石垣・西表島へ

 

 9月18日(月)から23日(土)まで(羽田での前泊を入れると17日から)石垣・西表に旅行。

妻の勤務する小学校の運動会の代休と祝日を利用しての予定だったので、土曜日の運動会が雨で延期にならないかずっと心配していたが、ずっと降り続いていた雨も小休止で運動会も無事決行。日曜日は一日ゆっくり旅行の準備を整え、夕方羽田に向かった。

僕らにとっては、日帰りを除けば去年の尾瀬以来の旅行。もう前年の秋の時点からずっと楽しみにしていたものだった。ハイシーズンの夏休みを避けて、本当に小学校でちゃんと休みがとれるかどうかぎりぎりまで怪しかったのだが、天候にも助けられて何とか行ってくることができた。心配していた台風も、ちょうどその運動会の頃に両島を通過、週間天気予報では日程の半分で晴天を楽しめるといううれしい予測が出ていた。

 

9月18日

18日の早朝、羽田のホテルを出発、10時半に石垣島に到着したが、小さな空港の玄関を出てはじめて、通過した台風の大きさが尋常でなかったことを知った。空港から市街に向かう路線バスの窓の外に広がるのは葉を吹き飛ばされたヤシや倒れた街路樹の光景だった。生垣の葉は風ですっかり落ち、残った葉も台風の塩水ですっかり茶色くなっていた。後で知ったのだが、台風の規模は西表島で過去最高の風速69.9mを記録するなど30年ぶりのものだったようだ。

朝食を食べていなかった僕らは、バスが市街に着くと八重山そばのお店を探しながらホテルの方向に向かった。アヤパニ商店街(妻はこの「あやぱに」という響きが気に入ったようで、何度も繰り返していた)の中にある、ガイドブックで紹介された八重山そばのお店に入ると店の人がさっき電気が復旧したところだ、と言う。ホテルまでの道のりでは、電気の止まった信号機の交差点もあったりして、僕らは台風の被害がただ事でなかったことをだんだん知っていくが、結果的にはその認識もまだまだ甘かった。

昼食を食べ終えさらに5分ほど歩いてホテル、アビアンパナ

 http://www.infinix.co.jp/sh/abiyanpana/index.html

に到着、チェックインには早かったので荷物だけあずけることにし、まず何をするか二人で検討。ホテルのロビーは大変気持ちよく、ふつうに照明がつき、BGMが流れてエアコンまで効いていたりして、ホテルのスタッフも何事もなかったのように普通に対応していたため、もう島はすっかり回復していると僕らは思い込んでしまった。天気予報では好天が続くのは最初の三日間で残りは曇りがちになる、ということだったから、まずはいきなり海に入ってみることにして午後からのシュノーケリングのツアーに参加するため、電話をかけてみた。

 

台風の直後で海がにごっているだろう、とかそもそも船は大丈夫なのか、とかそんな心配もせずに予約は完了。ホテルで荷物だけあずかってもらい、お手洗いでいそいそと着替えて、ツアーの送迎の車が来るのを待つ。そのあいだ、市街にある名所旧跡を訪れ、やってきた台風のすさまじさをさらにじわじわと知ることになった。

というわけでその日の午後は台風の影響で白濁した海に潜り、石垣のさんご礁を初体験するのだが、「きっとふだんなら美しかったんだろうな」という状態だった。

というわけで、その日一番素晴らしかったのは、<森のこかげ>という店でとった夕食。

ガイドブックで紹介されている店を探しながら市街を歩いたのだが、雰囲気が良さそうなので入ってみたのがここ。これがヒットだった。ここでいちばんうまかったのが、ジーマミー豆腐の揚げ出し。ジーマミーは<地豆>でピーナッツのこと。胡麻豆腐のような食感だがあれほどこってりしていず、それが揚げ出しになって甘辛いたれの中に、とろんとした食感がじわっとひろがって最高だった。その後あちこちでジーマミー豆腐は食べたがここのものが最高だった。

 

9月19日

 この日から西表。

前日のダイビングのインストラクターの人たちに、「石垣でさえこれだけ復旧が遅れているんだから、西表も大変なはず、ホテルやツアーに電話して確認しておいた方がいいよ」とアドバイスされ、あらかじめその晩ホテルに電話してみたが、大丈夫な模様。

 

