和解に当たって
今日の和解を喜んでいます。
私にとって非常に長い道のりでした。現在の年齢から見て、果たして生きている間に解決がつくのか、まったく先の見えない訴訟でした。ですから、生きている間に和解が出来て、よかったと思っています。
戦後補償問題は軽い気持ちでタッチすると危険です。裁判所の一寸延ばし戦術は、原告にとって最も重荷であります。返り見ればこの8年、血を吐くような思いでこの裁判に当たりました。慣れない異国の地で、見ず知らすの人に一から十まで世話になりながら、意志疎通の不便も重なり、地べたを這うようにしてやってきました。
今日の結果は、一から百まで全部事実関係を承知していながら、NO一点張りの被告を、こちら側の弁護士の先生方が説得したおかげです。
また、今日の結果は、当地支援団の皆様の支援の賜物であります。日本人の支援団の方が無くんば、今日の結果はなかったと断言できます。
ですが、私一人が何かまとまったからといって、戦後補償問題が片付いたとは決して思いません。糸ロはまだほぐれていません。これからです。
徐々に消えゆく原告達の数を見て、悲痛な思いを禁じ得ません。その残った原告達が生存している内に問題を解決しなければ、日本は戦前の罪の上に戦後の罪を重ねることになります。
余生が幾らあるか分かりませんが、余命ある限り、戦後補償裁判の勝利の為に尽くします。
日本の闇は今、ほのかに、開くきざしを見せています。その狭いすき間に手を差し入れて、闇を開くために闘います。
1999年4月6日
金 景 錫