十年二十年と新聞を(浅くしか)読まなかったら、人生に大きな差ができると私は思います。せめて社説ぐらいには、毎日目を通す習慣からはじめてはいかがでしょうか。
新聞は、はじめは図書館などで読み比べて、自分なりにどれを購読するか決めてみてください。購読する際は、販売店に予め告げておいて、半年ごとに購読紙を変えても面白いでしょう。少なくとも、自宅で購読していなかった新聞を購読してみてはいかがでしょうか。

英語科の人のためのアドバイス:ついでながら英語習得の関連からお話ししますと、日本語での語彙が豊富でなく、かつ知的好奇心を欠く人は、ある程度以上は決して英語力は上がりません。英語を武器にしたいのなら日本語の読み書きをも大切にしてください。「教養」という人生の底力をあなどってはいけません。また英語教育の学生は、教育の多くの時間を英語習得に割いてしまい、日本語による緻密な読書・討論を後回しにしてしまうので、他の分野の学生に比べて知的に幼く見える場合があります。心して自ら興味・関心を深めてください。

できれば日本経済新聞も読んでみてください:一般紙に加えて日経を読むことを個人的にはお勧めします。私の考える日経のメリットは、(1)経済学的思考を学べる:社会のあり方を合理的にとらえる習慣がつきます。人文系の学生・卒業生にはこのような素養が欠ける場合が多いので特に勧める次第です。(2)経営的センスを学べる:情報化に伴うPowershift、Empowermentとは、より多くの人間に経営者的感覚が必要になるということです(いずれにせよ、どんな人だって自分の人生をうまく経営する必要があります)。教育系の人はとかく「ビジネス」や「経営・マネジメント」という言葉を毛嫌いする傾向がありますが、そのようなコンプレックス(=錯綜した感情)はあなたの人生を狭くするだけです。(3)情報革命の進行を知る:私の考えでは、日経は一般紙にくらべて、情報革命が、社会のあり方そのもの、ひいては私たちの知性や想像力のあり方まで変えるものだという認識が徹底しています。
追記(2005/9/16)
:近年、日経が面白くなくなったように思えましたので私は購読をやめました(お金と時間がもっとあったら購読しておきたいのですが)。最近はもっぱら『プレジデント』を購読して、ビジネス社会の常識を学ぶようにしています。同誌には教育関係の記事も多く、私は毎号、ほぼ隅から隅まで読んでいます。

図書館で様々な雑誌を拾い読みしてください:新聞の記述・分析はどうしても浅く、専門性に欠けます。興味をもった分野の雑誌を読んでみてください。英語教育専攻の学生はどうしても『英語教育』や『言語』といった雑誌に目が行くでしょうし、また行くべきなのでしょうが、ここではあえて、自分の専門とは違った分野の雑誌を読んで楽しむ習慣をお勧めします。複眼的思考を身につけてください。私のお勧めは『ニューズウィーク日本語版』、『プレジデント』、『ダヴィンチ』、『日経サイエンス』、『日経PC21』、『世界』などですが、購読する前に(また購読した後も)、定期的に図書館を訪れて様々な雑誌を読んでください。片寄りのないバランスの取れた先鋭さを自分のものにしてください。

ブログもチェックしてみよう(2006/5/13追記):最近は面白いブログも増えてきました。私はほぼ毎日以下のようなブログをチェックしております(他にもいろいろあるけど、それはちょっとマニアックすぎる(汗))。自分の判断で、面白いブログをどんどん見つけてみましょう。

内田樹の研究室 (http://blog.tatsuru.com/)
情報考学 (http://www.ringolab.com/note/daiya/)
揮発性メモ (http://d.hatena.ne.jp/editech/)
認知言語学的メモ (http://editech.exblog.jp/)
蒼龍のタワゴト-評論、哲学、認知科学- (http://d.hatena.ne.jp/deepbluedragon/)
My Life Between Silicon Valley and Japan (http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/
朝日新聞の書評サイト (http://book.asahi.com/)
産経新聞 読書 (http://www.sankei.co.jp/news/book.htm)
毎日新聞 書評 (http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/dokusho/)
本よみうり堂 (http://www.yomiuri.co.jp/book/)
ほぼ日刊イトイ新聞 (http://www.1101.com/home.html)
英語教育の明日はどっちだ (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/)
英語教育に物申す (http://rintaro.way-nifty.com/tsurezure/)

図書館からは常に本を借りておく習慣をつけてください:常に一、二冊の本は図書館から借りておく習慣をつけることをお勧めします。読めなければ返せばいいだけのことです。定期的に図書館を訪れることによって、雑誌にも新刊本にも目がゆきますし、書棚もだんだんとあなたにとって親しみがもてるものへと変わってゆきます。

現代を理解するために新書を読んでください:新聞や雑誌を読んでいると、ある分野の記事も、基礎となる背景がわかっていないとよくは理解できないことを自覚するでしょう。基礎となる背景は、一般読者向けにコンパクトにまとめられた新書で学んでください。それから、これは入門書を読むときのコツですが、(1)わからないところは適当に飛ばしておいてください:入門書の記述はどうしても(いい意味で)大ざっぱになりがちですから、そこだけを何度繰り返して読んでもわからない所は出てくると思います。そういう箇所は飛ばして先にその分野の全体像をぼんやりとでもつかんでください。疑問箇所は中級書・専門書を読んでいたら案外すぐに理解できたりします。(2)複数の入門書を読む:入門期には本の著者とあなたの「相性」が重要である場合があります。一冊の入門書を何度も読むよりかは、複数の入門書を読んで、全体像をつかんでください。

古典は若いうちに是非読んでおいてください:就職するとどうしても目の前の仕事に追われてしまいます。100年単位はおろか、10年単位で考えることすらできなくなります(ひどい場合は一年単位で考えることすらおぼつかなくなります)。しかしそのように仕事で追われている責任のある立場の人こそ、実は100年単位・10年単位で物事を考えることが必要なのです。ですから皆さんは時間のある若いうちに是非、目先の事には全く関係ないように思える(しかし実際は目先の事を根底から規定している)歴史や文学を読んで、人間のあり方について学び始めてください(それに、自分が歳を重ねて若い日に読んだ古典を再読するのも楽しいものです)。西洋の古典を読んで、それを題材にして色々と物事を考えておくと、英語で会話をした時も話がはずみ、また相手にも教養人として信頼されます(聖書とシェイクスピアぐらいは必ずある程度でいいですから読んで、自分の人生に引き寄せて考えてみておいてください)。東洋の古典を読んでおくと、考え方にも広がりがでます(孔子、老子、仏陀は、この順で読むと面白いというのが私の意見です)。世界史と日本史は17世紀以降に関してはある程度の理解はもっておいてください。ある大学の先生は「テレビのワイドショー的な感覚でしか物を語らず、10年、100年単位で物事を考える事ができない人間には『大卒』という言葉はふさわしくない」と言っていますが、私もこの考えには同意します。

伝記・ドキュメンタリーもお勧めします:若い時は当然のことながら自分の進路や生き方について悩んだりします。適当に悩むことは人生にとって必要な事です。悩んだ時には伝記やドキュメンタリーは役立ちます。ちなみに私は本田宗一郎の伝記(各種出版物あり)や、リチャード・ファインマンの自伝([『ご冗談でしょうファインマンさん』2000年初頭に岩波書店が文庫本で出版)が大好きです。また『カオス』(新潮文庫)などの科学ドキュメンタリーは読んでおいて本当によかったと思います。伝記・ドキュメンタリーは、英米と比べると日本の読書界ではあまり重視されていませんが、非常に面白い分野だと思います。

定期的に大型書店を訪れてください:図書館を最大限利用することをお勧めしますが、残念ながら図書館だけでは私たちの知的好奇心は満たされません。日進月歩のパソコンや、お金や性の問題などに関して、図書館は、その性質上、うまく対応できません。さらに、本というのは読まないまでも、どのような本が出版されているかを知るだけでも、私たちに「何か」を教えてくれます。定期的に大型書店をぶらつくことをあなたの人生の小さな楽しみの一つにしてください。ちなみに、その人の知的感度というか知的レベルがどのくらいなのかを測る一つの方法は、その人が大型書店に入って、どのくらいで退屈するかです。みなさんは、大型書店で本を物色して、何時間ぐらい楽しめますか?広島市内でしたら、広島駅前の福屋新館にあるジュンク堂書店、紙屋町広島センタービルにある紀伊国屋書店、山陽本線天神川駅から徒歩5分のダイアモンドシティにあるフタバ図書などに時々寄って、小さな知的冒険の旅をしてください!

どんどん図書館に本をリクエストしてください:後述するように最終的には本は買うべきでしょうが、私たちの財布には限りがあります。大学図書館、公立図書館を問わず、自分が欲しいと思いかつ公共的価値があると思った本はどんどんリクエストして図書館に買ってもらってください。たいていの図書館は真面目な本のリクエストを歓迎するはずです。本が実際に書棚に並ぶまでには数ヵ月の期間がかかることが多いですが、一人でも多くの人がこのような積極的なリクエストをする習慣をつければ、そこの図書館はそれだけ面白い場所になるはずです。(教育学部英語科でもわずかながら学生用の図書予算があります。欲しい本があれば、著者名、タイトル、出版社名、定価、ISBN番号の情報を紙に書いて英語科図書室に提出しておいてください)。

大切な本には身銭をきってください:「この本は、私の人生で複数回読み返す必要・価値がある」と判断したら身銭をきってその本を買ってみてください。買えばそれはあなたの私有財産ですから、下線を引き、書き込みをし、徹底的にその本の内容を自分のものにしてください。

本の貸し借りには気をつけて:個人間での本の貸し借りは紛失のもとです。私はこれまで何度も、貸した本が返ってこずに悔しい思いをしました(話題になる本というのは、たいてい私にとっても大切な本です)。本はできるだけ図書館から正式に借りるようにしてください。まあ、でも教英生には私有本もお貸ししますので、お気軽に研究室に来てください(ただし二、三週間で返してくださいね)。

読書は習慣であり文化です:誰だって読書するぐらいの文字は知っています。読書とは文字認識というよりは、毎日の暮らし方であり人生の楽しみ方なのです。読書を楽しむことを学生時代に覚えた人には、どんどん広がり深まる楽しい人生が待っているでしょう。是非読書という習慣と文化を自分の中に育ててください。


高度な一般的英語力を目指すために(2006/5/13)

この記事は柳瀬が2006年度の大学新入生用の授業(教養ゼミ)のために書いたものです。

皆さんは、教英に入学して卒業していただく以上、「高度な一般的英語力」を目指していただきます。
「高度な一般的英語力」とは、(良い悪いの価値判断はともかく)英語に知的資源が集中している現代においても、英語が聞けない・読めないために情報収集力が落ちないような英語の力をもっていること、および、(これまた良い悪いの価値判断はともかく)英語が国際補助言語として非常に強力なコミュニケーション手段である現状において、英語が話せない・書けないためにコミュニケーション力が落ちないような英語の力をもっていることを指します。もちろんこれは絶対的な基準があるわけでなく、またその限りは果てしないものです。全員が限りない英語力を生涯かけて追求する必要まではないと思いますが(それは個人の選択です)、教英生としてはこの「最低基準」は満たしてもらいたく思います。
ここではその「高度な一般的英語力の最低基準」を、わかりやすさを最優先してTOEFL600点以上、英検1級合格と、(操作的に)定義します。あるいはCNNやBBCを視聴して情報を得ることができ、TIME, Newsweek, The Economist, The New Yorkerなどの一般報道誌を読んで、多くの分野の記事を理解でき、かつ、その記事について自分の意見を語ることができる力と、(機能的に)定義します。個人的には英語を通じて人格的な友人が作れるぐらいの語学力と定義したいところです。教英生は卒業までにこのレベルを目指してください。

このレベルに到達するためには、次のようなピラミッドをあなたの中に創り上げてください。(ブラウザによっては、ピラミッドが歪んで見えるようですが、私が意図しているのは三段階の左右対称的なピラミッドです。HTMLをあまり知らないものでごめんなさい(-_-#) )。

高度な一般的英語力
日本語でのリテラシー 英語の耳・口・目
日常生活でのコミュニケーション力


(1)日常生活でのコミュニケーション力
自分とは異なる人や、自分が今まで知らなかった事柄にも好奇心をもってうまく対応し、自分の枠組みを広げてゆく力とここでは定義します。まあ、日常生活でいつも目が輝いていたらこの力はついていると思っていいでしょう。「よく学び、よく遊べ」と私は常に言っていますが、ある意味、学ぶことと遊ぶことはつながっています。教室の内でも外でもよく学び、よく遊んでください(意味わかるよね、教室で私語をしろとか、教室外でガリ勉ばかりしろとか言う意味じゃないですからね)。
Σ( ̄ロ ̄lll)

(2)日本語でのリテラシー
日本語でちゃんと本を読み、よく考え、きちんと文章が書ける能力のことです。これは上でも説明したから繰り返しませんが、これなくして、「高度な一般的英語力」はつきません。「英会話大好き〜。またホーム・ステイもした〜い」といった感覚だけのタイプの人は、ここをしっかりやらないと高度な英語力はつきませんからくれぐれもご注意を。

