韓国でも三菱を訴える


韓国地方法院に六名が提訴


2000年5月1日、三菱広島元徴用工6名が、未払い賃金の返還と強制連行・強制労働に対する損害賠償を三菱重工業に求め、韓国釜山地方法院に提訴した。

提訴したのは、三菱広島訴訟の原告で朴昌煥(パク・チャンファン)、李根睦(イ・グンモク)李柄穆(イ・ビョンモク)[以上平澤(ピョンテク)]、鄭昌喜(チョン・チャンヒ)鄭尚華(チョンサンファ)[以上ソウル]さんの五名と、同じく広島の三菱重工に強制連行された金敦泳(キム・ドンヨン、ソウル)さんの合計六名。

広島の三菱重工へ強制連行された被害者を代表してこの6名が原告となった。強制労働を禁止したILO29号条約などの国際法及び韓国民法による不法行為に対する損害賠償請求権などを根拠に、未払い賃金と慰謝料各1億ウォンの合計6億600万ウォン(約6000万円)の支払いを求めている。ソウルの張完翼(チャン・ワニク)、テグの崔鳳泰(チェ・ボンテ)両弁護士が弁護を担当。第2次大戦下の強制連行被害者が日本企業を相手に韓国で提訴したのは、今回が初めてである。

ドイツ企業・政府が強制労働被害者と和解して以降、相次ぐアメリカでの日本企業に対する集団訴訟の動きに加え、被害国である韓国にも提訴の動きが拡大したことで、日本政府・企業はますます追い詰められることとなった。新日鉄(97年9月18日)、日本鋼管(99年4月6日)の和解に続き、東京高裁の勧告(99年9月10日)に基づき鹿島建設も中国人強制連行被害者との間で和解交渉を行っている状況の中で、三菱重工への圧力は一層強まり、早期解決が迫られることになる。


三菱徴用工のやりきれない悔しさを世界各国に訴える


提訴に先立ち、1日の午前10時から釜山駅ビル内で記者会見が行われた。韓国原爆被害者協会の崔日出(チェ・イルチュル)会長は、「今日の我々の提訴は、三菱重工という一介の日本企業の責任を問うことだけではなく、我々が忘れ去ってしまった正義と人権の価値を確認し、不幸な過去を繰り返さないため、過去の責任に対し決して座視することができないという我々の強い意志を広く知らせようとするものである。」と韓国での提訴の意義を語った。

また、原告を代表して鄭昌喜(チョン・チヤンヒ)さんは、三菱重工が、一言の謝罪の言葉もなく責任を負おうともしないばかりか、原告との面談さえも出入り口をシャッターで封鎖して拒否したことや日本の裁判所の和解勧告にも応じなかった経過にふれ、「このような非人道的な行為に対し、再び鬱憤と憤怒を感じ、私たち三菱徴用工のやり切れない悔しさを世界各国に訴えながら韓国法廷に提訴する。」と提訴の決意を語った。

さらに韓国での裁判の支援者として太平洋戦争犠牲者遺族会ソウル支部の金銀植(キム・ウンシク)事務局長は、「戦争を起こした政府、強制連行をした企業を裁かなければ、再び起ころうとする戦争を止めることはできない。日韓共同の力でこの裁判を成功させたい。」と決意を語った。

日本側からは、在間弁護士が、昨年の3月25日の広島地裁判決の不当性に触れながら、韓国での裁判への期待と連帯を表明した。


三菱重工釜山連絡事務所へ日韓共同300名のデモ


1日の午後、原告と日韓の支援者は、釜山駅前広場でのメーデー文化祭(民衆闘争連帯、民主労総釜山支部、カトリック団体などでつくる組織委員会が主催)に参加。原告の鄭昌喜さんと李根睦さんがステージから参加者へ支援を訴えた。300名余りの集会参加者を前に「日本が謝罪し賠償をしない限り、徴用の恨は決して解けない。」という強い思いを訴えた鄭昌害さんのアピールは、彼自身の「損害賠償請求訴訟は、何よりも我々三菱徴用工が、韓国の全国民に私たちのように悔しい思いをさせられ、恨を抱く人々がいるという事実を知らせようという試みでもあります。」という思いを直接実現する行動ともなった。

集会終了後、参加者は三菱重工業釜山連絡事務所までデモ行進、東亜日報ビルの8階にある連絡所前の路上で早期解決を三菱重工に迫る集会を行い、宣伝カーのトラックの荷台から崔日出会長、張完翼弁護士、金銀植事務局長がアピールした。あいにく連絡所は日本のゴールデンウイークで休みのため職員は不在であったが、韓国における強制連行問題での日本企業に対する初めての直接行動となった。大韓毎日新聞にはデモ行進の写真が大きく掲載された。


韓国マスコミも注目


三菱徴用工の韓国での提訴については、韓国マスコミも注目、5月1日の夕方7時と夜9時のテレビニュースで全国放送されるとともに、翌2日には、中央日報、大韓毎日、朝鮮日報、ハンギョレ新聞、韓国へラルド(英字新聞)に記事が掲載された。


日本から8名が参加


提訴の翌日、二日も15時から釜山駅前広場で日韓共同行動が行われ、100名程の参加者と通行する釜山市民を前に、日本の支援する会から夏原が「イギジヤ」を熱唱、日韓の連帯を訴えた。この行動には、日本での裁判の弁護団、支援者8名(内1人現地参加)が参加、日韓共同の力で戦後補償を実現させていくことを確認し合った。



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