不二越訴訟和解にあたって
最高裁第一小法廷における不二越訴訟の和解を心から歓迎する。
この和解は、あらゆる手段を駆使し、力でもぎとった勝利であった。原告側は事実の発掘・究明に力を入れ、時効で棄却されたとはいえ、不二越が賃金も払わずに原台たちを働かせたことや、不二越に賃金を支払う義務があることを一審判決で認めさせ、二審判決でもこれを維持した。原告側はさらに、社前で集会やハンストを行なうなどして、不二越を責めたてた。原告側が株主総会に参加し会社を鋭く追及したことも、不二越にとっては、このうえなく困った事であったに違いない。
とどめを刺したのは米国でのクラスアクション(集団代表訴訟)だった。不二越はこれまで時効の一点で勝訴してきたが、ハイデン法(時効延期法)が施行されている米国・カリフォルニア州で訴訟を起こされたら負ける可能性があり、倒産しかねないほど巨額の賠償金を支払わなければならなくなる事態すら考えられる。こうして今年3月、原告が新たに4人の被害者を加えて米国で提訴に踏み切ろうとした矢先に、会社側から和解の意向が伝えられ、今回の和解にこぎつけたのであった。
不二越の井村社長は和解の理由について「20世妃の終わりに当たって、第二次大戦下の事実をめぐる争いを今後も継続することは双方にとって不幸」であると言っている(和解後の記者会見)。たしかに、国内および世界市場で企業イメージがひどく悪いものになり、そのうえ巨額の賠償金まで支払うことになる恐れがあるというのは、不二越にとって「不幸」なことである。会社の将来を見通し、社内の意見をまとめて和解に舵を切った不二越トップの判断を、われわれは大きく評価する。
他方で井村社長は「一貫して賃金未払の事実はなかったと主張してきた」「謝罪の必要はない」とも述べたが、この点は残念である。金景錫原告団長は「何もやましいところがなければ、何千万なんてお金払わないでしょ」と受け流していた(和解後の記者会見)が、世間の受けとめ方も同じだろう。解決金を支払うこと自体がすくなくとも道義的責任を認めたことを意味している。ロで謝罪を言いたくなければ黙っていればいいのであり、謝罪不要発言は余計である。こういう発言が出てくるのは、ドイツ企業と違って、過去の事実と向き合って過去を克服する姿勢がいまだに日本企業に欠けていることの表われであり、会社に再考を促したい。
今回の和解は、いろいろな意味で重要な意味をもつものであった。
@ 97年の新日鉄、99年の日本鋼管こ次ぐ3つ目の和解であったが、和解の対象となったことがらが前二者と異なる。新日鉄の場合は遺骨も還らなかった死亡した徴用工の遺族に対する弔慰金であり、日本綱管の場合は戦時下のストライキで会社の関与のもと暴行を受けた原告の後遺障害に対する損害補償的性質の和解金であり、前二者は特殊な場台と言えなくもない。これに対して今回の和解は、指を損傷した崔福年さんを除くと、「未払賃金」という強制連行・強制労働において普遍的な問題こ対する補償的性質の和解であった。これは今後の企業裁判にとって、また国も含めて強制連行・強制労働問題の包括的な解決を考えていくうえで、大きな意味をもっでいる。
A最高裁における和解という形で、時効の壁を現実に突き破った。時効の壁を和解によって突き破ったのは前二者も同様だが、これを最高裁における法廷和解という形で行なったことは今後、他の裁判に対して、大きな効果を及ぼす可能性をもっている。
B和解の内容は、原告3人、米国で不二越を相手取って訴訟を起こし取り下げた4人、原告団長(金景錫氏)、遺族会の計9人に対して3千数首万円を支払うというものであった。このように原告以外の関係人にも広範に支払うことになったのは、「未払賃金」に対する補償的性質の和解であることからすれば当然とも言えるが、米国のクラスアクションが持つ衝撃的な力が、日本の企業裁判に対して初めて影響を及ぼしたものとして、大きな意味をもつ。
強制連行に関与した企業と国は、今回の不二越訴訟のもつ意味を見てとって、20世紀に起こった戦時下の強制労働の補償問題を一刻も早く解決するために、今こそ対応をとるべきである。
この和解は原告団、弁護団、支援者があらゆる手段をつくして、力でもぎとったものであるが、その努力に敬意を表しつつ、私たち全国ネットは、さらにこうした和解の実績を積み重ね、さらに強制連行補償問題の包括的解決に向けても努力していく。
2000年7月19日
強制連行・企業責任追求裁判全国ネットワーク