(3)英語の耳・口・目
大学新入生には「英語を勉強しよう!」といって、高校までの単語帳や、受験問題集を引っ張り出してくる人がいます。これまでの受験英語は無駄ではありませんが、しばらくはみなさんの英語力の「偏り」を正すために、「耳」と「口」の訓練を徹底してください。ある程度「耳」と「口」ができたら、「目」の訓練に入ります。「耳」→「口」→「目」の順番で、やさしい英語表現を対象にしてしっかりと自己訓練してください。

いわゆる受験英語や、日本語での一般的学力(ここでいう日本語でのリテラシー)に優れる人は、この耳・口・目といった身体的側面を軽視する傾向がありますが、外国語を的確に話すということは、おそろしく高度で精妙で高速な口舌の身体運動です。ピアノやチェロにも並ぶ修練が必要です。また視線を高速に左から動かし、そこから次々に概念理解をするという読むという行為にも実は口舌運動の修練が前提とされているということは心理学研究が教えることです(ま、わかりやすく言えば、まともに音読できない人が、速読なんてできるわけないわけです)。どうぞ皆さん、中学や高校のクラブで初めてならったスポーツや楽器の基礎練習を思い出してください。最低三ヶ月は理屈ぬきで耳と口の自己訓練をしてください。いわゆる「頭のいい人」は身体を軽視することが時にありますが、それは愚かなことです。

それでは「耳」「口」「目」の説明に入ります。

「耳」とはリスニング力。これに劣ると思ったら、適当な教材を徹底的にディクテーションして、自分の耳を「矯正」しておいてください。本格的にやろうと思ったら、深澤俊昭『英語の発音パーフェクト学習事典』(アルク、2800円:CD3枚付)を、本文を見ずに何度も聞いてから勉強するとか、山田恒夫『XP対応 英語スピーキング科学的上達法 CD-ROM付』(講談社ブルーバックス:1680円)のCD-ROMコンピュータグラフィックスで、発音の仕組みを理解しておくといいかと思います。ともあれ、まずは「耳」を鍛えて、英語の音感というか、音楽性を、体得してください。この音感がスピーキング、リーディング、ライティングの基礎となります(英語はリズムです!)。逆に「耳」ができていないと、スピーキング、リーディング、ライティングもどうも、ぎこちないものになってしまいます。バスケットボールを始めた人が、まずはドリブル練習を徹底するように、英語を学ぶ人はまずは「耳」を鍛えてください。
ちなみに私は「耳」が育っていない状態で音読をすることを勧めないことについて、あるところで次のように説明したことがあります。ここではその一部を引用します。

一つの理由は、活字は楽譜ほど親切ではないことである。楽譜の場合は、歌詞は日本語なら確実に音にできる。楽譜に関する最低限の知識さえあれば、音の高低はわかる。音を強めるところ、弱めるところ、長く伸ばすところ、短くつなぐところもわかる。どこで休めばいいのかも同様である。それらはすべて楽譜に書いてある。だが教科書の活字は、楽譜に比べておそろしく不親切だ。まず見慣れぬ単語はどう音になるのかわからない(そもそも音自体が日本語音とは異なる)。英語にも音の高低(イントネーション)、強弱(リズム)、変化(連結や脱落など)、適切なポーズの取り方もあるのだが、それらは活字には一切指示されていない。英語使用者が活字をすらすらと音読できるのは、これらの特徴を体得しており、指示がなくても復元できるからだ。復元できるぐらいに「耳」が育っているからだ。
 二つ目の理由は、英語のリズム・イントネーションが日本語と大きく異なることである。仮にあなたが十分なクラシック音楽教育を受けていて楽譜を読むことには何の問題もないとしよう。それでもあなたにそれまで聞いたことのないラップ(ヒップ・ホップ)音楽の楽譜が与えられ、それを歌えといわれればどうだろう。あなたの歌はラップとは似て非なるものとならないだろうか。やはり楽譜だけでなく、その曲を聞かせてくれとはいわないだろうか。英語も同じだと私は考える。たとえ活字の横にリズム、イントネーション、音の変化、ポーズなどに関する指示記号が詳しく書かれていても、英語の音的特徴が徹底的に耳から入力されて蓄積されていないと、まともな英語音読にはならないだろう。

「口」とはスピーキング力。スピーキングとは、「定められた英文を正確・流暢に発音すること」、「定型表現を覚えてスラスラと再生できること」、「自分の思うように"創造的(creative)”に英文を即興で創り上げること」(創造的言語使用)などから構成されます。最初の二つは、「耳」ができていれば、音読、シャドウイング(そしてその結果の暗唱)などの「集中的入出力訓練」(intensive input/output training)で身につけることができます。同時にこの「集中的入出力訓練」は、「創造的言語使用」の土台にもなります。文法が「身につく」のです。
ここで注意しておきますと、多くの高校英語教育では文法は「規則として覚えておいて、後はよくそれを思い出して考え、『文法問題』を解くための(メタ)知識」として教えられていますが、ここで「身につける」文法とは、「大量の英語を自分の中に通すことにより、自分の感覚にしてしまい、英語を使うに自然とそれに頼っている無自覚な力」といった意味です。こういった違いがわからず、高校までの(悪い意味での)「受験勉強」ばかりを続けても、なかなか英語は使いこなせるようになりませんから、どうぞこういった「文法観」の違いをよく理解しておいてください(興味のある人は「文法獲得と集中的入出力訓練」を読んでみてください)

ちなみによく「私は英会話が苦手なので、英会話学校に通ってネイティブとの会話をするべきだと思うんですけど」と相談を持ちかけてくる新入生がいます。
それに対する私の極めて個人的な対応は「まあ、お金と時間がたくさんあるのなら行ってもいいのではないですか。でもその前にやるべきことはありませんか?」と問い直すことです。私はまず「耳」と「口」を作り上げることが先だと思いますし、そのためには地道な個人学習を継続することがもっとも効率的で効果的だと思っています。

もちろん英会話学校にもいろいろなものがありますし、そのカリキュラムの目的を十分に理解して通えば、英会話学校に行くことも素晴らしい英語学習になります。実際、ある四年生は、どうしても発音に自信がなかったので、思い切って英会話学校に通い、発音矯正に特化したレッスンを受けました。これはこの学生さんにとって非常によい学習となり、彼は自信をつけることができました。ですから私は一概に英会話学校を否定するようなことは言いません。ですが「英語がダメだから英会話学校に行こう(あるいは、短期留学に行こう)」というのは、ひょっとしたら短絡的思考ではないのか、その前にやるべきことはないのか、自分は自助努力をしていない自分を誤魔化しているのではないか、などと分析的に反省してみることは必要かと思います。冷たく言い放ちますと、「お金で実力は買えません」。

大学一年生の皆さんが実行しやすいシンプルなアドバイスをするならこれです。NHKラジオ語学講座の『英会話入門』か『英会話上級』を毎日ディクテーションしてレシテーションしなさい」です。

難しい理屈はいいですから、きっちり毎日ディクテーション(聞こえてくる英文の書き取り)とレシテーション(英文の暗唱)を行なってください(一回英語を聞いただけですぐに英文を見てしまうディクテーションや、たどたどしく頭から英語をひっぱりだしてくるだけのレシテーションなどのいいかげんなやり方ではなく、きっちりとやってください)。ディクテーションで何度も何度も英語を聞き、フラストレーションがたまったところで英文を読んで「ああっ、こう言っていたのか。確かにそう聞こえる!」と耳の矯正をし、何度も何度もCDと共に音読してください。つっかえずにCDと共に音読するのはそんなに簡単なことではありません(それは高度な耳・口・目の同時訓練です)。それを何度も繰り返せば結果としてレシテーションはできます。
とにかく三ヶ月は毎日続けてください。三ヶ月続ければ必ず結果が表れます。一年か二年続ければ必ず確固たる実力になります(私はこのメニューを大学一年生と二年生の二年間続けました。三年目にはさすがに飽きて止めましたが(^^;)。
「えっ毎日続けるんですか?もうちょっと面白い誰でもできる方法はありませんか?」と尋ねたい人もいるかもしれません。でも自分の生活を意志の力でコントロールすることは、人生を充実させる上で、非常に大切な側面の一つです。どうかここは奮起して、とりあえず三ヶ月間毎日ディクテーションとレシテーションを続けてください。あなたはそれで英語力と意志力(の両方の基礎)を身につけることができます。これら二つは一生の宝です。
とはいえ、挫折してもあまり自分を責めたり嫌いになったりしないでくださいね。少しずつ変わればいいわけですから・・・・・
それでもどうしてもダメな自分を責めてしまうのなら、そんなダメな自分を許さない立派な自分を誇りに思ってください。
(まあ、人生こんなものでしょうが、適度に自分を嫌い、適度に自分を好きになってください)。

さて「耳」と「口」についていろいろ言ってきましたが、次は「目」の話です。

「目」とは、ここでは「活字をすぐ音にできる力」と、「視線をスイスイと左から右へと移動させる力」と定義しておきます。活字をすぐ音にするために役立つのは音読です。徹底して音読をしておいてください。
同時に「フォニックス」(phonics)も知っていると便利です。 フォニックスは、英米では子供のための英語教育で多用されていますし、日本では田尻悟郎先生といった優れた実践者が重視し本も出されています(『田尻悟郎の楽しいフォニックス』(教育出版))。ですが、なぜか、日本の学校英語教育ではあまり取り上げられません。おそらく教英一年生のみなさんもあまり知らないのではないでしょうか。
フォニックスはhttp://www.genkienglish.net/phonicsj.htmで試すことができます。
フォニックスの説明に関してはWikipedia英語版では解説がありますが、日本語版ではありません(ほらね、やっぱり英語の知的資源は充実しているのよ)。そこでここで簡単に説明しておきますと、フォニックスとは(英語の)綴り字と発音の原則をまとめたものです。このルールを一応知っておくと、多くの英単語を正しく発音するのが非常に容易になります。
ネット上では東京海洋大学の高木直之先生が、http://www.tosho-u.ac.jp/~takagi/pweb/fhonics.htmでわかりやすい説明をなさっていますので、ぜひご覧ください。また英語ではPhonics on the web (http://www.phonicsontheweb.com/index.php)がいいかと思います。
私は学生時代、竹林滋『英語のフォニックス』(ジャパンタイムズ社)で勉強し、それ以降、特に母音の長音には上に線を引いて(macron)、短音には上が開いた半円のような記号(breve)をつけていました(phonics symbolと呼ばれる表記法です。ちなみに"macron"の"a"と"breve"の最初の"e"は共に長音です)。この本はよくまとまっていていましたのでぜひ復刊を願いたいものです。またこの表記法は慣れると非常に便利です。
こういった表記法でも、発音記号でもいいですから、しばらくは学校の予習の時には必ず調べた単語の発音は正確に書きとめておいてください。時間がかかるようでも、不正確に発音を覚えて、結局は理解してもらえなかったら、バカみたいな遠回りになります。極端な話、"I bought a boat."のような簡単な英語でも、間違って発音する人はいます。教英生はきちんと発音をチェックして覚える癖をつけてください。
「活字をすぐ音にできる力」がある程度身についたら、「視線をスイスイと左から右へと移動させる力」をつけましょう。これは簡単な英語の本をとにかくたくさん、楽しみながら読んでください。内容は難しくないものでOKです。子供向けの本でOKです。こういった多読に関しては「めざせ100万語!多読で学ぶSSS英語学習法」(http://www.seg.co.jp/sss/)が素晴らしいノウハウを持っていますから、ぜひ一度このページを覗いてみてください。この多読法の提唱者である酒井那秀先生の座談会はhttp://www.eigokyoikunews.com/eigokyoiku/essay/200402/index.shtmlで読むことができます。また、以前、私は大修館書店『英語教育 増刊号』(2005年10月)で、『教室で読む100万語』の紹介記事を書かせていただいたことがあります。その一部を引用しておきます。

まず「100万語多読とは何か」。これは、夏休み課題などで一冊か二冊の副読本を読むような従来の「多読」とは全く異なる。(1)辞書は引かない、(2)わからないところは飛ばす、(3)進まなくなったらやめる、ということを多読三原則とするのが「100万語多読」である。これだけ多量の、今までの感覚からすると「常識外れ」の多読は、(4)ごくやさしい薄くて学習者が心から面白いと思える本から始めること、そして(5)クラスの一斉読書でなく個別読書を徹底すること、により可能になる。
(中略)
 この本はさらに、多読授業における支援者の役割は、(8)無理して難しい本を読んでいる学生にやさしい本をすすめることと、(9)学生の好みのジャンルを知り、同ジャンルに属するやさしい本をすすめることであると、これまた従来の英語教育にはあまり見られなかった指導方針を持っている。多読授業の三原則は、(10)教えない、(11)押しつけない、(12)テストしない、なのである。

こういった、まさに自主的な読書を、英語の場合は、簡単な本で行なってください。教英の場合は、図書室にたくさんペンギン・リーダーズやオックスフォード・ブックワームといった簡単な英語の本がおいてありますから、どんどん借りてください。
ただし、この多読は、原則として、耳と口がある程度できてから行なったほうがいいかと私は思っています。英語を読むと、どうしても訳さないと気がすまないという「ヤク中毒」の人は特に耳と口の訓練を徹底してから多読を行なってください。耳と口の訓練で、英語をそのままその語順で理解する「英語回路」を作りあげてください。「英語回路」ができていないうちは、耳と口だけの訓練を原則として、目を使うことは最小限に抑えてみてください(あるいは目を使うときも、耳や口と共に使って、英語の音と共に英語を理解する癖をつけてください)。

