韓国提訴記者会見文

韓国原爆被害者協会崔日出会長

右から鄭昌喜氏・崔日出氏・張完翼弁護士

今日私たちは、低賃金、長時間労働に喘いで来た労働者たちが、労働保護、ストライキの自由、結社の自由、戦争と平和に関する問題などとともに8時間労働制の獲得を決意した110年前の今日の意味を蘇らせ、日帝治下、強制連行、強制労働によって酷烈な苦痛を嘗めなければならなかった韓国人徴用者問題の速やかな解決を促すために三菱重工業韓国連絡事務所を相手にした訴訟を韓国で提起することになった。

この間私たちは、日本で進められている60余件の戦後補償関連の裁判を見守って来た。日本司法部の良心的な判決をこれ以上期待するには私たちに与えられた時間があまりにも切迫しており、また、日本の良心的知識人たちがいろいろ努力して来たにもかかわらず、まさに被害国である私たち自らが被害者の問題をあまりにも放置して来たという事において問題を提起せざるを得ない。

一方ドイツの政府と民間企業はナチの時代に周辺の国から多くの国民を強制連行し、強制労働を強要したことを認め、これ以上の責任を後世に転嫁させないように賠償基金を設立し、先頭だって被害補償を進めている。オーストラリアとスイスもまたユダヤ人被害者に対する補償を発表しており、戦後補償は国際社会の当為的要求として受け入れている。しかし、日本政府と企業は数年間に及ぶ裁判の過程で戦後責任を明確に認定しておらず、韓国政府と国民もまた

被害者の問題は被害者が解決する問題だとそっぽを向いて来た。

今日の我々の提訴は、三菱重工業という一介の日本企業の責任を問うことだけではなく、我々が忘れ去ってしまった正義と人権の価値を確認し、不幸な過去を繰り返さないため、過去の責任に対し決して座視することが出来ないという我々の意志を広く知らせようとするものである。遅きに失する感はあるが、我々の第一歩が歴史の中で後世の模範となり、強者の傲慢より義気ある闘争を、弱者に対する蔑視より平等な人権の守護に先駆ける、このことを教訓とし

て残そうとするものである。

戦後、56年が過ぎた今、被害国の法廷で加害企業の戦後責任を問う裁判を提起するに当たって、韓国と日本の弁護団は必ず勝訴出来る様、法律的対応に万全を期すであろうし、裁判支援会は三菱重工業に実質的圧力を行使出来る各種のキャンペーン、不買運動、立法請願運動を展開して行き大衆的支持を広げて行くであろう。

原告を代表して  鄭昌喜氏

私たち原告は日本三菱重工に対し多大なる遺憾と怨恨を抱いている者たちです。

1、まず、私たち徴用工は21歳という若さで三菱重工職員に直接引率され、広島三菱造船所に強制連行されました。酷使されたあげく生涯原子爆弾の後遺症による病苦に苦しみながら生きて来ました。

2、終戦後、三菱は私たち徴用工を本国まで帰国させなければならないという責任があるにもかかわらず個別的に帰国させ、多くの徴用工たちが死傷するという事態を招きました。

3、私たち徴用工を奴隷のように酷使し、精神的また肉体的災害を負わせ、一言の謝罪の言葉もなくその責任を全く負おうとしません。

4、私は2000年1月24日徴用同志(李根睦)と、55年前私たちが徴用されていた三菱造船所を訪問し面談を要請しました。しかし、私たちの面談要請は拒絶され、暴力で私たちを追放しました。出入り口をシャッターで封鎖し、暴力で私たちを阻止したのです。このような非人道的な仕打ちに私たち徴用工は再び憤怒と鬱憤を感じます。

5、三菱は、日本法廷による和解の意志の問いかけに対し、その意志がないことを明らかにしました。このような非人道的な行為に対し再び鬱憤と憤怒を感じ、私たち三菱徴用工のやり切れない悔しさを世界各国に訴えながら韓国法廷に提訴するものです。

6、私たちの国が解放されて以来、私たちの国の法廷で日本を相手に提訴するのは、今回の私たち三菱徴用工が最初です。私たち三菱徴用工は、やり切れない程悔しく、恨みは胸にこびりついているという事実を、そしてそれを抱いたまま死んでいっているという事実を我が国民すべてに知らせたく思い今回記者会見をもったのです。

日本は覚醒し、一日も早く私たちに日本人と全く同じに原爆被害者特別法を適用し施行することを強力に促すものです。

2000年5月1日



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