三菱への要請文、最高裁判決後
2007年11月2日
三菱重工業株式会社
佃和夫取締役社長様
三菱広島・元徴用工被爆者裁判を支援する会
共 同 代 表 豊 永 恵 三 郎
要 請 文
07年11月1日に最高裁において先の高裁判決が確定いたしました。
1995年12月11日に6名、後に40名の原告によって争われた三菱広島元徴用工被爆者裁判の12年の長きにわたった訴訟の最終結論が出されました。
結論として、国が被爆者援護法の違法な解釈によって原爆の被害を受けながら戦後苦難の人生を余儀なくさせられた半世紀に、裁判官は真正面から向き合って真摯に被害者の訴えに耳を傾け、極めて不十分ではあるが、アジアの被害者の人々に初の戦後補償の道を開いた最高裁判決は意義深いものがあります。しかし、この判決を手にする事なく既に他界した原告21人の無念さはもちろんの事、判決で取り残された三菱重工に連行された多くの被害者及び遺族の怒りは語りつくせません。
原因となった三菱重工社が日本最大の軍需廠として戦争遂行のため率先して強制連行をした被爆徴用工は46名だけではなく約数千人におよんでいます。
1990年貴社に対して、日本弁護士連合会への人権救済申し立てに立ち返って見ればこの判決によって解決すべき企業の責任がここに明白となりました。
本総庶265号 昭和43年5月9日付け 三菱重工業椛獄ア部長 斉藤住吉 の公文書によれば「原爆の被害に、今、尚苦しんでおられる数々の人達の御様子には誠に同情を禁じえないものがございます。中略 尚、貴会の運動に対しては陰ながら御成功をお祈り申し上げたく、何れ具体化の暁には些かなりともお役に立てばと存じております。」と、開襟されております。被害の原因となった侵略戦争に加担した企業における加害責任は今も決して免罪されてはおりません。本判決においても三菱のとった徴用強制行為が不法行為と認定され、賃金未払いの供託の不当性も明らかにされました。
貴社は、三菱重工社で働かされ、先に亡くなった多くの徴用工達の無念と屈辱を一刻も早く払拭し、朝鮮人として、人間としての尊厳回復を行う社会的責任があります。
敗戦後いち早く企業の戦争賠償指定を解除され復興し、今日世界で企業展開する三菱重工社がこの機会に率先してドイツの企業に次いで三菱重工社が日本企業のリーダーとして戦後補償全面解決に向けて決断すべきときであります。
その視点に立って、ここにいくつかの要請を強くいたします。
2007年中には、共同代表豊永あてに、文書での回答をいただきたい。
1、 三菱重工における戦争責任の見解と犠牲となった原告に対する謝罪を表明する。
2、 三菱元徴用工生存者全員本社招待
3、 徴用工総ての賃金未払いの清算。
4、 三菱における在外被爆者の実態調査と補償促進。
5、 三菱重工社史に朝鮮人徴用工の事実記載追加。
6、 三菱広島工場内に徴用工犠牲者の追悼碑建立。
7、 三菱重工社にたいする戦後補償裁判の早期解決。
8、 以上促進のための双方に窓口を設ける。
以上
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