「英語回路」という言葉を使いましたが、英語の耳・口・目の訓練とは、簡単な英語を入出力する「英語回路」を創り上げることだとまとめることができます。この英語回路と日本語のリテラシーの土台の上に、はじめて高度な一般的英語力が可能になります。

(4)高度な一般的英語力
教英生は基本的に二年前期までに(1)から(3)を徹底し、二年後期から(4)の段階に入ってください。スカパーでのBBC, CNN, Discovery, History channel, National Geographic視聴や、The Japan Times、TIME、NewsweekあるいはThe New Yorkerなどの定期購読を勧めます。ここで(2)の日本語リテラシーの育成で培っていた一般教養が役立ちます。人文・社会・自然の分野をまんべんなくやっていないとTOEFLでの高得点は望めません。購読するお金がない人は、大学のパソコンなどをつかって、以下のようなサイトを熟読すればいかがでしょうか。

The Japan Times http://www.japantimes.co.jp/
TIME http://www.time.com/time/
The Economist http://www.economist.com/index.html

そうして一般報道で、幅広く英語に接する一方で、好きなジャンルの読み物を純粋な楽しみのために読む習慣もぜひつけておきたいところです。これについては「お気楽ペーパーバックの楽しみ」(http://www2m.biglobe.ne.jp/~okiraku-/)をぜひ参照してください。また洋書の注文はアマゾンが便利かもしれません(少なくとも「芋づる式」に本を薦めてくれる機能は私は非常に便利に感じています)。
映画を繰り返し見ることもいい勉強になります。ここでは繰り返し見ることを強調します。第一回目は日本語字幕で見て結構ですが、第二回目からはDVDなら英語字幕にしたり字幕を消したりしてみてください(VHSならテレビ画面の下に物を置いて字幕が見えないようにすればいいだけです)。そしてできればもう一回、第三回目の視聴もしてください。ずいぶん多くの表現が耳に入ってくるようになるはずです。そうして入った表現は場面と共に記憶に残ります。英語の「耳」と「口」、ひいては「英語回路」を作る格好の、しかも楽しい!、方法です。
繰り返して見るのですから、映画は良質なものでないと飽きてしまいます。私のお勧めは法廷モノかヒューマンドラマ、そしてドタバタではないコメディです。これらのジャンルでは言葉が本当に重要な役割を果たしています。言葉によって、判決、人間関係や笑いが成立するのです。これらのジャンルの良質な映画で言葉の力を感じてください(繰り返すようですが、このような言葉の力を感じるためにも、映画は繰り返し見る必要があります。社会人になったら同じ映画を繰り返し見るなどの贅沢は味わえません。どうぞ今のうちに名画をたくさん何度も繰り返して見てください)。
こうしてみますと、ここでいう「高度な一般的英語力」と、世間的なイメージでの「英会話」(定型句を操ること)はずいぶん違うことがわかるかと思います。教英生の皆さんは安直な「英会話」のイメージにとらわれずに、ぜひ「高度な一般的英語力」を目指してください。応援しています。質問があればいつでもどうぞ。

追記(2006/5/25):この記事を書き終えた後で以下のホームページを見つけました。「はじめに」などのページを読んで参考にしてください。
英語を学ぶすべての人へhttp://www.howtoeigo.net/


英国語学研修留学をする皆さんへ、日本に残る皆さんへ (2007/2/27)

 4月より5ヶ月間の英国語学研修留学をする皆さんと、それに参加せず日本に残る皆さんへ、本日は簡単にメッセージを伝えます。
 それはどちらの人々も志を高くもって勉強してくださいということです。
 まず留学をする皆さんへのメッセージです。皆さんの留学は「留学」といっても、その正体は「語学研修」であり、あくまでも目的は英語の習得です。この意味で、今回の英国行きは、「留学」という言葉でしばしば意味される「外国の大学で、何かの学問を極めること」とは異なります(狭義の「留学」)。「語学研修」と(狭義の)「留学」では、一般に後者のほうがかなり困難です。英語といった外国語ができることは当然の前提で、その後の学問の修得がなかなかに困難だからです。皆さんは、そういった狭義の「留学」をする前に「語学研修」をすることを選びました。これは一つの現実的な手段だと思います。
 しかし、決して「語学研修」に安住しないで下さい。「語学研修」ではしばしば皆さんは「外国からのお客さん」として手厚く丁寧に扱われます。もちろんそのように扱われることに何の悪いことはないのですが、問題は、そのような扱いの中で、皆さんが自分の目標や志を低くしてしまうことです。皆さんの多くは英語教師を目指しているはずですが、皆さんに将来習う生徒の数というのは多くにのぼります。その多くの生徒さんの学習や興味は、皆さんの素養や教養によって大きく左右されます。
 現在、日本では英語学習はとにかくブームになっていますが、皆さんは、ただ自分は英語が好きだから英語教師になりたいだけですか?生徒も英語ができるようになればそれだけでいいのですか?生徒が将来英語をどのような態度や信念で使うのかについて、教師は無関心でいいと思いますか?英語は「勝ち組」の印ですか?英語が苦手な子は放っておいてもかまわないのですか?もし苦手な生徒にも英語を学ばせようとするのなら、あなたのその姿勢の根本のところにはどんな信念があるのですか?
 21世紀を迎え、世界はますますグローバル化しています。経済活動のつながりだけでなく、政治活動もつながってきます。ある地域での戦争は、他の地域の若者も兵隊として巻き込みます。ある国での人権蹂躙や貧困や災害は、他の国々の人々の関心を引きます。環境問題は国境を越えた問題で、国や企業のそれぞれの利権を超えて解決されなければなりません。今、人類は、これまでにない高い意識で、「世界」「地球」「人類」という意識を持ち始めたのかもしれません。「世界全体が幸福にならないかぎりは、個人の幸福はありえない」というのは宮沢賢治の言葉で、あまりにも理想主義的に聞こえるかもしれませんが、ある意味私たちの心に深く訴えかけてくる言葉です。
 もちろん私たちが一気にドンキホーテのように「世界のために」「地球のために」とばかり唱えて、足元を見なくなってしまえばそれは愚かで滑稽なことです。皆さんも語学研修の時には、まずは地道な語学の勉強を、英語教師になったらまずは毎日の授業に全力投球するべきです。しかし、その一方で高い意識を保っておくことは重要なことだと思います。
 話が長くなりましたが、私が皆さんに語学研修中にお勧めしたいことは次の二つです。
 一つは、日本社会の比較の対象として英国社会のことをよく観察してほしいということです。私たちは職業人としても一市民としてもよりよい社会をつくりあげる責務を持っています。日本という国の社会を考える上でも他国の事情を一つの比較の対象(決して「唯一の比較の対象」ではありません)として深く知っていることは、非常に思考の栄養になることです。
 英国は18世紀中頃から産業革命に成功し、さらにはさかんに植民地開拓を試みました。19世紀半ばから19世紀末にかけては「パクス・ブリタニカ」(Pax Britanica:イギリスの平和)と呼ばれるほどの栄光を担い、19世紀のグローバリズムの覇者となりました。そうして資本主義を発展させる一方、その中で生まれてきた格差の問題は社会主義の考えも生み出しました。その後、第一次世界大戦と第二次世界大戦で、イギリスは疲弊し、1970年代には「英国病」、「ヨーロッパの病人」と呼ばれるほどになります。ですが、サッチャーの改革などを経て、21世紀の現在、イギリスも21世紀型グローバリズムの流れに合流しています。
 このような歴史をもつ英国社会にはいまどのような良さがあり、どのような問題があるのでしょうか。日々観察してください。毎日、新聞を読んでください。語学研修の勉強だけで満足せずに、日頃から問題意識を高め、英国社会をより深く知るために、社会の様子をよく見て、報道や論評をよく読んで、よくいろんな人と話してください。これがお勧めしたい第一のことです。
 お勧めしたい第二のことは、グローバルな意識を高めてくださいということです。英国では様々な肌の色の人々が、英語そのものを、あるいは英語を通じての学問を学びにきていることに気づきます。このように英語を強力な通用語として結びつこうとしている様々な人々はどのような世界を作り出そうとしているのでしょうか。可能な限り、イギリス人とだけでなく、世界各国からの人たちといろいろ話をしてください。そしてそれぞれの考えを聴き取り、あなたの考えをぶつけてみてください。現在、アメリカが単独覇権を取ろうと取れないこの21世紀型グローバリズムは世界の人々にどう捉えられているのでしょうか。また中国、インド、ブラジル、ロシアといった国々の台頭を、それらの国々の人々は、また他国の人たちはどのように捉えているのでしょう。人類はこのまま経済発展を続けてゆけるのでしょうか。世界的な貧富の差はこのままになるのでしょうか。文化の衝突はこれからも起きるのでしょうか。戦火はどこかでさらにあがるのでしょうか。地球環境はこれからどうなるのでしょうか。どうぞ様々なことを、いろんな国の人々と話し合ってください。
 最後に日本に残る人にメッセージを。ひょっとしたら友達が語学研修に行けるのに、自分は行けないのは悔しいことかもしれません(少なくとも私はそうでした)。でしたらその気持ちを、日本での質の高い勉強に向けましょう。ライバル心は火薬のようなもので、適度に使えば、まさに爆発的な力をあなたに与えてくれます。語学研修から帰ってきた友達が驚くぐらいに英語力をつけ、また素養・教養を高めましょう。私もできるだけ応援します。
 将来の日本を担う大きな役割を果たす皆さんの充実した勉強を切に祈ります。




私家版 日本語スピーチのやり方 (2005/4/8)

内閣府による「教育委員会・学校法人アンケート、および教員アンケート」(2005/12/5)によると、教員採用時の面接試験における人物評価の採用基準について尋ねたところ、「人との対話などのコミュニケーション能力」の回答が、都道府県教育委員会で93.6%、教員では78.1%、「人柄」の回答が、都道府県教育委員会で95.7%、教員では58.8%と非常に高い数字になっています。教職志望の人も、企業就職の人同様、「共に同僚として働きたい」と思われるような人柄とコミュニケーション能力を身に付けてください。(2005/12/7)

0 最初に
 スピーチとは結婚式の時に行うだけのものではありません。
 現代社会において、自らの考えを整理したうえで、それを他人に対して説得的に話をする技術は非常に重要です。教員は授業内容をわかりやすくまとめて生徒に納得してもらうように話をしなければなりません。研究者は研究内容を論理的に構築し、研究仲間に研究発表を聞いてもらわなければなりません。会社員も、さまざまな状況で、プレゼンテーションをおこなわなければなりません。ここでは日本語での上手なスピーチの仕方を私なりにまとめてみます。
 ただしここでいうスピーチとはわかりやすいスピーチを対象としています。人を感動させるようなスピーチを対象とはしていません。人に涙させるようなスピーチには、特別な要因が必要だと思います。ここではそのような特別な要因を必要としない、誰でも達成可能な、論理的でわかりやすいスピーチの仕方を説明します。


1 スピーチを作る

1.1 ブレーンストーミングでアイデアをキーワードで書き出してみる
 まずは話の順番など考えず、とにかく思いつくアイデアを紙に書き出してください。ブレーンストーミングのやり方としては中嶋洋一先生が薦めるバルーン方式があります。バルーン方式とは、キーワードを○で囲みバルーンのようにして、それらのバルーンを、キーワードの関連性にしたがって、前後左右に次々に配置してゆくやり方です。

1.2 キーワードを並べなおして一貫性のあるストーリーを作る
 ブレーンストーミングで、自分の「ネタ」を確認したら、今度はそれに番号をつけて、スピーチの構成を考えます。バルーンに色違いのペンで番号をつけていってもいいですし、キーワードを話す順番に従って書き直しても結構です。いずれにせよ、このスピーチの骨格は短く、わかりやすいものにしてください。またスピーチ全体を通じて重要になるキーワードを一つか二つ用意しておくと、話者としてはそれを繰り返すことによって印象を強めることができますし、聴者もそのキーワードをメモしたり思い出すことによって話全体を思い起こすことができます。効果的なキーワードの使い方を覚えてください。

1.3 具体的な証拠(時に抽象的な根拠)を加え主張に説得力を持たせる
 主張にはできるだけ具体的な証拠を加えて話に具体性を持たせてください。数字でもエピソードでもかまいません。具体的な証拠があると、聞き手は主張内容をイメージしやすいし理解もしやすいです。具体的な証拠がない場合は抽象的な根拠で主張をサポートしてもかまいませんが、無理に屁理屈やごく当たり前の理屈なら付け加える必要はありません。いずれにせよ、主張の骨格に、必要に応じて証拠・根拠を付け加えたのがあなたのスピーチの青写真(設計図)になります。

1.4 試しに一人でリハーサルをしてみる
 スピーチの青写真ができたら、それに基づいて、一度自分一人だけでスピーチを話してみましょう。馴れた日本語でも案外言いよどんだり、青写真のスピーチを実際に声に出してみるとしっくりこなかったりすることはよくあることです。そうしてスピーチを推敲する用意をします。