朝、石垣港から船で西表島に向かう。

途中外海に出ると高速艇は波を乗り越えているかのように跳ねながら進んでいく。遊園地のアトラクションのようだった。あらかじめ準備しておいたBGMはドビュッシーの「海」。北斎の版画に影響を受けたとも言われるこの曲をここまで「体感」できたのはこれがはじめて。

 

西表の(僕らの感覚では)何にもない小さな港(上原港)に着くと、レンタカーを手配し、島を車で回ってみることにする。最初に訪れたのがそこから10分ほどの星砂の浜。浜に降りる道を示す看板がくるりと回っていていちど通り過ぎてしまうが、引き返して無事到着。浜というからいわゆる遠浅のビーチだろうと思い、少しだけ水際で遊ぶつもりだったのだが、少し上から水をのぞいてみてびっくり。ものすごい数のいろとりどりの魚が泳いでいるのだ。予定変更で、駐車場のほうにまでいそいそと戻り、出店で水中眼鏡とシュノーケルを借りてもぐってみる。

台風のせいか、潮溜まりという表現がふさわしそうな海のプールには30cmくらいのかなり大きな魚まで泳いでいた。昨日わざわざ船を出してもらってシュノーケリングに行ったのはなんだったんだろう、と思うほどで、水族館の水槽に潜っているような感じさえした。ただし水は少々冷たくて、長い間漬かっていると寒くなってくる。持参していたバナナバウムで簡単に昼食を済ませ、午後までさんご礁の魚たちを満喫した。

 

その後浦内川を船で上って滝まで歩く、というのが予定のコースだったのだが、着いてみると午後二時の最終の船が出た10分後。ガイドブックには4人以上集まると不定期で船が出る、というようなことを書いてあるからよく確認せずにいたのがここでは失敗だった。

ここまでの文章でもわかるように、僕らの旅は宿以外はすべて行き当たりばったりの旅行だったので、こういうことも当然起こるのだが、このときは僕もすっかり落胆してしまう。

こういうときに、結婚したのがこの妻で本当に良かったと思うのだが、すっかり不機嫌になってしまった僕の気分をなんとか上向きにしようとしてくれたりした。僕自身もなんとか気持ちを切り替えようと努力して、第二プランの由布島に向かう。

 

ここの目玉は水牛車で、これで浅瀬を渡り島までゆっくり進んでいく。写真の水牛はこどものメスで五才のマリンちゃん。人でいうと15才くらいにあたるそうだ。3才からしつけられているため、ちょっとした合図をするだけで思い車を引いて進んで行ってくれる。

本物の水牛は写真などで見る以上に存在感があり、こんな大きな生き物をおそらく千年以上もかけて飼いならしていった人間の執念を思い知らされる(たとえば近縁種であるアメリカ・バイソンなどは長い間家畜化されなかった)。こどもの時から鼻にひもをつけられて、自分よりもずっと小さな生き物に支配されるのはどんな気持ちだろうとつい思ってしまう。僕らがこれ以上ない野蛮な風習と考える奴隷制度も、それを正当化する文化のなかで見れば、この牛のようなものなのだろうと考えさせられた。人がいつか食料として大型生物に頼る必要のない時代がきたら、こうした家畜に対するものの見方もきっと大きく変わってしまうのだろう。

 

さて、この日のハイライトは実はこの晩にやってくる。

 

左の写真でわかるように、このホテル (パイヌマヤ リゾート)は西表の森の中、小川のほとりに建てられている。夜、テラスへのガラス戸を開け放していると、ふくろうの鳴く森の中、川辺にキャンプしているような気分に浸ることができる。右の写真で僕が指差しているのがホテルの屋上の展望台。この晩は雲ひとつない快晴でしかも新月。展望台に上ると天の川まで見えた。しかしホテルの明かりが邪魔して完全な漆黒というわけにはいかないので、少しだけドライブしてみる。写真は同じ場所の昼の姿。

 

ホテルに備えつけてあった星座早見盤で、その日の星空の位置を覚えていったのだが、実際の星空では何がなんだかという感じだった。それでも夏の大三角形を見つけ、ペガサスの四角形、カシオペア座を見つけると何となく主な星座の位置は知ることができた。もっとも後から思うと星座早見盤は東京での夜空に合わせてああったので、石垣で見える同時刻の星空とは相当ずれていたはずだ。例えば僕らはどうして北斗七星が見えないのだろうと目を凝らしてさがしていたのだが、石垣では冬にならないと北斗七星は見えない。北極星の位置もかなり地平に近いところになってしまう。

http://contents.kids.yahoo.co.jp/hoshizora/sim/index.html

 

