きびだより No.17  2002年11月 4日(月)

私の愛車
ホームヘルパーの仕事(雇用形態)

 黒瀬町でも7ヶ月ホームヘルパーとして働いていた時は、ヘルパーステーションに出勤してから記録を書いて帰るまでの時間給が支払われる勤務形態だったので困ったことや分からないことがあれば先輩ヘルパーに聞くことも出来たので新米ホームヘルパーにとっては心強い職場でした。
 8月に再就職した現在の職場ではホームヘルパーとして登録し1ケースずつ依頼を受けて仕事をします。時間給は高いけれど直行直帰(自宅から利用者宅に直接向かいサービスを提供した時間だけの報酬が支払われる)なので、引継の時に先輩ヘルパーと顔を合わすだけで後は一人で対処しなくてはないけないし、どれだけ仕事の依頼が来るのかとても不安に思っていました。
お仕事バック 引継を受けて最初に一人で訪問する時はさすがの私も胃がキリキリ痛むほど緊張しましたが、回数を重ねるごとにコミュニケーションも取れてきて訪問が楽しみになってきました。そして職場に顔を出すことは少なくても連絡や相談は電話で十分出来るシステムになっているので思ったより働きやすい職場でした。そして心配していた仕事の依頼も少しずつ増えて来ています。
 ホームヘルパーの仕事は悩むことも多いけれど努力したことがすぐに利用者の反応として返ってくるのでとてもてやりがいのある仕事です。50歳からの再スタートですが生き甲斐とも言える仕事に恵まれた事をとてもうれしく思っています。 
 しかしホームヘルパーの置かれている現状は、介護保険制度がスタートして2年半経ちホームヘルパーの需要は増えていても介護報酬が訪問介護の実労働の時間単位設定になっていることから、交通費や記録を書く時間や自動車保険はヘルパーの負担になり、雇用形態は常勤労働者が少なく不安定な雇用形態のホームヘルパーが9割近くを占めているのが現状です。来年春の介護保険制度の見直しでホームヘルパーの身分が保障されて安心して働き続けられるようになって欲しいと思っています。
  
★ホームヘルパーの労働環境に関する提言(東京地方労働組合総連合)


足守地区

 足守地区は岡山市の北郊にあって江戸時代に旧足守藩2万5千石の陣屋町(城を持たない小藩の城下町)として栄えたところです。今でも陣屋町の面影が色濃く残り、町並み保存地区には約100戸の町家が昔ながらの面影をとどめています。小藩とはいいながら、太閤秀吉の正室北政所(きたのまんどころ)ゆかりの血統を伝える足守藩木下家(ねねの兄)は、とりわけ教学面には代々の藩主が力を注ぎました。足守の町が幕末から明治にかけて緒方洪庵、木下利玄世に俊才を生み出し得たのも、この息づく学問の伝統があったからこそだと言われています。
 1982〜1997年まで住んでいた時には一度も来たことがなかった足守地区ですが、ホームヘルパーとして登録している事業所の面接の時「足守地区に仕事に行けますか」との質問をされ「はい」と言わなくては採用されないなと思い「はい大丈夫です」と答えました。
 そして週3日は足守地区で仕事をすることになり慣れない山道を通って迷わず訪問先にたどり着けるかと心配しながらのスタートでしたが、市の中心部で仕事をするより交通渋滞が無くて決まった時間で移動出来るし、空いた時間に町屋を散策したり、足守川の河川敷や近水園や陣屋跡で休憩することも出来ます。山に囲まれた豊かな自然も素晴らしくどこを撮っても絵に町なので足守で仕事がある日はとてもウキウキと出掛けています。
 

足守藩侍屋敷(岡山県重要文化財)
近水園(県指定名勝)
木下利玄の生家(県指定史跡)
旧足守藩で家老をつとめた杉原家の邸宅です。江戸時代中期の武家屋敷が、ほぼ完全な形で残っていてこの種の武家屋敷としては県下唯一の貴重なものです。明治維新後急速に姿を消した武家屋敷ですが、保存状態が良いこの邸は、武家の生活様式を知る上で貴重な存在です。
築庭時期は6代藩主の木下定(きんさだ)の治世の18世紀初めと推定されています。県下では後楽園と津山の衆楽園と並ぶ大名庭園です。正面に見える吟風閣(ぎんぷうかく)は木下定が宝永5(1708)年に幕府の命により、京都の仙洞御所と中宮御所の普請を行った際に、残材を持ち帰って庭園整備に活用したものです。 木下利玄は“利玄調”と呼ばれる独自の歌風を作り明治から大正にかけて活躍した白樺派の歌人です。
旧足守藩主木下利恭の弟利永の二男として明治19年(1886)に足守で生まれ、利恭の死去により本家の子爵木下家を相続するために5才のときに上京しました。

足守藩陣屋跡
陣屋道
足守プラザ
足守藩は慶長六年(1601年)、かつて播磨姫路城主だった木下家定が領地を備中に移され、当時の賀陽郡、上房郡内に二万五千石を領したことにはじまります。現在は公園となっていて陣屋の建物は残っていませんが取り囲む掘り割りと石垣が完存しています。
陣屋跡と足守小学校に挟まれた近水園に通じる石畳の道です。こんな素敵な場所に囲まれて足守小学校の子供達は幸せだなと思います。 土お食事処花水木や産店や陶芸などの体験工房、観光情報コーナーを備えた施設です。中庭では訪れた人たちが思い思いにやすらぎと交流のひとときを過ごせます。

旧足守藩商家藤田千年治邸
備中足守まちなみ館
ツメレンゲの花
江戸時代に建築され明治以降に本瓦葺き入母屋二階造り漆喰作りという豪壮な造りで、当時の足守の商家を伝える貴重な建築物です。写真は建物の中にある醤油絞り機です。 駐在所や郵便局としても利用されていたこの地にあった商家を抜本的に改築がほどこされ使われています。足守の四季の写真と江戸時代の陣屋町の地図が展示されています。 足守の町屋のふき土を使った古い屋根瓦の上に生えています。長い年月を経た屋根にしか生えないツメレンゲの花が足守の町の歴史を物語っているようです。


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