1.5 無駄な主張や証拠(根拠)を削る(K.I.S.S!)
 スピーチの基本はK.I.S.S! つまり Keep it simple, stupid!です。スピーチは推敲することによってよくなります。「あれも言いたい、これも言いたい」というのは人情ですが、ここは「スピーチの主役は聞き手」という原則を徹底してください。
 あなたは、あなたが語ろうとする事柄についてよく知っていますから、スピーチの中に多くのことを盛り込んでも、それらのことを理解するのになんの苦労もありません。ですが、聞き手は、初めてあなたのスピーチを聞くのです。あまりに多くの主張・証拠・根拠が入っていたら聞き手は理解するのに大変な困難を覚えてしまいます。そんな調子では、聞き手は仮に理解しても納得はしません。スピーチの青写真を見ながら、必要に応じて青写真を修正しながらスピーチをシンプルなものにしてください。

1.6 オプションで、印象的な導入をつけてみる
 第一印象というのは大切なものです。スピーチの最初を総括的主張から始めてもいいのですが、聞き手に「おやっ?」と思わせるような印象的な問いかけやエピソードから始めると、スピーチはぐんと魅力を増します。印象的な導入方法はないか、考えてみましょう。

1.7 「最初の主張、最後のまとめ」という原則を徹底する
 とはいえ、印象的な導入というのはあくまでもオプションで、論理的でわかりやすいスピーチでは、「最初に主張を明確に述べ、次にそれを納得させるための証拠や根拠を出し、最後に総括する」というパターンを鉄則にしてください。特に最後のまとめというのは、省略してしまったり、最初の主張の単なる繰り返しになってしまったりすることがありますから、そうならないよう、最後にうまく全体を総括できるようなまとめをできるよう工夫してみてください。このときにうまくキーワードを使うと効果的です。

1.8 長いスピーチの場合は、常に聴衆に見通しを持たせる
 スピーチが長くなると、聞き手は一つ一つの話はなんとなく追えても、全体が見えなくなることがあります。そうならないよう、長いスピーチでは、常に聴衆に、今話が全体のどのあたりであり、どこへ向かおうとしているのかを自覚させるように工夫してみてください。最初にスピーチの骨組みを話して、時折話はどこまで進んでいるかを示すことや、レジメを用意して、時折それを参照することは聴衆に見通しを持たせるための工夫です。

1.9 仕上げのリハーサルをする
 一人でリハーサルを繰り返せば、あなたのスピーチはその分だけ、確実によくなります。スピーチを苦手と思う人は、特にこれを徹底してください(私は学生時代、英語スピーチのリハーサルを川岸でやりました)。


2 スピーチを発表する

2.1 吐く息に集中して深呼吸をする
 スピーチを始める前には落ち着かないものです。そんな時にスピーチを今更ながらに暗記しようとしたりしても、かえって焦ってしまってうまくゆかないことが多いものです。こんな時はいっそ、深呼吸をしましょう。深呼吸といっても、よくやるように最初に大きく息を吸い込むのではなく、吐く息に集中して、長く息を吐いてください。そうすれば自然に大きく息を吸うことができます。

2.2 アイコンタクトを行う
 スピーチとは結局コミュニケーションです。言葉を交わす前に、まず目と目が合っていなければなりません。アイコンタクトを心がけてください。視線を適当に動かし、できるだけ多くの聴衆とアイコンタクトをとってください。いいスピーチの時は、聴衆全体とアイコンタクトが取れ、会場の一体感が感じられるものです。なお、ネガティブな反応をする一部の聴衆は無視するようにしてください。その人はただ単に他の理由で機嫌が悪いのか、前日に寝ていないのかもしれませんから。一部の聴衆に心乱されることは、他の大多数の聴衆の存在を無視することになってしまいます。

2.3 声を届かせる
 アイコンタクトができても、声が届かなければ意味ありません。しかし声を届かせる技術は一朝一夕には身につかないものですから、これは日頃から注意して、大きいが、耳障りでない、聞く人に届く声を出す訓練をしてください。また声が届いても、早口すぎたり、ゆっくりしすぎたりしてもいけません。丁度良い話のテンポ・ペースをみつけるようにしてください。丁度良いテンポ・ペースは、聴衆とアイコンタクトを交わし、聴衆の表情をよく見ていれば自然とつかめるはずです。(上級テクニックとしては、山場でたたみかけるように早口で語るというものもありますが、こういったことは自然の盛り上がりに任せた方がいいでしょう)。

2.4 相手の反応と残り時間に合わせて、適宜スピーチを変更する
 繰り返します。スピーチの主役は聞き手です。話し手であるあなたではありません。あなたが用意したスピーチ原稿でもありません。主役である聞き手が示す反応に、うまく応えることができることがスピーチを成功させるコツです。スピーチが滑ったり、難しすぎたりするようだったら、準備した原稿を一部省略したり簡単にしてください。スピーチに反応してくれるようだったら、スピーチ全体の骨格を崩さない程度に、予定よりも詳しく話をしてください。
 よくスピーチの原稿を準備したら、スピーチを準備した通りに発表することだけに気をとられて、聴衆の反応や残り時間を無視して、一人で舞い上がったままスピーチを行おうとする人がいます。これはスピーチの主役を無視したまずいやり方です(原稿を読み上げるだけのスピーチが面白くないのは、皆さんもご存知のことでしょう)。主役である聞き手が納得し、満足してくれる限りにおいてスピーチは存在意義をもちます。スピーチの準備を基にしながらも、必ずしもそれにとらわれず流れに柔軟に対応してください。外国語である英語によるスピーチならこれは難しいですが、馴れた日本語なら必ずできます。


3 まとめ
 スピーチも他のアートと同じように、大部分は技術的・分析的に捉えて、そこを改善することによって進歩させることができます。個性は自然とにじみ出てくるものです。まずはこれまでに述べたような技術的・分析的改善を徹底させることに集中しましょう。



鴻上 尚史『あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント』講談社文庫 (2006/4/10)

第三舞台(鴻上演劇研究所)を主宰し、多方面でも活躍する鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)さんのこの文庫本は、『発声と身体のレッスン』ほどには専門的に学ぶ準備はないものの、人前に立つ機会の多い人が、手軽に自らの身体のあり方について学ぶのには最適の本かと思います。『あなたの魅力を・・・』といったタイトルは、いかにも売れ線を狙ったもののようですが、売ることを考えずに私が堅いタイトルをつけるなら『身体の教養----使いこなす感情・声・体・言葉』といったものにするかと思います。教師(の卵)ならぜひ一度は読んでおきたい本だと私は思います。
私のタイトルからもわかるように、この本では「教養」がキーワードになっています。教養とは、あることを知っていて(自覚していて)、かつ「それを有効に、創造的に使える」ことだと鴻上さんは定義します(25ページ)。つまり、この本は、自分の感情(第一章)、声(第二章)、体(第三章)、言葉(第四章)を十分に自覚して、それを有効に使いこなすためのガイドなわけです。
ですから感情の教養がある人は、自分のその時その時の気持ちを自覚し大切にしながらも、その場その場で求められる感情を理解し、その感情にまで自分の気持ちを持っていくにはどうすればいいかがわかっている人です。
声の教養がある人も、自分の声についてよくわかっています。声には、(1)大きさ、(2)高さ、(3)速さ、(4)間(ま)、(5)音色(おんしょく)といった要素があります。これらの要素を自覚的に使い分けることが声の教養なわけです。その他にも、『自分の体を楽器にする」方法などもこの本には述べられています。
体に関しては、「体の外側」と「体の内側」に分けて考えられています。「体の外側」に関しては、自分の立ち居振る舞いをビデオに録画して見ることなどが勧められています(ちなみに、「自分の授業をビデオで見てみろ!」とは優れたベテラン教師の多くのアドバイスです)。「体の内側」については、「リラックスした体」=「体に余計な緊張がなく、いつでも動ける体」(130ページ)を目指して、「首と背骨と骨盤」(148ページ)の関係をチェックしたりする具体的な方法が数多く掲載されています。私は下手なままで、現在は止めてしまいましたが、空手を習っていたので、この章の記述は空手道場で教えられていた体の運用法を思い出しながら読み進めました。
最後に言葉については、ロシアの演出家スタニスラフスキーの「三つの輪」の考えに基づいて具体的なアドバイスが語られます。180ページの表には次のようにまとめられています。

状況 言葉
第一の輪 一人
(考え事、本、編み物)
自分に話す言葉
(ひとり言)
第二の輪 相手に関心・
集中している
相手と話す言葉
第三の輪 みんなといる
(相手が二人以上)
みんなと話す言葉

言葉に関しても、今自分はどの輪にいるのかを自覚しながら、それに適った語り方を行うのが声の教養です。さらに、時にはあえてそれをずらした語り方をしたりもします(話のうまい校長先生が、朝礼という第三の輪の話に、わざと第二の輪の語り方、第一の輪の語り方を挟む例などがあげられています(211ページ)。確かにこうしてみると言葉の教養のない人、ある人というのはあるなと思わされます。

こうしてまとめてみましたが、この本はぜひご自身で、ゆっくりと日頃の自分を思い出したり、自分の身体で実験したりしながら読むべき本かと思います。知識の教養だけでなく、身体の教養も人生にとっては非常に重要です(いや、身体の教養の方が、より重要でしょうね)。幸い廉価で入手できます。ぜひお買い上げの上、じっくりお読みください。

⇒アマゾンへ


大学生にとってのパソコン(1999/10/10)(柳瀬が一個人として学部生に送るアドバイスです。もちろん商業的利益関係とは無縁のアドバイスです。色々な意見の一つとして参考にしてください。なおこの意見は1999年10月時点のものです。その後2001年10月に一部追加)

とにかくパソコンに慣れよう:お金に余裕がある限りパソコンは購入してみてください。一台10万円程度の量産機で結構です。お金がないなら大学の図書館などにあるパソコンを徹底的に使い込んでください。「デジタル時代の英語教師」で述べましたように、パソコンは人間の生き方・社会のあり方を急速に変えつつあります。時間がある大学時代のうちにパソコンを駆使して人生を豊かにする術を覚えてください。車があなたの人生を豊かにするように、パソコンはあなたの知的(職業)生活を豊かにします。

パソコンの命はconnecting function:パソコンはconnecting machineです。あなたと世界に散らばる知性を結びつけます。またあなたの知性の部分部分を結びつけ、連結強化します。パソコンは「パーソナル」なコンピュータです。あなたの個性・ライフスタイルに合わせた使い方をしてください。そのうちに、パソコンの使用によってあなたの個性・ライフスタイルが予想もしなかったように発展・進化します。

「標準的」な機械とソフトを使おう:Connecting machineとして、パソコンは、その時代でもっとも「標準的」なもの(=最も多くの人に使われているもの)を使うことをお勧めします。文系の皆さんには、今ならマイクロソフト社のWindowsXPをOSとして搭載したマシンで、同じくマイクロソフト社のOfficeというソフトを使うことをお勧めします。標準的なマシンで標準的なソフトを使っていると、世の中の様々な人とのファイル交換ができます。個性的で便利なソフトも使うこともできます。このようなconnecting functionこそがパソコンの命と考えるからこそ「標準的」なものを勧める次第です。(ただし私は製品としてのWindowsが必ずしも優れているとは思いません。またマイクロソフト社の企業姿勢には批判的態度をとる人もいます(cf http://www.asahi-net.or.jp/~ki4s-nkmr/)。私は、個人的にはマックOSのデザインと使いやすさが好きです。またもしあなたがアート系にかなりの興味をもつならマックがいいでしょう。理系の感覚とライフスタイルを選択したいのならUNIX系がいいでしょう。将来性や理念にひかれるならLinux系も面白いかもしれません)。

各種ソフトの、マニュアルに書いていない使いこなし方を学ぼう:以下、マイクロソフト社のOfficeというソフトを主な例にとりながら、表面的ではない「使いこなし方」についてできるだけ説明してみます。

ワープロの主な機能は下書きノート:文書やレポートを作成するときには、大きく分けて、(1)構想を練る(2)下書きをつくる(3)清書をするという三つの段階がありますが、ワープロが最も役に立つのは(2)です。(1)は大きな紙に自由に思いつきを書き込んで、それらを矢印で結び付けたりする方がはるかに便利です(またその前段階としては、とにかく思いついたこと気付いたことをどんどん時系列で書き込んでゆくことをお勧めしますが、これはまた別の話)。(3)は後述するように、表計算ソフトやプレゼンテーションソフトやプラウザーなどを使った方がいい場合もあります。ワープロで装飾文字などに凝っても、それらの見栄えはたいしたことがない場合が多いですし、何よりコピーして他のソフト・マシンに移す時に障害がおきたりします。ワープロは基本的に下書きノートとして使ってください。その時に注意するのは(a)多くのソフト・マシンに共通している[Control+C](コピー)[Control+X](切り取り)[Control+V](貼りつけ)[Control+S](保存)を多用して仕事を早く確実に進める。(b)「文字化け」の原因になる特殊文字(丸の中に入った数字、絵文字など)を使わない。(c)テキストファイル形式で保存する習慣をつける。(この点でWordは使いにくいので、各種「エディタ」を使う人もいます。実際エディタは非常に便利です。)テキストファイル形式ならマックとWindowsでも簡単に互換できます。(d)「インデンション」(=特定の段落だけ右寄せすること)なども、互換されない場合があるので、できるだけ、1.1 1.2 2.1などの数字による階層表記や(a) (b) (c)、あるいはこの文書のように>などの記号によって段落を分ける。(e)英数字は半角にしておく。(f)文字化けの原因になりやすい半角カタカナは使わない、などのことです。ワープロで作成したファイルは最終製品と考えるのでなく、のちに加工・編集する電子素材と考えてできるだけ標準的な電子書式で書いておいてください。印刷するのは最後の最後です。