それにしても、ここまで完全な条件がそろってはじめて天の川を見ることができるのだ、ということを思い知らされた。こういうものは一度体験するとまた見てみたくなる。栃木でも天気の良い新月の日に山に登れば見られるのだろうか。

 

9月20日

 カヌー&トレッキングツアーに参加。ガイドはクロスリバーの小室さん。20年前に西表にダイビング・インストラクターとしてやってきて、この島に魅せられて今はこうしたツアーのガイドをやっているベテラン。道でであう植物や昆虫など、質問すれば大抵知っていてとても詳しくその生態やエコシステムなどについて教えてくれる。こういう人がガイドだと山に入るのは本当に楽しい。

http://www.screw.co.jp/~crossriver/

 

 マングローブの生い茂るピナウ川を河口から遡っていくと、植生はヤエヤマヒルギからオヒルギに代わっていく。マングローブは汽水域に生える植物群の総称で、西表ではこの二種類がその中心のようだ。

 ヤエヤマヒルギやガジュマルなどは、木の途中から支根と呼ばれる気根の一種を下に伸ばし、強い風でも倒れないように自分を支えている。またオヒルギの根はいったん地中にはいるとまた地上にのぼりさらに地中にはいる、というかたちでジグザグに伸びていく。水中に没している部分だけだと呼吸ができないためらしい。

 

カヌーで遡っていくと、滝が見えてくる。台風の影響で水量も豊富だ。この滝壺の近くで舟を降り、滝の上までトレッキング。

サキシマスオウノキの板根。これもガジュマルの支根などと同様、やはりもっぱら木を支えるためだけに発達したらしい。熱帯では土の養分がほとんど表層だけに限られるため、根は地中深く生えず横に広がっていくのだが、それだけだと不安定になるため、このような支根や板根が発達するそうだ。内地と同じ種類の木であっても、ここに生えているものは板根を発達させるものもあるらしい。写真はとらなかったが、ガジュマルは絞め殺しの木としても有名らしい。自分が大きくなるまで支えとしてきた木のまわりに枝や根をはり、外側からゆっくり時間をかけて締めていって、その木を絞め殺してしまい、その木に取って代わるのだ。石垣で「ガジュマルのような」という表現は「軒を借りて母屋をのっとる」のと同義語らしい。

 

   

 滝上からの景色。もちろん柵などといった無様なものは何もない。もっともここで誰かが落ちて死んだら、そうしたものが作られてしまうかもしれない。

 途中の道も、同じ道を常に使うか、それともときどき変えてやるかでこうしたガイドさんたちの意見も割れているのだそうだ。ときどき変えてやれば、道として使われていたところの自然も復活するらしい。

 山上で八重山そばとおにぎりの昼食をとったら下山。滝下に向かう。カヌーを置いた場所から少し上ると滝壺が。この冷たい水に飛び込み火照ったからだを冷ます。疲れはピークに達しているにもかかわらず、この温度のギャップに誰もが興奮状態になっていた。

 

 帰りはのんびりと静水を進む。カヌーのオールさばきにもなれ、みなのんびり。水上に揺られることがこんなにも気持ちがいいとは知らなかった。ハリウッド映画のような、アップダウンをよく計算された完璧なコース設定。

 

9月21日

 石垣へ戻ってくる。この日はあいにくの雨模様。ただしこういう岬は雰囲気抜群だった。灯台では人が屋根に上り観測機器やらなにやらを修理していた。この日も翌日も、石垣を走っていると島中で電線やら電話線やらの工事が行われていた。

 この日のメインは宿そのもの(案山子の宿 http://www009.upp.so-net.ne.jp/Kakashi/ )

電気の妖精かのように、泊まる所泊まるところ僕らが訪れるとちょうど電気が復旧する、というタイミングでやってきたので僕らは全く不便を感じることもなかったが、前日から泊まっていた人はロウソクの火で生活する、という半キャンプ生活を楽しんだようだった。

