良心の無い判決に怒り
12月2日、長崎地方裁判所は金順吉さんの訴えを棄却した。この裁判は広島の裁判と共通項が多い。被告として、国と三菱を訴えていること。戦争中の強制連行・強制労働の責任を問い戦後補償を求めていることなどだ。広島の裁判の支援者も長崎の判決を注目していた。「棄却」という結論は本当に残念であり、怒りが沸いて来る。
判決では、今の三菱は当時の三菱とは別会社であるから責任は無いという。この点は三菱の主張どおりであり、広島の裁判でも三菱が主張していることだ。戦後の財閥解体で、三菱は解体されたので今の三菱は別会社となっている。法律としてそうなっていることは原告だって百も承知している。強制労働が行われたその同じ場所で三菱は今も変わることなく生産を行っており、みっつの三角マークも同じ。広島でも長崎でも三菱は、戦前・戦中に培った資産を使って営業している。なにより当の三菱自体が、「三菱百年の歴史」と言っているではないか。「別会社」なんて金順吉さんが告訴して始めて主張しはじめたこと。戦争中の負の遺産のみ引き継がないとは何と姑息な話ではないか。日本が侵略をしておかした様々な過ちを今生きている私たちが清算をしていくために努力している。今三菱で働いている人たちも、恥ずかしい歴史には目をつぶるというわけにはいかないだろう。どうしたら責任を取れるのか真摯に考えてみてもいいはずだ。しかし裁判所は「別会社」を認めた。裁判所は姑息な逃げの論理に手を貸した。悔しい。
一方で三菱の不法行為は認められた。三菱は原告らを狭い寮に閉じ込め、海軍の兵員が24時間体制で監視を続け、逃亡した徴用工に対して暴行を加えたこと。労働自体が危険なものであり作業中に死亡した徴用工がいたほか、金順吉さんも海に転落したことがあったこと。これらの強制労働は当時の法律(国民徴用令)によっても許容されない違法なものであったことが認められた。よって三菱には不法行為責任があり、それによって被った原告の精神的損害について「損害賠償責任を負う」と判決は明確に述べている。三菱は別会社論で救われた結果になったが、当時の三菱に責任があることは明確になったと言え、今後誰が責任を負うことになるのか、それが今の三菱以外に考えられるのか追求していきたい。
金順吉さんを始め、大陸や朝鮮半島から徴用されてきた方々の辛苦はまだほんの少し認められたにすぎない。他にも多くの戦後補償を求める裁判があり、裁判以外にも無数の戦争犠牲者がいる。明らかになっていることから少しずつでも解決していかないと日本は罪を償うチャンスを永遠に失うことになってしまうだろう。強制連行・強制労働についての国家の責任はどう認定されたのか。
長崎地裁は、巡査らが原告にとった行為は徴用関連法令に照らして違法であり、巡査の行為は私的な違法行為ではなく権力作用にあたるとした。まさに国家の責任ではないかと普通は思うだろう。しかしながら判決は「旧憲法下においては、国の公法上の行為のうち権力作用については私法が適用されず、国は責任を負わないといういわゆる国家無答責論が妥当とされていた。」とのべ日本国を免罪した。このことについては12月13日に行われた広島の支援する会の総会で、長崎の舟越先生が詳しく語っておられた。その内容は今後に譲るとして、今はっきり言えることは一点だけだ。国も三菱と同様に法律論で逃げた姑息なやつだということだ。正義を実現していくために何をすればいいのか前向きに論議する姿勢は全く見られない。長崎地裁もそうした国家の姿勢を追認した。残念だ。
広島地裁が、こうした形式論をふりかざす判決をしないよう期待したい。
三菱広島元徴用工被爆者を支援する会会員 河手