表計算ソフトも使いこなそう:最近では多くの企業・教育委員会などでワープロだけでなく、エクセルなどの表計算ソフトを使いこなすことを求めています。エクセルでの基本的な計算の仕方、グラフの作り方を勉強しておきましょう(簡単な統計計算の仕方に関してはこのファイルをご覧ください)。また、表計算ソフトは、他人に読んでもらうまとめの表やグラフを作成するために使っても便利です。特にExcelの「書式」→「セル」→「配置」→「横位置:両端揃え」の機能はお勧めです。表がぐんと見やすくなります。

プレゼンテーションソフトで論理的な提示法を学ぼう:黒板やOHPに比べると、Power Pointなどを使ったプレゼンテーションははるかに便利でわかりやすいです。今の時点ではプロジェクターの価格が高いのでまだこのプレゼンテーションソフトの使用は一般的にはなっていませんが、やがて爆発的に普及するでしょう。それまでに、このプレゼンテーションソフトで有効に説明できるように、論理的な箇条書による説明の習慣をつけておきましょう。Officeを買う時は必ずPower Pointが入った版を選んでください。

ブラウザでハイパーリンクの凄さを実感し、自分のものにしよう:Internet Explorerなどのブラウザは、インターネットを見るためのソフトです。検索エンジン(特に英語のエンジン)を使うと、感動的なぐらいに情報が得られます。その時に気付いておきたいのがハイパーリンクの凄さです。「リンク」によって自分が望むページへ一気に飛ぶことができます。このように有機的に相互のページがハイパーリンクされているからこそインターネットはこれほどに便利になっているのです。ぜひあなたもこのハイパーリンクのスタイルを身につけてください。

「他人」を意識してホームページを作ってみよう:インターネットのハイパーリンク・ネットワークに参加するためにあなたもホームページを作ってみませんか。アドバイスは一つ:赤の他人にとっても面白いと思ってもらえるように、話題を客観化し、かつ特化したページを作ってください。あなたの自己紹介と顔写真だけしかないようなホームページはやがて誰にも見られなくなります。しかし、あなたの個性を客観的に表現し、他人にも「面白そう」と思ってもらえるように話題を具体的に設定するならば、ホームページを通じて、思いがけない人間のつながりができます。ここでも大切なのは機械やソフトではなく、あなたの個性であり生き方なのです。

仕事のコミュニケーションはできるだけe-mailで:仕事のコミュニケーションはできるだけe-mailで行ってください。複製、編集、加工が容易なので仕事がはかどります。ワープロ、表計算、プレゼンテーションなどのファイルも「添付」で送れます(ただし、見知らぬ人からのメールについている添付文書は絶対に開かないように。ウィルスに感染するおそれがあります)。でもここでも大切なのは「標準的な書式」という考え方です。できるだけテキストファイルだけで仕事をすませるようにしましょう(e-mailでテキストファイル形式でなく、HTML形式を使うのは現時点ではマナー違反です)。こうしてみますと、いかに「他人にわかってもらえるように書く技能」が重要かがわかるように思えます。E-mailの冒頭には宛名と差出人名、用件名を明記し、結論から文章ははじめてください。私も時に要領を得ないe-mailをもらいますが、そんな時には(自分のことは棚に上げておいて(^^;))「このような人にはできるだけ仕事を頼むまい」とひそかに人物の値踏みをします。また、たまに「e-mailでは話がまとまらないので電話じゃないと/実際に会わないと駄目だ」という人がいます。その主張の一部の真実性は認めますが、多くの場合そういった人は、聞き手の頭と時間をつかって、自分の思考を整理して、かつ聞き手にメモをとらせるという、聞き手にとって負担の多いコミュニケーションをしているだけのような気がします。「偉い」人ならいざしらず、皆さんはできるだけこのようなコミュニケーションの癖は取らないようにすることを私はお勧めします。

仕事の分析を行おう:このように各種ソフトの使い方を覚え、習熟しはじめたら、新しい仕事がくる度に「どのように仕事を分割し、どのソフトに仕事のどの部分を担当させたら、最も効果的か」ということを考える癖をつけてください。仕事が大きなプロジェクトでしたら、その仕事の分析に数時間あるいは数日かけてもいいぐらいです。そのような創造的なパソコンの使い方ができるようになれば、パソコンはあなたの人生にとっての宝になるでしょう。

Outlookで自己管理を行おう:Outlookというソフトは使いこなすと非常に便利です。とくに便利なのが「仕事」の機能。あなたが抱えている仕事を締切日、重要度などで分類し一覧にしてくれます。さらにその仕事の箇所をクリックすると、その仕事に関する進捗状況や、メモ、さらには各種ファイルへのショートカットなどもあり、その仕事に関しての情報を一箇所で管理することができます。たいていの人はスケジュール帳で「予定」の管理はしていると思います。「予定」とは「何時にどこへ行く」といったその場限りのことです。でも私たちの毎日はそのような「予定」をこなしていればすむわけではありません。その「予定」の合間をぬって、自分にとって重要な「仕事」(例えば資格獲得、就職対策、大学院進学準備、等など)を進めなければなりません。「仕事」の管理は、「予定」の管理以上に実は重要なのです。急ぎの「予定」にばかり追われて、実はあなたの人生にとって重要な「仕事」(あるいは「課題」というべきでしょうか)をないがしろにしないためにもOutlookを使いこなしてみてはいかがでしょうか。
⇒追記 2008/09/09:数年前から、私はメール、スケジュール(予定)、タスク(仕事)の管理は、Googleの各種サービスを使ってやっています。メールはGmail、スケジュールはGoogleカレンダー、タスクはGoogleドキュメントのスプレッドシートを使って管理しています。Googleのサーバーにデータがあるので、パソコンや携帯端末でもいつでもどこでもアクセスができますし、仮にパソコンがクラッシュしてもデータはそのまま残るので大変重宝しています。とりわけGmailは、データ検索の速さで非常に使い勝手がいいです。

パソコンを使ってあなたの人生を豊かにしましょう。


⇒「英語教師になるための基礎的コンピュータ・リテラシー」もご参照ください



私家版:教英の四年間!(2006/10/4)

以下は、私が個人的に考える教英生の四年間の過ごし方の目標提示です。数年前から作って、時折配布しておりましたが、ここに公開し、教英の学生・教員の自覚を高めたく思います。教英生の皆さん、充実した四年間を過ごしましょう!









高校生向けの記事








受験・進学に関するQ&A (2005/10/20新設)
ここでは、広島大学教育学部第三類英語文化系コースおよび広島大学大学院教育学研究科英語文化教育学講座(博士課程前期・後期)に進学を希望する方から寄せられた質問にお答えします。
これは優秀な学生さんの確保のためという、極めて功利的な行為ですから(( ̄ー ̄)ニヤリ)、できるだけ親切に回答したいと思います。回答は柳瀬個人によるもので、広島大学や「教英」(私たちは自分のコース・講座をこう呼んでいます)の公式見解ではありません。
教英に進学を希望している方はyosuke@hiroshima-u.ac.jpに「受験・進学に関する質問」とタイトルをつけてメールを送ってください。携帯電話からのメール送信でも結構です。送っていただいた質問は、固有名詞を削除するなど適切な編集を経た上で、このページに掲載することがありますので、予めご了承ください。
(なお直接の面談を希望される進学希望者は、お互いに都合のいい日時に広島大学の柳瀬研究室での面談を行います。メールで希望日時を複数お伝えください)。

質問と回答は、随時、以下に集めてゆきます。

2005/10/20分
高校生:こんにちは。以前研究室を訪問した○○です。入試についての事なんですが、広島大学に合格するには、やはり赤本を買ったほうがいいのでしょうか?それと読書についてなんですが学校の宿題が多くてなかなか本を読み進めることが出来ません(;_;) もうすぐ○○模試もあるので、どうすればいいのか悩んでいます。何か上手な時間の使い方などがあったら教えて下さい。お願いします☆
柳瀬:○○くん、柳瀬@教英です。
赤本、つまり過去問対策は受験の王道だと思います。三年生の時点では必ずやっておいてください。
あと読書ですが、「時間がない」というのは万人の課題ですね。でもとりあえず新聞だけはしっかり読むというのはどうですか?社説は毎日読んでいますか?それから社会科の本も、理科の本も「読書」です。学校の勉強の「読書」も大切にしてください。(本当は、短い時間をやりくりして自由に読書してほしいのですが・・・)
高校生:なるほど。赤本は受験の王道なんですね。
分かりました。毎日時間をとって新聞の社説だけはしっかり読もうと思います。
社会科の本も、理科の本も「読書」かぁ。分かりました普段はほとんどその教科書は読まないのでこれからは読んで行こうと思います。お忙しい中アドバイスをありがとうございました!!
柳瀬:お礼のメールをありがとうございます。
新聞の社説は、毎日読んでいると、どうしてもわからないトピックが出てくると思います。それはそれでいっこうにかまいません。でも、そのわからないトピックをわかろうとする努力だけは続けてください。
今の日本の学校教育は「わかる」内容だけを「わかりやすく」教えてもらって、教師の期待通りの答えを書くことに傾いているのではないかと個人的には思っています。ですが、今の自分では「わからない」内容を、「わかりにくい」表現から自分なりに理解し、それを文章にすること、さらにはその理解を他の人とのコミュニケーションによって訂正し練り上げてゆくことも大切です(というより、実社会では後者の力の方が重要です)。
「よい教師がいればよく学べる生徒」から、「よい教師がいなくても、自ら学べる大人(そして他人から謙虚に学べる大人)」へと成長することは、若いうちには決定的に重要です。
と、話が大きくなりましたが、わからない社説があったら「うーん、○○って何のことだろう。△△のことかな」といった問題意識だけはつくり上げておいてください。そのような問題意識が「アンテナ」となり、あなたの知性を他の人よりはるかに高いものにしてくれます。

2006/4/14分
高校生: お忙しいところ失礼します。私は現在、高校3年生で将来は英語教師になりたいと思っています。入試方法でAO入試も考えているのですが、私はクラブ活動(ESS)で結果を残しているわけでもありませんし、ボランティア活動に参加したこともありません。これでは、可能性はほとんどないのでしょうか?

柳瀬: ○○さん、メールをありがとうございました。広島大学「教英」の柳瀬です。
質問をありがとうございます。英語教師になりたいのならぜひ広大教英に来てください。
さて、質問ですが、全く心配することはありません。AO入試における私たちのアドミッションポリシーは、下に書いている通りです(詳しくは広島大学ホームページの「入学センター」を参照してください)。
 つまり、私たちは広大教英に来て伸びると思われる潜在力を持った生徒さんを取りたいわけであって、決して特殊な経験・経歴を持つ人だけを欲しがっているわけではありません。仮に英語圏で数年暮らして「英語がペラペラ」でも、表面的な英語力しかなく、かつ英語以外には何も興味がない人物なら、私なら高くは評価しません。クラブ活動などで著しい活躍をしたとしても、もしそれだけがその人の取り得なら、同じように私は高く評価しません。
心配せずに充実した高校生活を送り、ぜひ教英を受験してください。
 なお、AO入試は倍率が高いので、毎年、いい人材でも落としてしまうことがあります。万が一AOで駄目であっても、ぜひ前期・後期入試を受験してください。
 また質問などありましたら、ぜひお気軽にお尋ねください。

****広大ホームページより****
教育学部【第三類(言語文化教育系)英語文化系コース】(求める学生像)
英語文化系コースでは,優れた人間性と高度な英語コミュニケーション能力を有し,英語・英語文化と英語の学習に関する豊かな認識に基づき,英語教育を効果的に遂行し,また,国際社会に貢献することができる人材の育成を目指しています。そのため,AO選抜では次のような学生を求めます。
(1)基礎的・基本的な学力を身につけ,主体的に学習に取り組む探求心と自ら実践する行動力のある人
(2)広く人間,教育及び「ことば」の問題に強い興味と関心を持つ人
(3)英語・英語文化・英語教育の探求に意欲と情熱を持ち,将来英語教育及びその関連分野に,教師・研究者・専門家として携わろうとする人
(4)充分な英語文化の知識と高い英語コミュニケーション能力を獲得し,広い視野のもとに,社会で自分を活かそうとする人


2005/10/24分 (これは2005年8月のオープンキャンパスで柳瀬が使用した想定問答集です)

入試に関するご質問 

Q1:「教英」に入るためにはどのような勉強をしておけばいいのでしょうか。

A1:第一に、充実したよい高校生活をおくってください。この場合の「高校生活」とは、学業、交友、課外活動、自主的な読書、家の手伝いなどの総合的な意味です。得意・不得意はあってもかまいませんから、幅広く勉強をして、自分の考え方の枠組みを広げておいてください。基礎学力は大切です。また、友達とよく語り、遊び、豊かな人間関係を築いてください。勉強ばかりできても孤独で淋しい人間ではいけません。さらに、各種の課外活動(クラブやボランティアなど)で、自分を超えて、より広い世界に到達する経験を積んでおいてください。自分自身以外に興味はないような人は「教英」は望んでいません。加えて、教科書以外の本を積極的に読み、知性と感性を磨いておいてください。読書の習慣は人生の宝です。高校生活が皆さんに提供してくれているもの、全てから学ぶように心がけておいてください。
 第二に、もちろん、英語の力をつけておいてください。教科書の音読は徹底していますか?教科書のテープを聞き取る練習はしていますか?各種のコミュニケーション活動に積極的に参加していますか?簡単な英語の本の多読はしていますか?担当の先生に「英語教員になりたいのだが、どんな勉強をしたらいいのだろう」と相談してみてください。もちろん、私たち「教英」の教員にメールで相談してくださってもかまいません。

Q2:私は帰国子女などでもなく、必ずしも英語が得意ではありません。「教英」の受験をあきらめるべきでしょうか?