美しいはずだった庭は台風で壊滅的な打撃を受けていたが、おかげで風通しのよくなった木立の向こうに海が臨めるようになっていた。ここの売りは、フレンドリーな接客とおいしい食事、そして人懐っこい動物達、それにロフト付きのログハウス。部屋はとても落ち着き、これなら台風で閉じ込められてもゆっくりした落ちついた時間を過ごせそう。ログハウスは隣同士壁もつながっていないから、夜でも室内で笛を吹くことができる。以前は犬のブリーダーもしていたそうで、飼っている動物達と遊ぶのもとても楽しい。

他の泊まり客はオーナーの友人の父娘と妊娠中のダイバーの若夫婦で、夕食後の会話もはずみとても楽しかった。ペンションの良さを再認識した。

 

 この晩は、ヤシガニのスープとステーキ。どちらも忘れられない味だった。

 

9月22日

 この日もあいにくの天気。竹富島へ行く。島の森はやはり台風でまるはだかにされていて、落ち着いた雰囲気というものはちょっとない。写真は島の中央にあるコンクリートの高い塔の上からの風景。ほぼ垂直に上る高い階段が怖かった。

どこまで歩いていっても白い砂浜と膝下程度の水が続く超遠浅のコンドイビーチは360度に近い水平線を地上で楽しめる。晴れていたらきっときれいなのだろう。

 

 午後ははやめに帰り、石垣の市街で三線(さんしん)体験ができるCAFÉに。

http://blog.drecom.jp/from_ishigaki/archive/195

すごいスピードで楽譜の読み方(押さえる位置と弦の組み合わせの名前)を教わり、いきなり「花」の伴奏を一曲覚える。彩ちゃんは覚えが速くすぐに弾けていたが、僕も最後には何とか弾けるようになった。アイリッシュですっかり耳で聞いて覚える癖ができているので、楽譜を見ながらというのは却って難しい。逆にある程度指の感覚で弾ける様になると、楽譜の音の名前もしっくりくるようになる。それにしても、楽器は一度触ってみるだけで、聞いたときの印象も変わってくるものだ。思った以上に楽しかった。今まで一度も弦楽器類をまともにさわったことはなかったが、これなら少し練習すれば何とかなりそう、という感覚を持てた。ウクレレもさわってみたい。

 

 この晩の食事はノコギリガサミ。こんなにおいしいカニを食べるのは久しぶり。さっきまで生きていたって!

 

 

9月23日

 とうとう最終日。その日の朝食ではミラクル・フルーツなるものを食べさせてもらう。

http://www.taste-m.com/miracle.htm

 

 これを一粒なめた後、レモンを食べると、はちみつレモンのような味に変わる! 今まで聞いたこともなかったのに、帰ってきたら近くのスーパー(OTANI)でも一粒580円で売っていて驚いた。

 

この日はペンションでゆっくり過ごして飛行場に向かう予定だったが、思いがけず晴れたので急遽レンタカーを探して島めぐりの旅に。天気が良いと景色がまったく違って見えることを実感する。写真は石垣島最北端の平久保崎と川平湾。

  

 

 そして最後の飛行機。



まとめ
 自然を楽しむ、というタイプの旅行では天候に左右される部分が大きいということを今回しみじみ感じた。そういう旅行のコツとしては、まず可能な限りたっぷりの日数をとり、天気の悪いときには「のどかな景色」「開放感」というような景色を求めるのは諦め、屋内型のアクティビティに参加するか、ホテルやペンションの部屋でのんびりすごすのが良い、ということなのだろう。岬や古城などは却って曇り空のほうが気分を楽しめるということもありそうだ。前回沖縄に行った時みたグスクなどはそうだった。
あらかじめ細かい日程は決めず、天候を見ながらその日何をやるか決める、というのがベストということだ。できれば天気が悪いときにはどうするか、ある程度考えておくと良いかもしれない。今回で言えば、竹富島からさっさと帰ってきて三線を楽しんだのは正解だったし、最終日、一転してからっと晴れたところで計画を変更、ふたたびレンタカーを借りて島を回れたのも本当に良かった。こういうことができたのは、羽田の前泊も含めると6泊7日という二島を回るにしてはゆっくりのスケジュールで行けたからだ。あの最終日があるのとないのとでは旅行の印象は相当違ってきただろうと思う。
それにしても一ヶ月以上のバカンスを楽しめるフランスやドイツの人々とは休暇の感覚も異なるのだろう。ホテルでのんびり読書をする旅行、というのは僕らにはまだまだ贅沢すぎるようだ。