A2:いいえ。あなたのような努力しながら英語を学んでいる人こそ「教英」は望んでいます。確かに「教英」の入学生は、一年生の五月の時点でTOEICの平均点が625点(標準偏差が71.2点)(注)というように、非常に高い英語力を持った人たちの集まりです(平成17年度実績)。ですが、英語力は、教師になるために必要なものです。教師とは、「できない人」を「できる人」に変える仕事をしています。そのためには「できない人」の気持ちや状態がよくわかっていなければなりません。そのためには自分自身が、英語があまり得意でない人は、むしろ有利な立場にあります。もちろん、有利な立場にあるといっても、自分自身が徹底的に努力して英語力をつけないと、「できない人」のままですから、それでは意味がありません。「教英」は努力して英語を身につける人を歓迎します。
 それでは「教英」は帰国子女を歓迎しないのかといえば、そんなことはもちろんありません。高い英語力が最初からついていれば、大学での学習もそれだけ深めることができます。ただ、帰国子女でも、当初の会話能力は高いものの、それだけにあぐらをかいていると、三年後、四年後はそうでない教英生に、授業の成績はおろか、TOEICやTOEFLの点数でも負けてしまうことはあるということは注意しておいてください。
(注)平成18年度生も平均が625点で、標準偏差は77.6点でした。

Q3:他の英語関連学部との違いがよくわかりません。

A3:広島大学でも、英語に関連する学科を持つ学部としては文学部や総合科学部があります。それらとの違いを単純に言いますと、「教英」はあくまでも教育を志向しているということです。人に英語をわかりやすく教えるとはどういうことか、人が英語を学ぶということを支援するということはどういうことか・・・こういった観点から「教英」では授業が進められます。こういった観点は、学校英語教師になる点はもとより、他の職業でも、他人を意識した言動・コミュニケーションを学ぶことができるという点で有益です。もちろん、英語教育の中身を深めるためには、言語や文学あるいは文化を深く研究したりすることは必要ですから、そのような授業も用意されています。よい英語教師は、必ず「英語そのもの」に関する深い知識と鋭敏な感性を持っています。「教育方法」と「教育内容」は授業の二本柱です。

教育・研究に関するご質問

Q1:英語教師を志望していない人は、何も学べないのでしょうか?

A1:英語文化系コースは英語教師を養成することを主目的としているので、多くの授業がそのためのものです。しかし、英語での高度なコミュニケーション能力を身につけることを目指した授業や、英語にかかわる現代的な課題に関する講義もあります。また、文学部など他学部の授業を受けることも可能です。

Q2:半年間の留学制度があると聞きましたが、留学すれば4年で卒業できないのですか?

A2:心配いりません。卒業できます。2年生の4月から8月までの約半年間、エディンバラ大学やウオリック大学などイギリスの大学へ留学できます。それらの大学で、その間広島大学で開講されているのと同じ科目の授業が受けられる制度なので、留学しても4年で卒業できます。
 留学の費用は、日本円と英ポンドの交換レートにもよるのですが、今までだと、だいたい、授業料と滞在費(下宿代・食費・その他)で120-130万円ぐらいです。

Q3:卒業後に大学院で学びたいのですが、可能ですか?

A3:最近はさまざまな職業で高度な知識を持った人材が必要とされています。生涯にわたって学び続けるための知識基盤と自己学習方略を身につけるためには、大学院に進学することを強くお勧めします。英語文化系コースも大学院博士課程を備えており、学部卒業後2年(博士課程前期:いわゆる「修士号」を得る)または5年間(博士課程前後期:いわゆる「博士号」を得る)学べます。大学院へ進学すれば、教師や研究者はもちろん、英語教育の企画、立案、教材開発など英語教育に関する社会の多様な分野で活躍できます。大学院では「教英」出身者だけでなく、他大学から多くの優秀な学生が集まり、日夜勉強を重ねます。ぜひ大学院進学も視野に入れておいてください。

Q4:就職に関してはどのようなどのような対策をしていますか。
A4:「教英」は教育学部としては、全国の中でもトップクラスの就職率を誇っています。多くの学生が卒業後すぐに正式採用になりますし、よほどの例外的な事情がない限り、たいていの場合、二、三年のうちには正式採用になります。
こういった実績を可能にしている理由としては、第一に授業そのものが英語教師になるということを志向していることがあげられますが、その他にも、学生が自主的に勉強会を開くことや、多くのゼミで面接指導などの就職対策が、授業以外の活動として行われていることがあげられます。就職を考えるならぜひ「教英」を受験することを考えてください。「伝統は力」です。

その他のご質問

Q1:「教英」での学生生活について教えてください
A1:学生同士も、学生と教員の間でも、仲が良いのが「教英」の自慢です。この伝統は決して絶やすことなく、どんどん発展させたいと願っています。学生は、同じ学年の間はもとより、上下の学年間で様々な交流があります。「学部生控室」はいい意味での学生のたまり場となっています。また様々の飲み会も企画されます。教員もできるだけ顔を出すようにしています。大学院生もガンガン勉強しますが、リラックスする時は思い切りリラックスし、飲み会などがしばしば催されます。旅行が企画されることもあります。

Q2:バイトやボランティアの機会は沢山ありますか?
A2:はい。まずバイトですが、西条地区でもさまざまなバイトがあります。ただしバイトのやりすぎや、深夜のバイトは止めてください。体調を崩したり、生活態度が乱れたり、学業生活がおろそかになったりと、本末転倒になります。
 ボランティアは「教英」としても積極的に勧めています。授業の中だけでは学びにくい社会的体験がつめるからです。広島大学は大きな大学ですから、学内でも多くのボランティアの機会がありますし、学外でも東広島市内の各種学校でのボランティアや、ひろしま国際センター(http://hiint.hiroshima-ic.or.jp/hic/)などで多くのボランティアが募集されています。

Q3:生活の安全についてはどうですか。
A3:一番心配なのは交通事故です。それから夜間(特に11時過ぎ)の外出は決して安全ではありません。また各種悪徳商法などにも気をつけてください。アルコールに関しては、「一気飲み」は生命にかかわることもあるので、「教英」では厳禁にしています。それから最近の若い人は、メンタルな面でつまずくことも多いですが、これに関しては「教英」の人間関係や、広島大学の各種のサポートが力になってくれます。(困ったときにはとにかく誰かに相談してください。一人で悩まないで!)



英語を学ぶ高校生の皆さんのために----コミュニケーション能力論の立場から----(2001/10/21)

ここでは若い皆さんが、少しでも効果的に英語を学んで、できるだけ自分の可能性を広く豊かにしてもらえるように、私が英語によるコミュニケーション能力について学んだことなどを、私なりにかみくだいてお話します(従来の議論を少々改変し、用語は思い切って言い換えもしたりしていますので、もし従来の議論も知りたくなったらここをクリックしてください(←著作権保護のため非公開にしました。URLは授業の受講者だけにお教えします))

さてお話の柱は、次の図を理解することにあります。

 
図1:コミュニケーション能力の構造

話のポイントはこれらの要素が連動して、はじめてコミュニケーションは可能になるということです。コミュニケーションのために英語を学ぶということは、これらのそれぞれの要素を育てて連動させるということです。英語を学ぶことを決して言語知識の獲得という点だけから考えないでくださいというのが私のメッセージです。それでは以下、お話をこの図1の各要素ごとに進めてゆくことにしましょう。各要素の説明が終わるごとに英語学習へのアドバイスを挿入することにします。

1 言語知識 (language knowledge)

最初の要素は言語知識です。「言語知識?なるほど、文法と単語を覚えるということね」と思った人も多いかもしれませんが、ここでのポイントはまさにその思い込みを打ち破ることにあります。というのも言語知識とは図2のように説明されるからです。

 
図2:言語知識の各要素

図1に引き続いて図2まで出てきて、混乱したかもしれませんが、今からしばらくは図2に従って言語知識の各要素について説明をします。ポイントは言語知識は大きく分けると二種類に分けられるし、小さく分けると四種類に分けられるということです。もちろん二種類に分けるとしたら構成知識と実用知識の二つですし、四種類にわけるとしたら文構成知識、文章構成知識、用途知識、適切性知識の四つです。たくさん用語が出てきて難しく思えるかもしれませんができるだけわかりやすく説明をするつもりですから、少々ご辛抱ください。

(1) 構成知識 (organizational knowledge):文や文章をどうやって組み立てるか

構成知識とは文や文章をどう組み立てることができるか、という知識です。

(1a) 文構成知識 (grammatical knowledge):文の組み立て方

文構成知識とはどう文を組み立てることができるか、という知識です。「要は、文の要素となる単語を覚えて、単語を組み合わせる文法を覚えるということでしょう」という声が聞こえてきそうです。その通りなのですが、言いたいことが二つあります。一つは先ほどから言っているように、これだけが英語を学ぶことの全てではないということ、二つめは「単語と文法を覚える」ということに関してももう少し考えて欲しいということです。一つめのことに関してはおいおい述べますから、ここでは二つめのことについて述べましょう。

まずは「単語を覚える」ことについてです。皆さんの多くは、単語を覚えるということは、それぞれの英単語について日本語訳を覚えることだと思っているかもしれません。しかしこれには少なくとも二つの問題があります。一つは英単語と日本語訳の間にずれがある場合があるということです。例えば'above', 'over', 'on'はよく「上に」と訳されますが、それぞれに意味は違います('above'と'over'には重なる部分もありますが)。'You had better ...'という表現を「〜するべきだ」と覚えていたら大変な問題を引き起こす場合もあります。二つめの問題は、実は私たちが単語を使う場合は、ほとんどの場合、翻訳などしないということです。皆さんのレベルでしたら、英語を聞いてもいちいち日本語に直しているかもしれません。英語を話すときも、まず日本語で文を作ってからそれを英語に翻訳しているのかもしれません。でもそのようにいつも翻訳していたらとてもまともに英語は聞けませんし話せません。自然なスピードで聞いたり話をするときには翻訳などをしている暇などないのです(同時通訳というのは非常に特殊なことで、ものすごい訓練を必要とすることです)。直読直解や直聞直解といった言葉を聞いたことがあるかと思いますが、それこそが英語でコミュニケーションをする際に必要とされることなのです。「ええ〜っ、でも英語をそのまま理解するなんて無理じゃないの」と思う人もいるかもしれませんが、多くの英語の使い手(日本人)はそうしています。また、みなさんは今、この日本語を自然なスピードで読んでいると思いますが、それは日本語を直接に理解しているということです。これ以上述べると話が難しくなりますからやめますが、英語の翻訳語を覚えることは便利な方法であるが、それが単語を知ることひいては使うことに直接つながるわけではないということを覚えておいてください。

次は「文法を覚える」ことについてです。これについて述べたいのは文法を覚えておくことは非常に便利だが、絶対ではないということです。まず文法は知っておくと非常に便利だということについて述べます。よく人の中には「文法なんか知らなくても身振り手ぶりでコミュニケーションはできるよ」という人がいます。私もかなりの程度その意見には賛成したいのですが、コミュニケーションが高度になるとその意見は通用しません。例えばジェスチャーゲームで「もし私が現在の友人にであっていなかったとしたら、私は今の私と同じ人間であっただろうかと悩んでいる人」ということを伝えることは殆ど不可能に近いと思います。明らかに単語を、一定の並べ方でつなげないとこのように複雑な思考は伝えられません。

でもこの並べ方(つまりは文法)も、絶対的なものではありません。例えばある外国の人が「彼トテモ ギモンデス。アノネ、今タクサン、友達イル。デモ、ナクナル。ドウナルカナア ハ 彼ムズカシイ ワカラナイ」といえば、かなり私たちはその考えを理解することができると思います。大切なことは文法に従っていることではなくて、話す場合にはわかってもらえること、聞く場合にはわかることなのです。文法マニアみたいになるのではなくて、以下に述べる他のコミュニケーション能力の要素を大事にしてください、というのがここでのメッセージです。

(1b) 文章構成知識 (textual knowledge):文章の組み立て方

文と文を並べたものを文章といいますが、この文の並べ方の仕方にもうまいやり方があります。この文章の構成の仕方に関する知識を文章構成知識といいます。ですが、これも便利ですが、絶対ではありません。神経質になる必要はありませんが、先生が「パラグラフ・リーディング」「パラグラフ構成」といったことを教えてくれる時はよく注意して聞いておいてください。これらは上手な文の並べ方に関する知識だからです。またわかりやすい説明文をよく読んで、その内容を他人にわかりやすく伝えることは、文章構成知識の習得に大変役に立ちます(授業を欠席した友達にわからないところを教えてあげる人は、友達を助けてあげているだけでなく自分自身をも助けているのです)。実は多くの外国の人が「日本人は説明が下手だ」と言います。私もそれは一般論としては正しいと思います。どうぞ皆さんは、文章の構成の仕方について日頃から注意を払って、上手に文章を作り、うまい説明ができる人になってください。

(2) 実用知識 (pragmatic knowledge):知っておくと役に立つ言語知識

実用知識とは、組み立てた文や文章を実際に用いる際にさらに知っておいた方がよい知識です。

(2a) 用途知識 (functional knowledge):文がどのような目的で使われるのかを知る

ある種の文はしばしば特定の用途を持ちます。その用途について知っておくことが用途知識です。例えば'Can you open the window?'と言われたとしましょう。「これはcanで始まる文ですから'Yes, I can.'で答えなければならないんだ。それから先生はyes, noだけではなく、もっと文をつなげなさいと言っていたから・・・」などと考えて、上の文に'Yes, I can. I open the windows in my house every day. My brother sometimes helps me. He is very kind.'などと言ってニコニコしていても、それではコミュニケーションがうまく言ったとはいえません。上の文は多くの場合において依頼の表現なのです。また私はある時大学生がアメリカ人の先生に'If I were you, I would take notes.'と言われても何もしない状況に出会ったことがあります。この文も多くの場合において、「ノートを取りなさい」という提案あるいは軽い指示なのです。そういった文の特定の使い方に関しても私たちは注意を払っておく必要があります。

(2b) 適切性知識 (sociolinguistic knowledge):ぴったりと場面に合った言い方を知る

通じても、あまりふさわしくない言い方というのはあります。また逆に、場面にぴったりと合った適切な言い方というのもあります。それらのことについて知っておくのが適切性知識です。例えば皆さんが映画から英語を覚えたとしても、大学や会社への英語面接で'Hey, guys! How'ya doing? Go ask me questions. Shoot!'などと言えば面接官はめんくらってしまうでしょう。今ではあまり聞かれなくなりましたが昔はよく「英語には敬語がない」と言われていました。これは非常に誤解を招きやすい言い方です。英語も他の言語同様に、場面や人間関係などによって適切な言い方というのが決まってきます。英語表現を覚える時は可能な限り、どんな場面でどんな人がどんな人に対して、どんな心情で語った表現なのかについてもぜひ注意を払っておいてください。

アドバイス:単語集と文法書を暗記しておけば英語の勉強はOKだというのは明らかに片寄った考えです。上で述べた点に注意して英語を聞いたり、読んだりして、英語についての幅広い知識をつけてください。

2 世界知識 (Topical knowledge):この世の中で起きている色々な事について知っておく

それでは図1の右上の世界知識について説明をしましょう。英語を使うためには、英語という言語について色々知っているだけではだめで、世界(この世)のことについて色々と知っていなければならないのです。これは当り前のことに思えますが、案外多くの人がわかっていません。時々大学生でも「先生、私は国連の職員になるか、もしくは英語の教師になろうと思います。というか、英語が使える職業だったら何でもいいんですけど」などと相談してくる人がいます。ここに見られる考え方は「自分は英語が好きで英語を勉強している。英語さえ上手になったらいろんな職業にもつけるし、自由に英語も使えるだろう」といったものでしょうか。しかしこれは間違った考えといっても過言ではありません。

「英語が上手だったら英語が自由に使える」というのは英会話学校の教室か観光旅行中のお土産店などだけで言えることです。つまりはあなたがお金を払っている場合、大げさな言い方をするならばあなたが立場が上で「主人」である場合だけのことです。でも職業として英語を使う、つまりはお金を稼ぐために、あるいは対等な関係で英語を使うということは、事実に即して注意深く英語を使うということです。国連職員でしたら経済学や国際法に即して、かつ各国の歴史的事実を踏まえた上で英語を使わなければならないでしょう。英語教師になるにも教育法規や生徒の心理、あるいは英語教育の理論について知っておく必要があります。

英語が好きな皆さん、ぜひ英語だけでなく他の教科も勉強してください。英語だけできても英語を使った活躍はできません。他の教科は好きなのに英語は苦手な皆さん、ぜひ英語を少しでも好きになってください。英語が少しでもできればより重宝されるのは皆さんのような人だからなのです。

それでは具体的にどうすればいいのか。ここではやはりインターネットを勧めておきましょう。まずはYahoo!( http://www.yahoo.com/などの英語検索エンジンから、自分の好きな分野(趣味の分野で結構です)のホームページを探してきてください。たいていの分野で、日本語だけでは得られない豊かな情報が無料で皆さんの手元に入ります。英語の得意な人は、英語を基盤にして世界に関する知識を増やしてください。英語が苦手な人は、自分の得意な分野の知識を基盤にして英語の知識を増やしてください。

アドバイス:自分の好きな分野について書かれた英語を探し出して、それを自分の教科書にしよう。英語が得意な人は、英語マニアにならないように!英語が苦手な人は英語コンプレックスを抱かないように!英語だけできても何にもならないのですから・・・

(3) 統合能力(strategic competence):色々な知識を総合する

実際に英語を使う場合は、言語知識と世界知識が絶妙に総合されなければなりません。これが統合能力です。たとえば'Internet has changed the world.'という文を解釈するとしましょう。そのためにはここに使われている言語に関する知識(言語知識)を持っているだけでなく、「インターネット」というトピックについても知らなくてはなりません(世界知識)。それだけでなく「世界をインターネットが変えた」ということはどういうことかを私たちは実際の英語使用状況では判断します。例えば、ここでいう「世界」とは物理的な意味での世界のことか、国際社会のことか、日本も含めた世の中のことか、それとも人々の連帯の感覚のことなのか、そもそも変わったのは良い方になのか、悪い方になのか・・・こういったことに関して、私たちは判断を重ねたり判断を修正したりしています。そのために必要なのが言語知識と世界知識を統合させることなのです。

実はこの統合能力については語り始めると結構難しいところがあるので、ここでは深入りしません。ですが、ここで強調しておきたいのは、これは独自に訓練して向上する能力というよりは、実際にコミュニケーションを経験するにつれて向上する能力だということです。類例をあげるとしたら「人格」になるでしょうか。「人格」自体だけを訓練して向上させるプログラムなど存在しません。だからといって「人格」は存在しないわけでなく、人の言動の基盤になるものとして存在します。人格の向上は特殊訓練でなく、人生の様々なことを経験するにつれ果たされるものだと考えた方がいいでしょう。もちろんこれは類例であり、統合能力と人格の働きが一緒であるとか言っているわけではありません。私の言いたいのは、コミュニケーションの経験を深めてこそコミュニケーションの技量は向上するということです。

英語を使ったコミュニケーションの機会がない人で、もし映画が好きな人がいればスクリーンプレイなどを参照しながら、ビデオやDVDを何度も何度も見てコミュニケーションを追体験してみてはいかがでしょう。注意したい点は三つ。一つは自分が好きな映画を選ぶこと(好きでないと何度も見る気になれません)。二つは標準的な英語が使われている映画を選ぶこと(アクション映画などは俗語が多すぎてお勧めできません)。三つめは、一度ストーリーを理解したら後は必ず字幕を隠すこと(ビデオだったら字幕が出る画面下の前に何か物を置けばいいだけです)。字幕があるとどうしても英語に集中できないからです。登場人物たちが言葉にどんな意味を込めているか、そしてその言葉がどんな言葉を生み出してゆくのかを映画で何度も何度も疑似体験してみてください。

アドバイス:英語を実際に使ってみて始めて身につく能力があります。コミュニケーションに必要な知識と能力を全て身につけてからでないと英語は使いたくないと思っていると、一生英語は使えないままになります。英語を使う機会があれば積極的にチャレンジしてみてください。

4 心身協調メカニズム (psychophysiological mechanisms):心と体を連動させる

今まで知識や能力について述べてきましたが、これらは心理的なものであると同時に身体的なものでもあります。英語が使えるということは、例えば皆さんの心の動きが英語の発音という体の動きにすぐにつながることであり、また、英語の音声による鼓膜の振動という体の動きが、ただちに皆さんの心を動かすようになるということです。心と体が連動するメカニズムを私たちは英語に関して作り上げる必要があるわけです。それが心身協調メカニズムです。

その点では英語の学習というのは技能訓練やスポーツの練習と一緒です。あなたの思いが思わず口から英語でほとばしでるようにあなたは自分自身を訓練しなければなりません。聞こえてくる英語の音声という空気の振動が、日本語と同じように、あなたの心に直接響いてくるように練習を重ねなければなりません。ところが残念なことにこの心身協調メカニズム形成の訓練が、日本の多くの英語の授業で軽視されています。テープを聞くのは一度だけ、音読は一切なしといった授業も珍しくありません。でもこれではあなたの心と体は英語に関して協調し連動することはありません。

解決法は自分でその訓練をやってしまうことです。とくに授業の復習としてテープを使ってください。(1)まずは授業で扱った英文をテープを聞きながら目で追って、そのスピードで直読直解できるようにする。一度でできないなら何度も聞く。(2)次に教科書を閉じて、テープを聞いて、直聞直解できるようになるまで何度も聞く。(3)次は教科書を再び開いて、テープを一文ずつ再生してポーズを取り、その間に聞いたとおりに発音する(音のイメージが明確につかめたら、テープを使わずに何度も音読する)。(4)さらにテープを通して流しながらその速度で自分で読んでみる。最初は実際に声を出さずに唇だけ動かして読み、次第に声を出すようにして読んでみる。(5)最後に教科書を閉じて、テープを流して、そのテープに沿って英文を再生してみる(シャドウイング)。こういった訓練を自分で自分に課すならあなたは確実に英語力を身につけることができます。本当はこういった訓練を学校の授業で行えればいいのですが、授業というのはなかなか変わりませんので、ぜひ自分で自分を訓練してください。

その際に注意したい点が三つあります。一つは発音の仕方をしっかり覚えておくことです。発音の仕方がいいかげんだと、英語を口にする度に変な癖がついてしまいます。 講談社ブルーバックスの『英語スピーキング科学的上達法』http://www.bookclub.kodansha.co.jp/books/bluebacks/support.htmlをぜひお買い求めの上、自分で発音の仕方を学んでください。付属のCD-ROMが三次元動画などで英語の発音の仕方を視覚的にも聴覚的にも明らかにしてくれます。深澤俊昭『英語の発音パーフェクト学習事典』(アルク、2800円:CD3枚付)も素晴しい音声の教科書です。また 英語・発音・語彙 http://www.scn-net.ne.jp/~language/ もぜひご覧ください。高校生の皆さんには、少し難しいかもしれませんが、大量の良心的で親切な資料が無料公開されています。

もう一つは心を込めて、感情移入して聞いたり読んだりすること。音楽でも心を込めずに指ばかり動かしても決していい演奏ができるようにはなりません。スポーツでもだらだらとただ体を動かしているだけでは決して上達はしません。英語も一緒で、訓練を決して唇を動かすだけのものにしてはいけません。訓練中に集中力が切れたら短い休憩をとって、常にあなたの心が英語を通じて何かを感じられる状態にしておいてください。

注意したい最後の点は、上の点に注意した上で、できるだけ繰り返し聞いたり話したりすることです(この点で英字新聞記者の伊藤サムさんのホームページ「やさしくたくさん」は非常に役に立ちます)。初級レベルの訓練では、応用や実践ばかりを狙うのではなく、基本の練習を繰り返し(しかし心を込めて)やることが重要です。心身協調メカニズムをあなたの中に作り上げるには反復が必要です。上に述べた(1)-(5)の訓練を何度も繰り返してください。もし高校の教科書でそのような訓練をすることがまだ難しいなら国弘正雄先生と千田潤一先生による『英会話・ぜったい・音読 入門編』と『英会話・ぜったい・音読』(講談社、1200円)を使って訓練してみてください。中学校の教科書を使ったトレーニングブックですから英語力の基本を身につけることができます。

アドバイス正しい発音で、心を込めながら、何度も英語を聞いて音読してください。この訓練なしに英語が自由に使えることはありません。

5 興味・関心・意欲 (motivation):みずみずしい心をつくる

実はこれらこそが英語を学び使うエンジンとなります。世界について広く深く学ぶ楽しさを予感すること(興味)、その予感を具体的な分野で実際の楽しみにすること(関心)、その楽しさをどんどん豊かなものにすること(意欲)こそは英語だけでなく、他のことの習得においても一番重要なことです。ガリ勉ばかりして、あなたの感性を貧しいものにしてしまったら、結局は人生の学びを狭いものにしてしまいます。遊ぶときはどんどん遊んで、趣味は趣味としてどんどん楽しんで、あなたの感性を喜びに対して敏感なものにして、英語を学んでください。そして願わくば英語を学び使うことであなたの人生を豊かにしてください。興味・関心・意欲抜きには言語知識も世界知識も統合能力も心身協調メカニズムも宝の持ち腐れになります。そもそもそれらが多く身につくことすらできないかもしれません。豊かな心を持つことの大切さを勉強の時にも忘れないでください。

アドバイス:勉強は心を貧しくすることではありません。勉強はあなたの持つみずみずしい心をますます豊かなものにすることです。長期的にみれば興味・関心・意欲を育てることが一番重要です。

6 コミュニケーション (communication):コミュニケーションを重ねれば重ねるほどコミュニケーションは上手になる

興味・関心・意欲があって、それを基に、言語知識と世界知識が心身協調メカニズムを通じて統合されてはじめてコミュニケーションは可能になります。そしていったんコミュニケーションが始まれば、それは新たなコミュニケーションを呼び、あなたの世界はより広く、より深く、より喜びに満ちたものになります。一億以上の人が使う言語(日本語)に加えて十億以上の人が使う言語(英語)をあなたの人生に加えたらあなたの人生の可能性は何倍もいやひょっとしたら何十倍も豊かになります。若いうちこそそういった学びに時間をかけてください。

英語が使えればインターネットは非常に楽しいものになります(「リンク」のページを参照)。またCS衛星放送やケーブルテレビで見られるディスカバリーチャンネルヒストリーチャンネルなどの英語の教養ドキュメンタリー番組はあなたの視野を広く深くしてくれます。そしてインターネットや英語放送を楽しめば楽しむほど英語力はつきます。英語は使えば使うほど上手になります。ぜひ今のうちに英語力の基礎を身につけてください。

アドバイス:若い今のうちに英語力の基礎を身につけてください。人生にはあなたが想像できないほどの可能性が待っています。これは本当です。



Writing力は「自己対話力」 (2006/3/6)

以下のインタビューは、私がベネッセ国際教育事業部の牧嶋恭子さんといろいろお話した内容を彼女がまとめてくれたもので、GTEC通信2006年2月号に掲載されてあります(ごく一部修正あり)。ちょっと偉そうな物言いになってしまっているところもありますが、それはご勘弁ください。ここにベネッセ様の許可を得て掲載します。

●大学入試の自由英作文で差が出るのは「文法」「語い」 より「構成・展開」の力

―-高校生のWritingをご覧になって、特に差がつくと思われる分野はGTEC for STUDENTSの3分野「文法」「語い」「構成・展開」のうち、どこでしょうか?

柳瀬助教授:「構成・展開」の分野の出来不出来で差がつくことが多いのではないでしょうか。「文法」や「語い」は皆それなりによく出来ています。高等学校での指導努力が良く見える分野です。ただし、「構成・展開」に関しては、本当に生徒によってかなりの差が出ますね。

―-確かに、GTEC for STUDENTSで全国の高校生の答案を見ていても、文法はきちんとしているのに、説得力のない答案が多くありますね。

柳瀬助教授:帰国生の答案にもよく見られますよ。英語はたくさん書いているのに、「I like English because I love it.」のように、「好きだから好き」としか言えず、それ以上に自分のエピソードなどが展開できない。せっかくの英語力がもったいないですね。

●「構成・展開」の力を伸ばす第一ステップは、「他人を意識して書く」こと

―-具体的に中学生や高校生にWritingを指導する際に、「構成・展開」分野を伸ばすためには何に留意したらいいでしょうか?

柳瀬助教授:まず、初期段階には「パラグラフライティングとは?」などと話をしてもなかなか分からないので、「他人が読むということを意識したWriting」をさせることが重要ですね。ただし、ここで言う「他人」とは、「先生、採点者」ではありません。先生や採点者は、生徒が書きたいと思っていることを汲んで評価しようとするため、生徒の中で「メッセージを伝えなければ、分かりやすく書かなければ」という気持ちは湧いてきません。ここで言う「他人」とは、「文章が面白くなかったら読まない、分かりやすく書かなかったら読み取れない第三者」です。例えば、授業中に英作文を書く際に、先生に提出することを前提に書くのではなく、同じ学級の他の生徒や、学校に来ているALTが読む、として英文を書かせてみる。このように「他人」を対象としてイメージして英文を書く時には、「分かって欲しい」という気持ちが湧きます。分かりやすい英文を書くには、この「伝えたい、分かって欲しい」という気持ちが大事です。論理と言うのはあくまで、分かって欲しいことを伝えるための道具。その道具を使いたいと思う気持ちを先に育てます。

―-型を教える前に、その基礎になる「伝えるとは何か」ということを意識させるのが大事なのですね。

柳瀬助教授:はい。特にこの気持ちは、英語学習の初期段階、つまり中学生の時期から育てておく方がいいです。文法事項がきちんと身についていないうちに自由に表現させてもいいのか?という反対意見もあるかもしれませんが、完成してから表現させようといっていたのでは、いつまでも完成しません。簡単な文法でもいいので、伝えるために書いてみる。そうすることで、文法事項も定着していきますし、伝えるために必要な文法への学習意欲も高まります。

●「構成・展開」の力を伸ばす第二ステップは、「なぜ?」と問いを立てられる「自己対話力」を身につけること

―-伝えたい、という気持ちが育ってきたら、次は何に留意して指導をしたらいいでしょうか?

柳瀬助教授:一斉指導ではなかなか難しいのですが、「自己対話力」の育成に留意することが大切です。私も、卒業論文や修士論文指導の際によく面談で指導しているのですが、学生を研究室に呼んで、「なぜこれを書いたの?どうしてこの順番で書いたの?なぜこの理由なの?」と事細かく質問します。そうすることで、学生の中でも「あれ?どうして自分はそう書いたのだろう?」という問いを抱く習慣がついてきます。
 優れたWritingを書ける人は、自己対話できるもう一人の他者を自分の中に持っています。「なぜ?どうして?つまり?」など、読み手が持つと思われる疑問を先回りに自問自答して説明をしておく。そうすることで、論理的でかつ分かりやすい文章が書ける。「自己対話力」とWriting力は比例しています。
 ただし残念ながら、自己対話できる生徒は確実に減ってきています。例えば、私は授業に関して、メールでの質問を受け付けていますが、自分の受けている授業の名称や自分の名前を全く名乗らず、いきなり「次回までの宿題は何ですか?」とだけ携帯からメールを送ってくる学生がいます。「自分が他者にとってどんな立ち位置にあるのか」という意識がないんです。
 どうしてこのように他者意識のない学生が増えてきているかという背景は、中公新書ラクレから出ている『オレ様化する子ども達』という本を読んでもらうととてもよく分かりますが、自分を相対化できない若者が増えています。独りよがりで、自分が言いたいことだけを書くというような文章が結果的に増えています。
自己対話力をつけるのに魔法のような近道はありませんが、授業や普段の会話の場面で、対話をする体験を多く持たせて、「問いの観点を知る」ことが必要ですね。

●Writing力向上のためには、日本語、英語に関わらず 「読書量」を増やすこと

―よく、高等学校の現場にお伺いすると「自由英作文指導に割ける時間が少ない」とお聞きしますが、生徒が家庭学習で力を伸ばす方法はないでしょうか?

柳瀬助教授:自己対話力のなさ、Writing力のなさの大きな要因の1つは「読書量の不足」です。大学でも、パラグラフライティングの定義は言えても、体得していない学生が多いので、そういう学生には「新書を読め」と指導します。小説に比べて比較的固い内容で、パラグラフライティングに近い構成をしているので、伝わりやすい文章を体得するためには有効ですね。だから、中学や高校生も、家庭で小説だけでなく新書なども含めた色んな本を読むことがWriting力向上にもつながると思います。

●Writingの力は、「社会で生き抜く力」へつながる

―Writing力を高めるポイントをお聞きしていると、社会で求められるコミュニケーション力の養成にもつながるポイントだと感じられるのですが。

柳瀬助教授:そうです。現在は、凝縮した知識を短時間で伝えなければならない高度情報化社会なので、パラグラフライティング力がとても重要です。大量の情報をただ羅列するだけでは考えは伝わりません。自分の意見を伝えるのに必要な情報を整理して、論理的に伝える必要があります。大学で論文を指導する際には、論文を書く学生に必ずこう伝えます。「この論文を最後に、これから論文を書くことはないかもしれない。でも、社会に出て人に考えを伝える時に、論理構成は必ず役に立つ。自分は学者にならないから、と勝手に考えないで欲しい。論理的に、明晰に話をするというのは、この時代に必ず必要なのだから」と。
 「私の受験する大学には、自由英作文は必要ないし・・・」と考えている高校生にも、将来社会でいかに英語が役立つか、Writing力が応用できるかを視野に入れて指導にあたっていくことが大事だと思います。

(聞き手:国際教育事業部 牧嶋恭子)



電子媒体による辞書について(2002/1/21)

よく学生さんに「英語の習得のためにはどんな辞書がいいのでしょう」と尋ねられます。「○○社の△△という辞書が一番ですよ」という形の答えが求められているのだろうなと思いつつも、最近の学習者用辞書はどれもよくできていますので、私はいつもこう答えます。「一番いい辞書とは、手元にある辞書です。そしてそれは英英辞書である方がいいのですが・・・」。

最初のポイントの「手元にある」というのは非常に大切なことです。よく、辞書を買ってはみたものの、本棚に置いたままという人がいます。辞書は知りたい単語が出たときに常に引いてこそ真価を発揮します。自宅でも、通学途中でも、キャンパスのどこでもいつもあなたの使いやすいところにある辞書というのが一番大切なことのように思います。

第二のポイントの英英辞書というのは、英語表現は、他の英語表現との対比や関連の中で身につけた方が圧倒的に有利だからです。聞く時、読む時には英語のニュアンスがわかるようになります。話す時、書く時には英語のつながりに慣れているせいで、するすると英語が出てくるようになります。

となると、英英辞典を常日頃持ち歩けばいいということになります。しかし、良質な英英辞典はどれも携帯には重すぎて、ついついカバンの中に常駐させるのをためらってしまいます。また英英辞典は慣れないうちはわかりにくく(慣れると実は英英辞典の方がわかりやすいのですが)、英和辞典も一緒に持っていきたくなります。そうするとカバンはいっそう重たくなり、常時携帯は困難になってしまいます。

これらの問題を一挙に解決するのが英英辞書の入った電子辞書です。電子辞書に英英辞書が入ったものは、英和辞書も入っているので、英英辞書の定義にわかりにくさを感じた時に参照することもできます(ジャンプ機能は本当に便利です)。また和英辞書もこまめに使えば表現力は確実にアップします。その他、英語の類語辞書や、国語辞書、漢和辞書なども入っている電子辞書を常時携帯し使うことはあなたの知的生活支援の強力な武器となります。

私はカシオhttp://www.casio.co.jp/ のEx-word(XD-R9000)を使って重宝していますが、詳しくは店頭で実際に手にとってみたり、沖縄大学の関山 健治先生のホームページhttp://members.tripod.com/~sekky を見たりしてチェックしたりしてみてください。私の個人的な意見としては、高価で大きな辞書を買って、年に数回しか引かないよりは、電子辞書を買って常時使う方がよほど買い物としては賢明だと思います。また電子辞書の数少ない欠点は液晶画面がショックに弱いことですが、このあたりはアフターケアをどのくらいやってくれるかを、購入予定の店で確かめてみた方がいいと思います。価格だけでなくアフターケアも店によって違うようですから、購入前には複数の店をチェックするべきでしょう。

また、もしあなたがコンピュータを常用するならCD-ROM辞書は非常に便利です。その中でも特にお勧めはCollins COBUILD on CD-ROM http://titania.cobuild.collins.co.uk/catalogue/cobcd.html です。ハードディスクにインストールできるため快適に使いこなせますし、何より例文が紙の辞書とは比較にならないほど多いので言葉のニュアンスや連語・用法などを調べるときに大変役に立ちます。また通常の辞書だけでなく、類義語辞書、文法書、用法書、用例集も入っており、ある単語を引けば、クリック一つでそれらを参照することができますから、紙媒体では考えられないほどの便利さで、大量の有益な情報をあなたは手に入れることができます(成句や連語、あるいはまとまった表現を検索するには+でキーワードをつなげて検索すると便利です)。英語を書く時など、もう手放せません。コンピュータを常用する人にはぜひお勧めします。(本屋で購入する場合は、「ISBN0-00-710884-2」を明記して、「紀伊国屋書店扱いの洋書です」と言えば問題なく注文できるはず。4800円程度です)

また、以前私はCD-ROM辞書があれば別に電子辞書など要らないと考えていましたが、実際に使い始めてみると、パソコンとは独立して電子辞書があるとかなり便利です。少なくとも私は電子辞書を使い始めて辞書を使う回数が----ということは語彙学習をする機会が----確実に増えました。

辞書というのは使いこなせばこなすほどその有効性を感じるものです。英英辞書つきの電子辞書は、実売価格はずいぶん下がってきましたし、使いやすさということから考えるとお勧めしたいアイテムです。

追記(2004年1月):最近の電子辞書の進化は凄いものがあります。新しいモデルは値段だけでなく、機能が非常に充実していますので、数年前のモデルが過去の遺物のようにすら思えます。


 

<表紙へ戻る>